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ねえ、このパン美味しくない? 終

「う………ん?」


 目を覚ますと、そこは見知らぬ小奇麗な部屋の中だった。

 窓からは日の光が差し込んでいて、少し顔を動かすときらきらとした太陽が目に映る。


「あれ、私何してたんだっけ…………」


 美味しいものを食べに人間の街に来て、お金がなくて困って………それから。


「あ、そうだ。お姉さんに絞め落とされたんだった………」


 顔で受けた心地よい感触を思い出して、私は自らの頬をなでた。

 まさか人間に後れを取るとは思っていなかったから、少しだけ自信を無くす。

 ただ、あれは注意すべきだろう。抵抗する気も失せるほどの心地よい柔らかさだった。


 ぐぅ。


 部屋に、腹の虫が鳴り響いた。

 そういえば、結局何も食べていないことを思い出す。あの香ばしい匂いの食べ物を貰うはずが、結局、食べられずじまいだ。

 ここがどこかもわからないし、食べ物も探したい。


「『クリーン』」


 私はひとまず部屋を出ようと、歯磨きとシャワー代わりに浄化魔法を使ってから、ベッドから降り立った。


 ぱたぱた、がちゃり。


 適当に服の身だれを整えていると、部屋の扉が開けられた。

 瞬間、部屋中にあの香ばしい匂いが漂い始める。


 私はお腹の導きに誘われるまま、香りの発生源、つまりは扉のほうへと顔を向けた。


「あら、起きたのね~」


 そこにいたのは、あの時のお姉さんだった。

 お姉さんはその手にトレーのお皿をもっていて、その上にはサンドウィッチとミルクの入った瓶が乗っていた。

 白いパン生地にピンク色のハムと艶のいいサラダが挟まれていて、程よい焦げ跡のせいか、とてもおいしそうな香りがこちらまで届いてくる。


 ごくり。


 あれとミルクを組み合わせたら、頬っぺたが落ちること間違いない。

 お姉さんは部屋に入ってくると、机の上にトレーを置いた。


「私はマーサ。貴方のお名前も聞かせてくれる?」


「………ベアトリス。ベアって読んでほしい」


 そう答える間も、私はサンドウィッチから目を離せなかった。


「ベアちゃんね~。よかったら、これ食べる?」


「……………(こくりっこくりっ!)」


 もはや、涎が邪魔をして言葉を発することすらできない。

 ジェスチャーだけで食欲を示すと、お姉さんは「どうぞ~」と椅子を引いてくれた。

 私はそのまま椅子に座って、サンドウィッチへと手を伸ばすと――――、


「こらっ!」


「っ!?」


 お姉さんに手をぱしんっと叩かれた。

 私は溢れる涎を飲み込んで、


「なにを………!」


「食べる前に、手を合わせていただきます。でしょう~?」


「……………?」


「食べ物への感謝の言葉よ~」


 意味が分からないけれど、このままではお腹が空いて死にそうだ。

 私はしぶしぶ手を合わせて、


「いただきます」


「召し上がれ~」


 お姉さんからの許可を確認して、私はサンドウィッチへと手を伸ばす。


 手で触っただけでもわかる、パンの柔らかさ。

 香りだけでわかる、ハムの旨さ。

 見ただけでわかる、サラダのみずみずしさ。


 これは、食べなくても美味いってわかるやつだ。食べるけど。


 私は口を大きく開けて、サンドウィッチを一齧り。


「~~~~~~~!!!」


 瞬間、口中に幸せが広がった。

 パン生地の香りが鼻腔を通り、ハムの旨味と組み合わさって、舌の上でハーモニーが奏でられる。

 柔らかいだけの触感に、しゃきしゃきとしたサラダがアクセントを加えて、フレッシュさを醸し出す。

 ただのサンドウィッチ。されど、サンドウィッチ。

 これほどおいしいサンドウィッチを食べたのは、生まれて初めてだ。リムルが作ってくれる料理が霞んで見える。


「気に入ってもらえたかしら~?」


「っ!!!(こくりっこくりっ)」


 私は相槌を打ちながらも、その手と口が止まることはない。

 味わって食べたいところだけれど、お腹が空いていたこともあって、あっという間にサンドウィッチは私のおなかへと吸い込まれていった。


「こんなに美味いものを食べたのは初めてだよっ!」


「あはは~。そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるわね~」


「これは君が作ったの!?」


「ええ。これでも、女手一つでパン屋さんを切り盛りしてるのよ~? 味には自信があるわ~」


「す、すごい…………!」


 例え魔法をつかえても、怠惰の魔王だとかいわれても、これほどのサンドウィッチは作ることができない。

 人間の食文化が、これほどのものだったとは………、このパンが毎日食べられたらどれだけ幸せなことか。

 魔王城に連れ帰って、私のためだけにパンを焼いてほしいまである。


「…………」


 だが、それでは人間の国の金は稼げない。

 パンを焼くにも材料が必要だろうし―――魔族領では作物など育てていない―――、そのためには金が必要だ。

 お姉さん―――、マーサを魔王城に連れ帰ったところで、パンを焼いてもらうことはできないだろう。

 そうなれば、答えはひとつだ。


「きめたっ!マーサさん、私をここで働かせてっ!」


 ここで働いて、金を稼ぎながら私だけのパンを焼こうっ!

この章はあと一話、エピローグ的なもの。

モチベ上がるので、ブクマ評価くれるとうれしいです。ちびちびと上がってます。

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