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杖を作って、と彼女は言った  作者: 白猫亭なぽり
2. 杖職人の苦悩
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2.4 聞きたいことがある

「いい面構えっす、若。それじゃ――」


 ルゥがそこまで言いかけた時、影からぬっと何者かが現れ、一同の視線を集める。


「お前さん達、何騒いでんだ……?」


 そこにいたのは、腕を組んで仁王立ちしたスキンヘッドの職人頭・マサだ。静かであるが故に威圧感に満ちた声と、阿修羅もかくやとばかりの殺気に()され、バーニィも含めた職人たちの顔が、一気に青ざめる。


「いえ、何でもありません!」

「そうか。じゃあ、これから何をするべきか、わかってんな………?」

「もちろんです、マサさん!」


 一人の返答に合わせて、職人たちが一斉に敬礼する。


「仕事を再開します! 押忍(オス)!」

「おう、わかってんならさっさと行けや」


 蜘蛛の子を散らすように、職人たちがそれぞれの持ち場に戻るのを見届けたマサは、やれやれとばかりに重い溜息をついた。


「まったくしょうがねぇ奴らだ。若も、たまにはビシッと言ってやってください。若は工房の跡取りで、いずれはあいつらを率いていく身です。言うべき時には言わねぇと示しがつきやせんぜ」


 バーニィにも彼なりの論はある。工房は、多くの職人たちに支えられて成り立っている。それを子供の頃から身にしみて知っているからこそ、彼らとは良い関係を築いて行きたいと思っているのだ。

 とはいえ、規律と上下関係を重んじる兄弟子の言にも理があるのは確かで、どちらが真に正しいかなんてすぐに答えは出せない。自分の意見を静かに胸の小箱にしまい込むと、バーニィは黙って頷いた。


「マサの兄ィ、一つお願いがあるっす!」


 一方、この場にただ一人残った新人・ルゥは遠慮会釈なくマサに申し立てをする。


「あぁ? 何だド新人? お前、午後は騎士団のところで納品立ち会いだったな? とっとと済ませてこい」

「そうなんすけど、お嬢さんの公試ってやつ、午後もやるんすよね?」


 バーニィとマサはそろって頷く。

 公試は実戦形式で行われ、キャロルの力量とボンネビル工房謹製の杖の性能を一緒に測る段取りと聞いている。工程(メニュー)が順調にこなされているならば、バーニィが作った杖の試験は少し前に終わっており、ぼちぼちポール作のものが供試されるはずだ。


「自分もそれ、見学できたりしないっすか?」


 どういうつもりだ、とマサに睨みつけられてもルゥはびくともしない。

 この小柄な娘、どこで手に入れたのか知らないが、丸太もかくやとばかりの図太い神経と度胸を見せるのだ。マサの威圧を真っ向から受け流すヒラ職人は、工房の中でも彼女だけである。


「工房で作られてる杖がどういうふうに使われてるのか、一度ちゃんと見たいと思いまして。それに、公試の会場って騎士団の演習場なんすよね?」

「言い訳にしちゃ上出来だな。ついでに話題の司祭長補佐とやらの面でも拝んでこいや」


 あう、と返事に窮したルゥを前に、マサは不敵に笑う。彼を知らぬものから見れば、二、三人殺めたかと勘違いしそうな凄絶なものだ。


「あんだけ騒いでりゃバカでも気づくだろうが、やるならもっとうまくやれや」

「お、押忍(オス)……」

(やっこ)さんの人間性なんざ知ったこっちゃねぇが、お嬢さんに次ぐ実力者ってのは興味があるしな。実戦形式で何をやるかまでは聞かされちゃいねぇが、仮にお嬢さんを相手取るってなら、そいつ以外にいねぇだろ。運が良けりゃお手並み拝見といけるかもしれねぇな。

 若、夜通しの作業明けでお疲れのところ申し訳ないですが、ド新人に色々教えてやってください」


 本来なら早く帰って寝たいところだが、マサの頼みは断れないし、キャロルに粉をかけている男がいると聞いて大人しくしているわけにもいかない。


「わかりました。行くぞ、ルゥ」

「あい! ルーシー・プレスリー、これより若と一緒に納品立ち会い兼公試の見学に行って参ります!」

「おう、行って来い。……若」


 くすりとも微笑(わら)う気配のない、真剣すぎるマサの眼差しに、バーニィは思わず身を固くする。


「くれぐれも早まらず、しかし後悔のない選択をなさるよう祈っとります」


 ――自分はすべて承知していますので、そのつもりで。


 完全に見透かされていると悟ったバーニィは、どうにか平静を装ってそのまま表に出ようとしたのだが、叶わなかった。彼が把手(ノブ)に手をかけたその瞬間、粗暴な来客があまりににも勢いよく内開きの扉を開けたのだ。

 意図せず後ろにふっ飛ばされたバーニィは、カウンターにしたたかに背中を打ちつけてしまう。


「若!」

「だ、大丈夫っすか!?」


 最初は何が起こったかわからなかったバーニィだったが、マサとルゥに抱え起こされて状況を把握する。

 扉を引きちぎらんばかりの力で開けたのは、金髪をなびかせた堂々たる偉丈夫。襟と袖に金色の二本線が縁取られた導師服(ローブ)は、司祭長に近い立場の人間であることを雄弁に語っている一方で、ラルフすら可愛く思える厚い胸板、女性の太ももなど比にならない太さの腕を隠しきれていない。


「バーニィ・ボンネビルはいるか!」

「痛ぇなぁ、何だよ急に……」


 ゆっくり立ち上がったバーニィは、咳き込みながら無遠慮な闖入(ちんにゅう)者を睨みつける。


「ああ、すまない。で、バーニィ・ボンネビルはどこだ?」

「人をふっとばしておいて、詫びがすまねぇの一言たぁどういう了見だ? ずいぶん立派なご身分じゃねぇか、え?」

「……バーニィは俺だが、何の用件です?」

「キャロライン導師の杖について、聞きたいことがある」


 客人の表情をみるかぎり、穏やかな話でないのは間違いない。ただでさえ鋭い目つきを一層尖らせるマサをなだめると、バーニィは努めて冷静に、応接室へ続く扉を指差した。


「話は向こうで聞きます。ルゥは予定通り納品対応。マサさんは親父を呼んできて下さい」

「親方、今日はお休みですけど、いいんですかい?」

「キャロルの杖の件となれば、さすがに嫌とは言わんでしょう」


 承知しやした、と表へ駆け出すマサを見送るバーニィも、心穏やかなままではいられない。自分が作った杖の公試の日に、教会でも上の立場にある人間が工房を訪れる。それで嫌な予感がしない職人などいようはずもないのだから。

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