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覆面ミステリー作家は恋愛に憧れる

作者: 陽乃優一

「『近藤(こんどう)(しん)』の最新作、今回も良かったね!」

「あ、ああ…そう、だな」


 新作が出るたび、腐れ縁の幼馴染と話題にする。発売日の翌日の昼休み、クラスでのいつもの光景だ。


 そして、その話題は大変貴重でもある。こちとら、幼稚園の頃からこの幼馴染に絶賛片思い中である。同じ高校に入学できたはいいが、そこは年頃の男女、昔ほど馴れ馴れしくもできない。


 だから、趣味で密かに書いていたWeb小説が書籍化され、作者の素性も知らずにファンとなってくれたのは好都合だった。それからはもうがんばったさ、執筆活動。我ながらおかしいとは思うが。


「なによ(すすむ)、歯切れが悪いわねえ。もしかして、今回は読まなかったの?」

「よ、読んださ。ただ、いつものことだけど…」

「作者の名前が自分の名前に似ているから、照れくさい?」

「わかってるなら、聞くなよ…」


 『近藤 進』と『近衛(このえ)(すすむ)』。確かによく似ている。


 まあ、似ていて当然だ。初めてWeb投稿する時にいいペンネームが思いつかなくて、適当に『近衛 進』を少しもじって付けただけなのだから。それが、商業デビューでも引き継がれてしまった。


 いや、まさかここまで有名になるとは、作者である自分自身も思いもしなかったというか。こんなことなら、もうちょっとマトモなものに…既に手遅れだが。


「でも、近藤 進って、これだけ有名になっても素性が全くわからないのよね。年齢はもちろん、性別も」

「いや、性別はさすがに男じゃないのか?」

「わかんないわよー。ほら、私みたいな美少女高校生が、実は!ってね」

「そこはせめて女子高生に留めとけよ、莉奈(りな)


 二階堂(にかいどう)莉奈(りな)。学校ではそれなりに話題になる程度には美少女である。道を歩けば、すれ違う人の10人に6人くらいは振り返る、という中途半端さはあるものの。いや、それくらいがちょうどいいんだよ、うん。



 放課後。


 我らが帰宅部は教室に残ったまま、昼休みの続きを始める。


「それにしても、今回もやられたなー。まさか、母親が犯人だったなんて」

「そうか? 俺はだいたい予想できてたけど」

「嘘!? 私はてっきり、主人公が犯人かと。ミスリードな場面もあったし」

「ああ、凶器を隠すところな。『誰が』隠したかあいまいだったから騙されなかったぜ!」

「じゃあ、面白くなかったの?」

「いや? 動機が意外だったからな。再婚ってのに引っかかっちまった」

「継母だからといって血が繋がってないとは限らないのだよ、ワトソンくん」

「さよか」


 まあ、今回は二段構成…いや違うな、二面構成か、フーダニットに意識を集中させつつ、もうひとつの謎を盛り込んでみたのだ。定番ではあるが、普通は動機の方が印象に残るはずだ。


 つまり、犯人の方でびっくりするのは、読者として読み込みが…いや、今ここでそのことを考えるのはよそう。口に出してしまいそうだ。大惨事は回避せねば。


「動機が意外…といえば、担任の松峰(まつみね)先生がびっくりよね。いきなり離婚だなんて」

「ああ、確かにな。あんだけ俺達に愛妻家ぶりを見せつけてたのに」

「なになにー、マミーせんせの話?」

「その呼び方やめろ、湯沢(ゆざわ)

「えー、かわいいじゃん? 進藤くん」

「俺は近衛だ! いつもいつも、ワザと間違えやがって」


 湯沢(ゆざわ)(かえで)。クラスのムードメーカー的存在という、ラノベやマンガでは許されるが、現実にいたらウザいタイプの悪友である。


 実際、ウザい。ったく、せっかくふたりで楽しく話していたのに、いきなり割り込んできて…ぶつぶつ。


「あはは…。えっと、その松峰先生がなんでいきなり離婚したんだろって話をしててね」

「えー、そこを詮索するのはプライバシーの侵害だよー?」

「湯沢が、まともなことを言った…だと…?」

「失礼だなー。まあ、ボクも関心はあるけどね。あの文化祭で仲睦まじかったマミー夫妻が、だからねー」

「よし、通常運転だな。でもやっぱりその呼び方やめろ」


 ああ、話が進まない。もう、こいつのことは湯沢帰れと呼んでやろう。心の中で。帰れ帰れー。


「カエレカエレー」

「え、なに?」

「ナンデモナイデス」


 いかん、どうしても口に出てしまう。心の中でも自重せねば。


「マミー夫妻のことだけど、ボクが推測するに、単純に熱が冷めたからじゃないかなーって」

「あんなにアツアツだったのに?」

「アツアツだったからこそじゃないかなー?」

「そんなものか?」

「そんなものだよ、恋愛経験のない(どーてーの)進藤くん?」

「近衛だっつってんだろ! そういうお前だって未経験だろうが!」

「え、なんで知ってるの? うわー、ボクのプライバシーがー」

「そんな話はしてねえ!」


 くそー。別にいいじゃんか、未経験。


 いや、長年の片思いだって、立派な恋愛経験だ。それが小説書くのにも役に立ってるんだから。…考えただけで虚しくなってきた。やっぱり、湯沢はカエレ。


「ん? ボクの顔になんかついてる?」

「何もねーよ、気のせいだろ」

「えー、そんなことないよー。ねー、りなっちー?」


 ペタペタ


「ひゃ!?」


 ゴンッ


「痛い痛い、やめてくれよ進藤くん」

「だから近衛…ええい、いい加減セクハラやめろ! それこそ、担任の松峰にチクるぞ!」

「あ、既に2回ほど怒られてるから」

「よし、3回目だな。ほれ、来い」

「え、ちょま」

「おい、莉奈も行くぞ」

「え、あ、うん…?」


 被害者本人があまり意識してないのがアレだが、ウザかったのも確かだからこのまま連れていこうそうしよう。うん。



 職員室。


 他の先生方もいるから、ちょっと肩身が狭い思いがする。これもみんなカエレが悪い。


「またお前か、湯沢…。いくら、クラスで人気があるからといって、男子が(・・・)女子に無闇に触れるのはダメだろうが」

「えー、肩とか腕だけですよー」

「それでもダメだ! 二階堂は嫌だったのだろう?」

「ええと…まあ、はい」

「うらぎりものー。ぐっすん」

「野郎がぶりっ子すんな。気持ち悪い」

「それもセクハラ発言じゃないのー? 未経験の進藤くーん」

「俺は近衛だ!」


 カオス。


「それで、どんな状況でそんなことをしたんだ?」

「マミー…松峰先生がなんで離婚したんだろって話してた時でーす」

「ごふっ」


 あ、松峰先生が血を吐いた。もちろん、比喩表現である。


 あけすけに言われてショックだったんだろうなあと思っていたら、隣の席の鶴岡(つるおか)先生から、思いがけないツッコミが入った。


「…離婚? 松峰先生、ずっと独身(・・・・・)ですよね…?」

「「「え?」」」


 え? それじゃあ、あの文化祭の時に一緒にいた女性は…?


「え、クラスの喫茶店で松峰…先生と仲良くお茶してたのは…」

「あ、担任の先生を呼び捨てにしそうになったうっかり進藤くん」

「いちいち話の腰を折るな! 俺がせっかく名前のツッコミ控えてるってのに!」

「あ、え、えっと…それで、松峰先生、あの時の女性は…」

「妹さんですよね? え、生徒には奥さんって言ってたんですか?」

「「「妹!?」」」

「ううう…」


 よくよく話を聞いてみたら、こういうことだった。まあ、話したのはほとんど隣の席の鶴岡先生だったのだが。


・文化祭の準備期間中、松峰先生はとある理由で(・・・・・・)左手薬指に指輪をしていた。

・それを目ざとく見つけたクラスの出し物担当の生徒達(主に女子)が問い詰めた。

・その時点では理由が言えなかった松峰先生は、うっかり既婚と答えてしまった。

・文化祭に連れてくることを約束させられた松峰先生は、妹さんに頼み込んで偽装した。


「そういえば、確かに松峰先生は妹さんと大変仲が良かったですね。シスコンですか?」

「いやあの、鶴岡先生、生徒の前でそんなこと…」

「あら、否定しないんですね?」

「否定も何も、鶴岡先生は全部知ってるじゃないですか…」


 今もなおつけている指輪をしていた理由。それは、目の前で繰り広げられているプチ痴話喧嘩(・・・・)から十分察することができた。


「よし、りなっちとのことがなかったことに…」

「んなわけあるか」

「そうだな。また御両親にも伝えなければならんな」

「あう」

「ははは…」


 いつものオチである。



 学校からの帰り道。


 腐れ縁の幼馴染であるからして、その道は全くと言っていいほど同じ。ゆえに、ふたりで楽しく話をしながらの下校である。


「まあ、先生同士で結婚とかって、早いうちからあんまりベラベラと喋れないよね」

「それはわかるんだが、なら、なんで婚約指輪なんてしてんだ?」

「それは…やっぱり、何か(あかし)が欲しかったんじゃないかな? 他の人はわからなくても、ふたりだけは密かに、ってね」

「そういうものなのか…。え、あれ、もしかして、鶴岡先生も同じ指輪してたか?」

「気づかなかったの?」

「…気づかなかった」


 あー、長年の片思いとなるわけである。肝心の本人が恋愛方面に鈍感なのだから。いまさらだが。ちょーいまさらだが!


「…ねえ、進。そういうの…進も、欲しくなった?」

「へっ!? え、や、な、なんのことだ?」

「ふふふ」


 思わせぶりな態度…に見えたのは気のせいだろうか。自然な会話の中の、それでいて、後の展開に響くかのような、伏線的な何か。


 …うん、次作は思い切って恋愛モノにしてみようか。編集部の担当の人、いきなり過ぎてびっくりするかな? まあ、たぶん、伏線たっぷりの恋愛ミステリーになりそうだが。作風はどうにも変えられそうにない。


「でも、私と進をそのままモデルにするのは、何かに負けた気がする…」

「梨奈、お前何と戦ってるんだ?」

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