覆面ミステリー作家は恋愛に憧れる
「『近藤進』の最新作、今回も良かったね!」
「あ、ああ…そう、だな」
新作が出るたび、腐れ縁の幼馴染と話題にする。発売日の翌日の昼休み、クラスでのいつもの光景だ。
そして、その話題は大変貴重でもある。こちとら、幼稚園の頃からこの幼馴染に絶賛片思い中である。同じ高校に入学できたはいいが、そこは年頃の男女、昔ほど馴れ馴れしくもできない。
だから、趣味で密かに書いていたWeb小説が書籍化され、作者の素性も知らずにファンとなってくれたのは好都合だった。それからはもうがんばったさ、執筆活動。我ながらおかしいとは思うが。
「なによ進、歯切れが悪いわねえ。もしかして、今回は読まなかったの?」
「よ、読んださ。ただ、いつものことだけど…」
「作者の名前が自分の名前に似ているから、照れくさい?」
「わかってるなら、聞くなよ…」
『近藤 進』と『近衛進』。確かによく似ている。
まあ、似ていて当然だ。初めてWeb投稿する時にいいペンネームが思いつかなくて、適当に『近衛 進』を少しもじって付けただけなのだから。それが、商業デビューでも引き継がれてしまった。
いや、まさかここまで有名になるとは、作者である自分自身も思いもしなかったというか。こんなことなら、もうちょっとマトモなものに…既に手遅れだが。
「でも、近藤 進って、これだけ有名になっても素性が全くわからないのよね。年齢はもちろん、性別も」
「いや、性別はさすがに男じゃないのか?」
「わかんないわよー。ほら、私みたいな美少女高校生が、実は!ってね」
「そこはせめて女子高生に留めとけよ、莉奈」
二階堂莉奈。学校ではそれなりに話題になる程度には美少女である。道を歩けば、すれ違う人の10人に6人くらいは振り返る、という中途半端さはあるものの。いや、それくらいがちょうどいいんだよ、うん。
◇
放課後。
我らが帰宅部は教室に残ったまま、昼休みの続きを始める。
「それにしても、今回もやられたなー。まさか、母親が犯人だったなんて」
「そうか? 俺はだいたい予想できてたけど」
「嘘!? 私はてっきり、主人公が犯人かと。ミスリードな場面もあったし」
「ああ、凶器を隠すところな。『誰が』隠したかあいまいだったから騙されなかったぜ!」
「じゃあ、面白くなかったの?」
「いや? 動機が意外だったからな。再婚ってのに引っかかっちまった」
「継母だからといって血が繋がってないとは限らないのだよ、ワトソンくん」
「さよか」
まあ、今回は二段構成…いや違うな、二面構成か、フーダニットに意識を集中させつつ、もうひとつの謎を盛り込んでみたのだ。定番ではあるが、普通は動機の方が印象に残るはずだ。
つまり、犯人の方でびっくりするのは、読者として読み込みが…いや、今ここでそのことを考えるのはよそう。口に出してしまいそうだ。大惨事は回避せねば。
「動機が意外…といえば、担任の松峰先生がびっくりよね。いきなり離婚だなんて」
「ああ、確かにな。あんだけ俺達に愛妻家ぶりを見せつけてたのに」
「なになにー、マミーせんせの話?」
「その呼び方やめろ、湯沢」
「えー、かわいいじゃん? 進藤くん」
「俺は近衛だ! いつもいつも、ワザと間違えやがって」
湯沢楓。クラスのムードメーカー的存在という、ラノベやマンガでは許されるが、現実にいたらウザいタイプの悪友である。
実際、ウザい。ったく、せっかくふたりで楽しく話していたのに、いきなり割り込んできて…ぶつぶつ。
「あはは…。えっと、その松峰先生がなんでいきなり離婚したんだろって話をしててね」
「えー、そこを詮索するのはプライバシーの侵害だよー?」
「湯沢が、まともなことを言った…だと…?」
「失礼だなー。まあ、ボクも関心はあるけどね。あの文化祭で仲睦まじかったマミー夫妻が、だからねー」
「よし、通常運転だな。でもやっぱりその呼び方やめろ」
ああ、話が進まない。もう、こいつのことは湯沢帰れと呼んでやろう。心の中で。帰れ帰れー。
「カエレカエレー」
「え、なに?」
「ナンデモナイデス」
いかん、どうしても口に出てしまう。心の中でも自重せねば。
「マミー夫妻のことだけど、ボクが推測するに、単純に熱が冷めたからじゃないかなーって」
「あんなにアツアツだったのに?」
「アツアツだったからこそじゃないかなー?」
「そんなものか?」
「そんなものだよ、恋愛経験のない進藤くん?」
「近衛だっつってんだろ! そういうお前だって未経験だろうが!」
「え、なんで知ってるの? うわー、ボクのプライバシーがー」
「そんな話はしてねえ!」
くそー。別にいいじゃんか、未経験。
いや、長年の片思いだって、立派な恋愛経験だ。それが小説書くのにも役に立ってるんだから。…考えただけで虚しくなってきた。やっぱり、湯沢はカエレ。
「ん? ボクの顔になんかついてる?」
「何もねーよ、気のせいだろ」
「えー、そんなことないよー。ねー、りなっちー?」
ペタペタ
「ひゃ!?」
ゴンッ
「痛い痛い、やめてくれよ進藤くん」
「だから近衛…ええい、いい加減セクハラやめろ! それこそ、担任の松峰にチクるぞ!」
「あ、既に2回ほど怒られてるから」
「よし、3回目だな。ほれ、来い」
「え、ちょま」
「おい、莉奈も行くぞ」
「え、あ、うん…?」
被害者本人があまり意識してないのがアレだが、ウザかったのも確かだからこのまま連れていこうそうしよう。うん。
◇
職員室。
他の先生方もいるから、ちょっと肩身が狭い思いがする。これもみんなカエレが悪い。
「またお前か、湯沢…。いくら、クラスで人気があるからといって、男子が女子に無闇に触れるのはダメだろうが」
「えー、肩とか腕だけですよー」
「それでもダメだ! 二階堂は嫌だったのだろう?」
「ええと…まあ、はい」
「うらぎりものー。ぐっすん」
「野郎がぶりっ子すんな。気持ち悪い」
「それもセクハラ発言じゃないのー? 未経験の進藤くーん」
「俺は近衛だ!」
カオス。
「それで、どんな状況でそんなことをしたんだ?」
「マミー…松峰先生がなんで離婚したんだろって話してた時でーす」
「ごふっ」
あ、松峰先生が血を吐いた。もちろん、比喩表現である。
あけすけに言われてショックだったんだろうなあと思っていたら、隣の席の鶴岡先生から、思いがけないツッコミが入った。
「…離婚? 松峰先生、ずっと独身ですよね…?」
「「「え?」」」
え? それじゃあ、あの文化祭の時に一緒にいた女性は…?
「え、クラスの喫茶店で松峰…先生と仲良くお茶してたのは…」
「あ、担任の先生を呼び捨てにしそうになったうっかり進藤くん」
「いちいち話の腰を折るな! 俺がせっかく名前のツッコミ控えてるってのに!」
「あ、え、えっと…それで、松峰先生、あの時の女性は…」
「妹さんですよね? え、生徒には奥さんって言ってたんですか?」
「「「妹!?」」」
「ううう…」
よくよく話を聞いてみたら、こういうことだった。まあ、話したのはほとんど隣の席の鶴岡先生だったのだが。
・文化祭の準備期間中、松峰先生はとある理由で左手薬指に指輪をしていた。
・それを目ざとく見つけたクラスの出し物担当の生徒達(主に女子)が問い詰めた。
・その時点では理由が言えなかった松峰先生は、うっかり既婚と答えてしまった。
・文化祭に連れてくることを約束させられた松峰先生は、妹さんに頼み込んで偽装した。
「そういえば、確かに松峰先生は妹さんと大変仲が良かったですね。シスコンですか?」
「いやあの、鶴岡先生、生徒の前でそんなこと…」
「あら、否定しないんですね?」
「否定も何も、鶴岡先生は全部知ってるじゃないですか…」
今もなおつけている指輪をしていた理由。それは、目の前で繰り広げられているプチ痴話喧嘩から十分察することができた。
「よし、りなっちとのことがなかったことに…」
「んなわけあるか」
「そうだな。また御両親にも伝えなければならんな」
「あう」
「ははは…」
いつものオチである。
◇
学校からの帰り道。
腐れ縁の幼馴染であるからして、その道は全くと言っていいほど同じ。ゆえに、ふたりで楽しく話をしながらの下校である。
「まあ、先生同士で結婚とかって、早いうちからあんまりベラベラと喋れないよね」
「それはわかるんだが、なら、なんで婚約指輪なんてしてんだ?」
「それは…やっぱり、何か証が欲しかったんじゃないかな? 他の人はわからなくても、ふたりだけは密かに、ってね」
「そういうものなのか…。え、あれ、もしかして、鶴岡先生も同じ指輪してたか?」
「気づかなかったの?」
「…気づかなかった」
あー、長年の片思いとなるわけである。肝心の本人が恋愛方面に鈍感なのだから。いまさらだが。ちょーいまさらだが!
「…ねえ、進。そういうの…進も、欲しくなった?」
「へっ!? え、や、な、なんのことだ?」
「ふふふ」
思わせぶりな態度…に見えたのは気のせいだろうか。自然な会話の中の、それでいて、後の展開に響くかのような、伏線的な何か。
…うん、次作は思い切って恋愛モノにしてみようか。編集部の担当の人、いきなり過ぎてびっくりするかな? まあ、たぶん、伏線たっぷりの恋愛ミステリーになりそうだが。作風はどうにも変えられそうにない。
「でも、私と進をそのままモデルにするのは、何かに負けた気がする…」
「梨奈、お前何と戦ってるんだ?」