プロローグ
見切り発車の勢い投稿です。
ご意見いただけたら嬉しいな・・・
荒廃した大地には轟音が鳴り響いていた。
その中心にいるのは二人の少年少女。
一方は黒髪黒目の人間族の少年。人々から「異世界から召喚された救世の勇者様」と言われる存在。
一方は赤毛に金の瞳の魔人族の少女。人々から魔法使いの王、「魔王」と呼ばれる存在。
人間至上主義の帝国と、魔人族を軸に獣人などの多種族からなる共和国。
長年にわたる両国の戦争は周辺国をも飲み込み大陸全土へ広がり、人間族とそれ以外の多種族、大陸を二分する泥沼の種族間戦争へと発展していた。
大陸の形すら変わりいくつもの種族が死に絶えた、長きにわたる戦争。
疲弊した国々は互いの最大戦力による一騎打ちですべてを終わらせようと協定を結び、大陸中央の荒野で“勇者”と“魔王”をぶつけたのだ。
勇者が剣を振ればそれだけで大地は軋み、大気が割れ荒野に嵐が吹き荒れる。
魔王が足を踏み出せば大地が槍のように隆起し、空からは稲妻が降り注ぐ。
長年の戦争で荒廃した大地はここ数日の間続く二人の戦闘でさらに焼け焦げ砕け、人の住めぬ不毛の大地に成り果てていた。
「ふっ…このっ…いい加減にィ!重力増加! 大地激震! 激流大渦! おまけじゃ! 稲妻封牢!」
本来は長い詠唱が必要な対軍魔法を魔法名だけで連発する。これこそが魔王と言われる所以である。
超重力で押しつぶされ不規則に隆起する大地に体を貫かれ、虚空に現れた大質量の大渦にすり潰され稲妻の檻に囚われれば全身が焼け焦げる。一つ一つが致死のオーバーキル。本来ならひとたまりもないであろうそれを勇者は…
「………!!」
剣の一閃だけで大渦もろとも不可視の超重力まで切り裂き、踏込の一歩で荒ぶる大地を吹き飛ばし、稲妻に至っては素手の左拳だけで吹き散らしてみせた。
「またかァ! なんっじゃそれ! 無茶苦茶にもほどが…ぬうお!?」
踏み砕いた大地の大穴の中心にいた勇者に向かって大声でわめきたてていた魔王であったが、瞬きの間に踏み込んだ勇者の斬撃をすれすれで回避する。
避けきれなかったのか首から血が一筋流れるが、互いに全身血まみれ泥まみれなので今更であろう。
「というか! この! 根暗勇者! がぁ! 何か! いい加減! しゃべらぬか!」
「………」
ガン!ギン!ギン!ギャリッ!ガガガガガッ!
勇者の剣戟と拳を魔王は魔力を纏わせた手足で迎え撃つ。
そうしながらも魔王は勇者へ罵声を浴びせ続けているが、勇者は口を開くこともなく昏い目で見返しながら無言でその剣を、拳を、振るい続ける。
一騎打ちが始まってからの数日、この光景がずっと続いていた。
互いに決定打に欠ける千日手。しかし避けきれぬ攻撃に傷付いた身体は双方無事な場所の方が少なく、はた目には動き回れていることが不思議なほどの重症だ。
ちょっとしたきっかけで拮抗が崩れれば一瞬で片が付くだろう。そうなる前に、魔王は一度勇者と話をしてみたいと思っていた。決着がついた後ではもう会話はできなくなっているだろうから。どちらが死ぬかの違いはあっても。
異世界から召喚された勇者。それが事実であれば、この世界で戦ってる理由は。
魔力を感じぬのにそのふざけた戦闘力はなんなのか。
戦争が終結した後はどうするのか。
どんな未来を望むのか。
種族間戦争は行きつくところまで行きつき、終戦を迎えたところでその爪痕はそう癒えることは無いであろう。
それでも魔王は、多種族だけでなく人間も含めた全ての種族がより良い未来へ向かうことを望んでいた。
そのために自分の手を血で染めてでも未来を掴もうと足掻いているときに現れたのがこの勇者だ。
この世界とは違う世界から召喚されたと噂されている少年。
間諜の調べではそれ以外の情報はほぼ無く、戦場でも街中でも口を開くこともなく表情も変えぬ勇者。
その心の内を魔王は知りたいと思った。それゆえ一騎打ちが始まってから幾度も語りかけて入るのだが、全く反応がない。
あまりの無反応にいい加減イライラしてきているようだ。
「ああ! おぬし! 今! 殴るように見せかけて! わしの胸触ったな!? むっつり根暗勇者めがッ!!」
「…………」
「ぬ!? 今わしの事馬鹿にしたであろ!?!? 表情変わっとらんがなんかそこはかとなく「うわー何言ってんのこいつ」って視線が語っておったぞ!!!」
命がけの戦闘中である。会話(?)は馬鹿丸出しであるが周辺への戦闘の余波は凄まじく、刻一刻と大地は姿を変えている。
しかしこのままではそう遠くないうちにどちらかが死ぬだろう。なにせ戦闘開始から睡眠も食事もしていないのだ。体力は正直とっくに尽きているし、魔力だって心もとない。
異空間収納に残っている体力回復剤も魔力回復剤も数は少なく、これが無くなれば本格的に詰みだ。
というかこの勇者回復剤全く使っておらんの。いったいどうなっとるんじゃこの化け物、などと思いながら魔王はさてどうしたものか、と思案する。
話が聞けなかったのは残念だが、どちらにせよただで負けるわけにはいかない。だがこのままでは決め手に欠ける。
(というかこのままじゃ多分負けるのう。 ほんっとにどうなっとるんじゃこいつ。 本当に人間か?)
諦めたわけではない。
だが自分が圧倒的に分が悪いことを理解しつつ、薄皮を斬らせるような戦闘を続けていく。
いずれ拮抗が崩れるだろうが、まだ時間はかかりそうだ。
それまでに何とか話をしてみたいものだが、と考えていた魔王だった。
が、その瞬間は思ったよりも早く、思いもしなかった理由でやってきた。
『その身を捨てて魔王を拘束せよ』
「なに…ぐあっ!?」
「かふっ…!」
虚空にどこかから声が響いたと思うと、勇者は剣を捨て魔王に飛びかかっていた。
防御を捨て正面から突っ込んだ勇者の腹部に魔王の抜き手が突き刺さり、背中から右手が生えている。
突然の吶喊に魔王も虚を突かれ、抱きしめられる形で抑え込まれ身動きが出来なくなる。
「いったい何が…ぬッ!?」
押し倒され空を見上げる魔王だったが、膨大な魔力を感じ勇者の背後を見る。
するとそこには、空を埋め尽くさんばかりの大量の攻勢魔法が飛来するところであった。
「我が身を守れ!魔力城塞!」
とっさに自身の最高硬度を誇る魔法防御結界を張り巡らせる魔王であったが、勇者との戦闘で疲弊した身では不完全な代物しか作りだせなかった。
「くっ…ぬぅ…ああああああああああああ!!!」
塵も残さんとばかりに打ち込まれ続ける魔法群。
死の流星が止まったころには、全身が焼け焦げ片手と片足がちぎれ飛び、虫の息になった魔王。そして胴体がちぎれかけ、内臓を溢れさせる勇者が寝そべっていた。
どちらも奇跡的に息があるが、死ぬのはもう時間の問題であろう。
いったい何があったのか。どこのだれが先走った。協定は。
そんなことをグルグルと考えている魔王に近づく人物がいた。
「貴様…魔将…! 人間族の将も…ガフッ…なぜ…ここに…! 協定はどうした…!!」
そこに現れたのは魔人族の兵を取りまとめる将軍、そして人間族の兵を取りまとめる将軍であった。
周りを兵士で固めた両将はにやにやと笑いながら魔王と勇者を馬上から見下ろしていた。
「この小娘まだ生きてやがる。さすがは勇名轟く魔王様ってかぁ?」
「勇者も生きてやがるな。ったく、そもそもこいつがさっさと魔王を殺ってりゃぁこんな面倒なことにならなかったのによ。役立たずが」
嫌悪を隠そうともせず勇者へ罵声を浴びせる人間族の将軍。
唾すら吐き掛けせせら笑う姿に魔王は目の前が真っ赤に染まる思いだった。
「貴様ら…まさか裏切るのか…!我らの一騎打ちでこの戦争は終わるはずだ…!このようなことをすればまた民が犠牲に…!」
「うるっせぇなぁ。いいじゃねぇか、戦争。略奪。俺たちみてぇな戦争屋にとっちゃ今の世の中は刺激的で楽しいぜぇ?」
「違いねぇ。人間も魔人も獣人も、みんな増えすぎちまった。土地なんてなぁ無限にあるわけでもねぇ。間引きついでにちっとばかし美味い思いしても罰は当たりゃしねぇわなぁ。なんせ体張って馬鹿な平民どもを守ってやってるのは俺ら兵士だからな」
ゲラゲラと笑いながら周囲の兵士も口々に騒ぎ立てる。
「このような事をして…許されると思っておるのか…!周辺国も含めた国王たちの協定を…!」
「あったま悪ぃなぁ。国王陛下たちも俺らと同意見なんだよ。だからこそ、邪魔なお前を殺すためにこの勇者を召喚したわけだ」
「な…に…」
戦争を終わらせるために手を血で汚した。
同じ志を持つ同胞を犠牲にしてでも、と。
それで皆にとってより良い未来が訪れるなら、と。
しかし。
国の上層部は戦争が続くことを望んでいた?
そのために私が邪魔?
ではこの一騎打ちは…。
「そういう…ことか。カフッ…はは…そうか…敵は勇者ではなく…国にいたか…」
「そういうこった。最後まで気付かず死んでりゃぁ絶望しなくて済んだのになぁ。しぶとい自分を恨みな」
両将が馬上より降りたち、剣を手に歩いてくる。体はもうまともに動かない。片手と片足がちぎれ、肌も一部炭化してしまっている。魔力も底をついた。体力回復剤や魔力回復剤を使うような暇もないだろう。
詰みだ。
まさかこのような終わりだとは思っていなかったが。
何も救えないまま。
先に逝った仲間たちに何と謝ればいいのだろうか。
すべてを諦め、ただ最後の時を待っている魔王。だが、その魔王のかろうじて原形をとどめている手を掴む者がいた。
「ま…お…」
「…勇者?」
「あん?」
溢れる内蔵を引きずり、這いずり寄った勇者だった。
とても動けるはずがない。
息があるだけでも異常だというのに、まさか自力で動いてみせるとは。
「うげぇ、なんだこいつ。マジで化け物だな」
「虫みたいな動きして気持ち悪ぃ野郎だ。っつーか、隷属の魔法も解けちまってんな」
「…なに?隷属魔法…だと…?」
隷属魔法。
魂へ楔を打ち込むことで使用者への絶対服従を強制する禁術指定の魔法だ。
もうその術式は残っていないはずであったが…。
「そのようなものまで…外道が…!」
「本当は勇者にお前を殺させて、その後で勇者は乱心させたように見せて自害させる予定だったんだがなぁ」
しかしなるほど。口を開かなかったのはそういうことか。
自我を完全に封じられて、命令に忠実な人形にさせられていたのだろう。
この勇者は、異世界から勝手に呼ばれ、隷属魔法なんてものまで使われて好きに利用されていたのだ。
魔王である自分を、殺すためだけに。
「まお…」
「勇者…すまなかった…な。この世界の都合に…わし…なんぞの事に巻き込んでしまって…」
「…ま…おう…。ごめ…ん…」
「馬鹿者…何故おぬしが謝罪する。おぬしは…被害者であろうに…」
這い寄った勇者に、魔王も最後の力を振り絞り、その腕で引き寄せ抱きしめる。
額と額が触れるほど近距離で、もう霞んで見えなくなってきた目で、かすれる声で、それでもやっと。そう。
「やっとおぬしの声が聞けたな…。いろいろ話してみたかったが…もう時…間が無い…ようじゃ」
「う…あ…」
どちらももう命は付きかけている。次の瞬間には物言わぬ骸になっているだろう。
だがそれを待つことなく、魔人族の将軍が。そして人間族の将軍が剣を振り上げる。
「そろそろいいか? 魔王と勇者の友情物語とか見てて吐き気がするぜ」
「お前らの首は持ち帰って王に謙譲だな。そんだけ焼け焦げてりゃ見ても誰だかわかりゃしねぇと思うがなぁ」
今まさにとどめを刺さんとする両将へ、しかし魔王は瀕死を感じさせない獰猛に歪んだ笑みを見せつける。
「なに…貴様らの手は…煩わせぬよ…。どこまでも阿呆であったわしはまだしも…この勇者の最後が貴様らのような外道では…あまりに報われぬゆえな…」
尽きる瞬間の命。
その最期の雫を絞り切り、魔王は最後の一手を打つ。
「なん…だ…こりゃぁ…!? なんだこの魔力…!!」
「こいつ…どこにこんだけの力を…!? なんかヤベェぞ、早くぶっ殺せ!!」
「させぬよ…対魔法物理結界」
両将や兵士の剣戟や槍を、体の表面へと張った結界で弾く。
完全には防げず体が刻まれていくが、時間稼ぎさえできればそれでいいと、魔王は勇者を自らの体を盾に守る。
「くく…わしの肉体も…勇者の肉体も…髪の一本、爪のひとかけらすら残さん…。貴様らに利用などはさせぬよ……まぁ…利用しようにも…貴様らも何も残らず消滅するだろうがのう…?」
「くっそがああああ!テメェら!こいつを何としてでも止めろ!攻撃し続けろおおお!!」
「俺の馬をよこせッ!! 早くここを離れねぇと…おい! テメェ何やってやがる! テメェはこいつを何としてでも止めるんだよォッ」
両将は兵士に預けていた馬を奪い取り、我先に逃げようとする。
が、兵士たちも置いていかれてはたまらないと将へと反抗し馬の奪い合いが起きていた。
「醜い事よのう…。わしの望みがかなわなかったのは口惜しいが…せめて最期に…派手に散って見せようぞ…!!」
魔王の体内に渦巻く魔力は際限なく膨れ上がっていき、今にもはじけ飛んでしまいそうだ。
実際、魔王の皮膚は中で何かが蠢いているかのごとく波打ち、弾け、傷跡からは残り少ない血が噴き出している。
「げぼッ…くく…生命力を全て絞りつくす禁術…どうせ死に体の今では気にせず使えるのう…」
「まお…う…」
「勇者よ…おぬしとはちゃんと話してみたかった。今世ではそれももう叶わぬが…輪廻の先…新たな生の果てに出会うことができれば…その時は友とならぬか…?」
「……う…あ…」
「むう…返事はもう無理か…。まぁ、ただの死に際の戯れじゃし別にいいんじゃがの」
命を燃やし、限界まで圧縮された魔力がついに魔法という理によって組み立てられ形を成す。
それは極限の炎。樹も、石も、水も、大気も。
何もかもを一切合財焼き尽くす、究極の破壊の顕現。
「ではの、勇者よ…。“我が身を糧に一切を滅せ。焔神”」
瞬間。大地に太陽が顕現した。
荒野をすっぽり覆うように現れたドーム状の…否、地中まで含めて完全な真球。
触れたものは瞬時に蒸発し、多少離れているくらいでは一瞬で燃え上がる。
魔王と勇者という強大な力を持つ者同士の一騎打ちのため、周辺の民は皆遠くへ移動されている。
実際は各国上層部の魔王殺害計画のため、であろうが。
理由はどうあれ、民が近くにいないのならば気兼ねなく使うことができる。
計画のために周辺に伏せられていた兵士たちも。
それを指揮する王族も。
何もかも焼きつくし、破壊の限りを尽くした太陽は急激に収縮し、その暴威とは裏腹に静かに消えた。
そこには直径が数十キロになろうという巨大な円形の穴だけが残り、他には何もなかった。
プロローグはこんなですけど本編からは血みどろ描写とかシリアスは少なくなる・・・はずです。うん。やっぱり笑えるお話の方が書きたいですから・・・うん・・・。