ねえ、材料買わない?
二日後の朝。
「いらっしゃいませー! 揚げたての揚げパンはいかがですかー! おいしいですよー!」
「へいへーい、そこのおにーさん、私の作ったパンはいかがー? おいしさ2割増しだぜー?」
リムルと私は、客引きのために店前で大きな声を上げていた。
本来は吸血鬼である彼女だが、今は魔法で羽を隠していて、金髪の美幼女にしか見えない。
変身、あるいは幻惑系の魔法だろう。
本当に便利そうだ、羨ましい。
「ねえ、リムルー。後でまたお団子作ってくれない? ヒモが緩んじゃって」
お団子といっても、食べ物のことではない。髪のことだ。
今の私は膝上まで伸びた赤髪を束ねて、頭の後ろでお団子を作っている。
実年齢はともかく、10歳くらいの童女の姿である私の膝上などたかが知れている。
それでも長いものは長い。
私達が住み込みで働いているパン屋の店主、マーサさんに、パン屋で働くならその髪をどうにかしたほうがいいと言われたのだ。
とはいえ、魔王である私の権能『怠惰』のせいで、切っても切ってもすぐに同じ長さまで伸びてしまう。
お団子は、リムルから出された折衷案だった。
「え、ベア様、またですか?」
「うん。やっぱり自分でやると、どうしてもねー」
「慣れですよ、慣れ」
リムルはため息をつきながらも、「休憩時間まで待って下さいね」と、仕事に戻った。
一度はクビにした―――私はそんなつもりはなかったけど―――のに、なんだかんだで面倒見のいい従者だ。
「ベアちゃん、リムルちゃん、ちょっといいかしら~?」
そう言って、店の中から出てきたのは、パン屋『マーマレード』の店長であるマーサさんだ。
マーサさんはいつものように茶髪を後ろでお団子にして、頭の上に三角巾を乗せている。
どう見てもまだ20歳手前くらいにしか見えないというのに、三年前から女手一人でこのパン屋を営んでいたらしい。
「どうしたの、マーサさん?」
「ちょっと、お願いしたいことがあるのよ~」
「もちろんいいけど、何ー?」
「ちょっと市場まで行って、小麦粉買ってきてほしいのよ~」
「え、でも、一昨日仕入れたばかりだよね?」
パンの材料である小麦粉は、三日に一度、私が商人ギルドで買ってきている。
次の仕入れは明日のはずだけれど、どうしたのだろう。
「実は、思った以上に減りが早くてね~。可愛い天使ちゃんが、頑張ってくれてるからかしら~?」
「あー…………」
確かに、リムルが働き始めた昨日あたりから、お客さんの入りがよくなったように見える。
それも、比較的に男が多い。
リムルが魅了の魔法を使っている痕跡はない。
単純にリムルの美幼女っぷりに惹かれたロリコン達が、寄ってたかっているだけだろう。
「わかったよ。リムルは置いてくね?」
「ええ。ベアちゃん、とても助かるわ~」
私はマーサさんから荷物が軽くなる魔法の袋とお金を受け取ると、そのまま市場へと歩き始める。
マーサさんには私が魔王と言うことは話していないし、『空間収納』が使えることも知らない。それ故の気づかいだろう。
「前までは、五日に一回でよかったのだけれど、次は二日に一回かしら~?」
後ろから、そんなつぶやきが聞こえてきた。
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