転生勇者は現状を考える
元勇者視点。転生後
気付いたとき、水の中を揺蕩っていた。
いや、実際に水の中かはわからない。
上下左右がよくわからないくらい場所でふわふわと浮いているような感覚がした。
すごく眠くて、いつまでもそのままでいたくて。
俺はいったいなにをしている?
昨日はいったい何をしていた…?
よく思い出せない。頭の中に靄が漂っているように、はっきりと意識ができない。
でもこんなに心地いいんだから別にそれでいいんじゃないかな…。
このままいつまでもこうしていたい。
ただただその安心感に身をゆだねていると…急に苦痛に襲われた。
息ができない。苦しい。
瞼を射す光が痛い。
なんだこれ。なんだこれ。
誰かに背中を叩かれた感触がした。
喉の奥から何かを吐き出す。
なるほど、こんなに何かが詰まっていたならそりゃ苦しいはずだ。
ところでここはどこだろう。
俺は誰だろう?
ダメだ、頭がはっきりしない。
目を。目を開けよう。どうするんだっけ?
できて当然のことがよくわからない。
目の開け方。息の仕方。
手は?動くか?足は?
うーむ。よくわからん。
ん。声が聞こえる?誰の声だろう。
うっすらと開いた目では何が見えてるかよくわからない。
って、でっけぇ!?
顔!顔だよなこれ!?誰かが俺の顔を覗き込んでる!!
でもちょっと待て、俺の身長が170だぞ!?それを腕の中にしまいこんで振り回してるってどんだけでかいんだこの人!??!
あ、別の人に渡された。ぼやけてるけど、髪が長いのはわかるな。女の人かな?
さっきの人に怒ってるみたいだけど…なんなんだ。なんなんだこの状況。
誰か早急に説明プリーズ。
説明…説明を…。
あ、ダメだ。くっそ眠い。
でも寝ちゃだめだ。まずは状況を確認しないと。
ちょっとそこの巨人二人組に聞いてみよう。もしもし、少々よろしいですか?
「ああああーー!!あああああーーー!!!!」
「--・・-?**-・・*・・・?」
「-**・-?・--・*・*-・」
ふぁっ!?
なに、何でこんな夜中に窓の外でバトってる猫みたいな声出してんの俺!?!?
も、もう一回…。
「ああああああああーーーーー!!!!まあああああああーーーーーー!!!!」
よし、落ちつけ俺。
クールに行こう。まだ慌てる時間じゃない。
素数を数えて落ち着くんだ。
えーと…あれ?1って素数だっけ?違う?
しょっぱなからダメじゃねぇか…うん、まぁ数学苦手だしね、仕方ないね。うん。
で、だ。喋れず、目もよく見えず、聞こえる声も謎言語。
わからないことがわかったな!
ダメダメじゃんね…え、これどうすりゃいいの?
あ、ダメだマジで眠い。
ちょっとタンマタンマ。
意識が夢の国に旅立とうとしてるのが感覚でわかる。
ネズミいるかな?いやこの思考は不味い。忘れよう。
あ、ちょっと、冗談抜きで耐えられん…。
ちょ、ちょ、待っ…ぐぅ…。
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あの目覚めから…どれくらいだろ?
一ヶ月くらいは経った気がするけど、頻繁に襲い掛かる強烈な睡魔のせいで正確なところはわからん。
カレンダーみたいなものも家の中で見かけることは無かったしね。
あれからいくつかわかったことがある。
まず、俺の今世の名前はマオ。
そう、今世、だ。
現代日本で生まれた俺はファンタジー小説なんかでよくある異世界召喚とやらの被害に遭った。
それも、わりと最悪な展開のファンタジー小説の。
隷属の魔法を仕込まれ、意識はあるけど体の自由は聞かない、なんて状態で利用されていた。
その世界では人間と他の種族で対立戦争をしていたんだけど、どうも魔人族とかいう響きからしてカッコイイ敵種族に魔王なんて言うチート存在が出現したらしい。
実は敵対国のトップなんかとも話が通じていて、人間国家も戦争を継続させるつもりだったのに、その魔王が強すぎるもんで戦争が終結しちゃいそうだ、と。
そこで召喚されたのが俺。
召喚陣に細工をしてて、その世界に行ったときから操り人形状態で自分の意思じゃ指も動かせないし声も出せなかった。
自分の意思関係なく動く体で敵対者を殺しまくってたあの時は地獄だったなぁ…。
怪我して痛いときなんかも関係なく体動くし。もう途中からそして考えることをやめた状態だったねマジで。
なんやかんやあって、魔王もろとも謀殺されそうになったんだけど…魔王による最後の自爆攻撃で天に召されたわけだ。
いやぁ、死ぬのは嫌だけどあの状況じゃどうしようもないもんなぁ…。
直接的なトドメは魔王によるものだったけど、それには特に思うところはない。
むしろアイツらにやられるくらいならよほどいい。魔王グッジョブ。
魔王にはちゃんと謝りたかったけど、大丈夫かな。ちゃんと聞こえたかな。
友にならないか、とか言ってくれてたのは聞こえたけど。許してくれたってことでいいのかな。
まぁそうして死んで、気が付けば赤ん坊になってた。
現代日本から異世界召喚くらって、そこで死んで今度は異世界転生ときたもんだ。
あれかな? 最近そういう作品多いのって、そういう現象がマジでありふれてるからとか?
街中で100人に聞きました! あなたは異世界へ行ったことがありますか? とかアンケート取ったら10人に1人とかイエスっていうの?
んな馬鹿な。
正直わけがわからな過ぎる。どんな確率だよ、と。
転生までしちゃったらもう日本には帰れないんだろうなぁ…楽しみにしてたコミックとか…続き超気になるじゃんね…ぐぬぬ。
まぁ、前回世界の召喚後があまりに酷すぎてネジ飛んじゃったのか、あんまりショック受けてないのは助かる。精神崩壊コースとかマジ勘弁だしなぁ。
それにどうも、両親らしき人の言葉を聞く限り前回世界とも違う第三世界へ転生っぽいんだよね。全く聞いたことない言語だし。
第二世界はどうも完全に詰んでる臭いし、そうするとまた違う世界っていうのは不幸中の幸いか。
正直、異世界転生ものとか好きだったからワクワクする気持ちもあるんだよね。
死んだのはまぁ…あれだけど。日本の母ちゃんの特製ぶち込みチャーハンまた食いたいなぁ…。
あ、だめだこの思考は鬱になる。切り替えろ。切り替えろー俺。
「**--・*--マオ-・・」
おっす、オラ、マオ! 呼んだか新しい母ちゃん!
結構しっかり見えるようになったけど、今世の母ちゃんってめちゃくちゃ美人なんだよなぁ。
ハリウッド? ハリウッドですか? て感じ。
正直ご飯の時間はくっそ恥ずかしいが、実際赤ん坊なわけだし気にしないようにすることにした。うん。
んでそのハリエット母ちゃんが俺をベッドから抱き上げてどこかへ歩いて行く。
ん? そっちは外へと続く扉…。
おお! ついに外の世界へ!?
生まれてからこっち、ずっと家の中だったからなぁ。抱きかかえられて窓の外を見たことはあるけど、出るのは初めてだ。出産も自宅だったみたいだしな。
母ちゃんも父ちゃんも優しいけど、やっぱ家の中に引きこもりって退屈でなぁ。
日本では学校以外引きこもってたけど娯楽があったし。
第二世界では超アウトドアでバーサークってたし。
おっと、切り替え切り替え。今の俺は純真無垢な赤ん坊なのだ。ばぶう。
さぁ、どこに行くかは知らないけども! いざ、新天地へ!!