ねえ、良い音だと思わない?
「好き、だと?」
「うん。だから、勇者ちゃんに殺されるわけにはいかないなぁ」
私はフィルに向かって身構える。
………っと、まずは。
「ヒール」
漏れ出さないようにしていた魔力を少しだけ放出して、回復魔法を唱えた。
フィルに切られた腕の傷はだんだんとふさがっていって、血の跡が残るだけとなる。
「なに!? 貴様、魔法が……っ!」
「別に、魔法が使えないって言った覚えはないよ」
魔力が多すぎて外に漏れると周りにばれるから、隠していただけだ。
『空間収納』のようなちょっとした魔法を使うときは、こうしてほんの少し放出するだけで事足りるし。
「くっ……しかし、完全武装した私に勝てると思うなよっ!?」
「うん、確かに聖剣は厄介だね」
普通の剣では、私の体に傷一つ付けることはできないだろう。だが、聖剣は例外だ。
聖剣は手先の器用なドワーフによって鍛えられ、魔法のエキスパートであるエルフの魔法によって加工されたとされている。
そうして作られたのが、普通ではありえないほどの切れ味を持つ聖剣。テーブルが真っ二つにされたのも、そのせいだ。
「力を開放される前に殺せば問題はないだろうっ!」
フィルは剣を構えたまま、こちらに突進してくる。
一見単調に見える攻撃だけれど、この狭い空間では横に逃げることができないため、なかなか有効な手と言えるだろう。
躱すことはできない。
だから、私は聖剣を迎え入れるように両手を広げた。
「ふんっ、諦めたか、魔王っ!」
「そんなわけないでしょ?」
大事のはタイミングだ。
フィルが踏み込むその一瞬。そこにチャンスが生まれるはずだ。
「はぁっ!」
今だ。
私は両手に力を込めると、思い切り顔の前で合掌する。
挟んだのは、聖剣だった。
「――――なにぃ!?」
フィルの表情が驚愕に染まるが、状況を理解してか腕に力を籠め始める。
だけど、せっかく掴んだのに離すわけにはいかない。
私は両手に魔力を込めて、剣を動かないように固定した。
「なんて力だ……っ! 離せ、離さんか!」
「離すわけないでしょ」
ここで離せば、こんなチャンスは二度と来ないだろう。
私は両手に込める魔力を徐々に上げていった。
「し、しかし、これではお前も何もできないはずだ!」
「いや? できることはあるよ」
「………………貴様、まさか」
フィルは私がやろうとしていることに気が付いたのか、顔を青くしていく。
「や、やめろ! 貴様、自分が何をしようとしているのかわかっているのか!?」
「うん。だって、殺されるのは嫌だからね」
私が手に込める魔力を強くしていくと、フィルはそれに対抗するように歯を食いしばっている。
だけど、いくら勇者とはいえ魔王である私に力比べは無謀である。
そして、
「ごめんけど、これ、折るね」
「や、やめ………、やめろーー!!!」
パキン、と。
爽快な乾いた音が、室内に響き渡った。
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