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5月28日(火) 祭りの予感⑤

 文化祭までいよいよ二週間を切った今日。

 俺が担当していた描き割りもまた、佳境に入ろうかというところで画材が切れてしまい、今は校内を徘徊していた。


 とはいえ、別に不審者の真似事をしているわけではない。

 全てはどこかにいるはずである実行委員の二人、もしくは、その彼らに全体の進行を任されている学級委員長さまを探すため。


 大抵の場合はそこらの女子に「畔上翔真を見たか?」と質問すれば、大まかな位置が分かるので、こういう時だけは人気者さまさまだと思う。


 しばらく歩けば、あら不思議。

 全校生徒三千人を超える校舎の中でさえも、目的となる三人のうちの一人を簡単に見つけることが出来た。


「そら……? 何かあったか?」


 この場にいる理由も、現れる動機もないような人間が姿を見せたことで、彼もまたこちらを発見する。


「描き割りに必要な画材が切れた。予備はあるか?」


 聞いてはみるが、望み薄なのは明確だろう。

 予算に余裕があるわけでもないため、必要最低限の量しか買い込んでいないはずだから。


「あー、なら丁度いいや。これ、詩音さんと買いに行ってくれない?」


 予想は案の定。

 しかし、そのせいで買い出しを頼まれること――それも菊池さんと一緒というのはさすがの俺でも読み切れなかった。


「……なんで菊池さんと? 別に俺一人で足りるだろ」


 渡されたメモ用紙には、細々としたアイテムばかりが記載されており、見たところ男手ひとつあれば済むような内容である。


「予算管理してもらってるから。領収書切ってくるよりも、当人監修の元で予算使う方が楽だろ?」


 それは……確かに。

 というかそもそも、これ全部を買えるお金が財布の中に入ってない気がするし……。


「了解。教室で見かけたし、ちょっくら行ってくるわ」


 踵を返し、来た道を戻る。

 各々が自分の仕事をこなす完璧な仕事場と化した我がクラスは、他クラスとは異なって黙々とひたすらに作業に徹するだけで、イマイチ盛り上がりに欠けていた。


 そんな中で一人、教室後方に寄せられた机と椅子の固まりの一角で何かを書き込み、計算機をカタカタと叩く女子生徒を発見する。


「…………あー、菊池……さん? ちょっと話があるんだけど、大丈夫か?」


 いつも一緒にいるメンツであるにもかかわらず、まともに話し掛けたことはそれほどないせいで、コミュ障のような出だしで始まった会話。


「蔵敷、くん……? な、何か用?」


 おかげで怪訝そうに見つめられたじゃないか。

 …………自業自得か。


「買い出しを……その、頼まれてな。それで、菊池さんも連れていけ、って話になって…………」


「え……あっ、うん。分かった。…………そういうことなら」


 俺は、苦手意識を持たれているという自覚からの気遣い故に。

 相手は、俺に対して苦手意識を持っているのだろう故に。


 お互いに消極的な話し方をするため、対話の進みが悪かった。


 何か良い案は…………あっ、一つだけあるわ。


「そうそう……実はこれ、下で翔真に頼まれたもので――」


「――それ、本当!?」


 うおっ!

 いきなり立ち上がり、顔を近づけられてはさすがに驚く。


「わ、わ、分かった! すぐに準備してくるから!」


 そのまま急いで机回りの荷物を片付ければ、軽い引き継ぎでもするのか教室の外へと駆けて行ってしまった。


「……やっぱ面白れぇな、あの子」


 あそこまで露骨に、分かりやすく気持ちを表現できている子はなかなかいないと思う。


 …………って、アレ?

 思えば、菊池さんと二人だけで出歩くのは初めてじゃないか?


 不安しかない先行きに、後頭部を掻く俺であった。



 ♦ ♦ ♦



 そんなやり取りもあり、以前よりかは大分マシな会話が取れているだろう――なんて思ってはいけない。

 そんな簡単に事態が進むのなら、これまでの一年間でどうにかなっていた……そうだろう?


 取り敢えず、学校の近くに存在するホームセンターまでやってきた俺たちはショッピングカートを引くと、目的とするアイテムのありそうな場所へと、天井に吊り下げられた売り場のジャンル表記を頼りに歩みを進めていた。


 値段を吟味し、より安く、より使い切りやすい量を選んでカゴに放っていく。

 そのあいだに紡がれる会話といえば、方向指示だったり、より良い商品の推薦だったりと簡易的な報告のみ。


 虚しそうに歩く二人の学生を、周りはどう思っているのやら。


「そ、そういえば……蔵敷くんは文化祭、誰かと回るの?」


 そんな状況下で口火を切ったのは、意外にも菊池さんの方である。

 商品を見比べる傍らチラと視線を移してみると、彼女もまたしゃがみこんで必要とする物を探していた。


「いや、特には決めてない」


「い、意外だね……。てっきり、かなちゃんと一緒だと思ってた」


 あー……それ、結構勘違いされるんだよなぁ。


「いや、実際俺たちは単独行動の方が多いぞ。暇だから付き合ってあげたり、あとは偶々行動が被ってるせいでそう見えるだけだ」


 一緒にいる時間が長かった故に、思考が似通ってしまったのが原因だとは思うが……単にそれだけで、故意でも何でもない。


「それじゃあ、翔真くんは……? 何か予定があるとか言ってた?」


 なるほど。そっちが本命か……。

 だが、残念。


「悪いけど、それも知らん。」


 俺はそういう話に興味を持つ人間ではない。そして、アイツもまたペラペラとそう話す人間ではない。

 そのことから、お互いに当日をどう動くかなど知ったことではなかった。


 けどまぁ、それ以外のことでなら言えることもあるけど。


「そ、そうだよね……。ごめん」


 悲しそうに俯き、そして手に取った商品を戻す。

 目を伏せて謝られると、俺が悪いことをしたみたいで気分が苦いな。


「……だが、畔上翔真という人間は、常に周りに気を遣うやつだ。そう迂闊に誰かと人目を気にせず歩くことはないだろ」


「……………………えっ?」


 まるで言っている意味が分からない、と。そういう意思を、受けた目線から感じた。

 かなただったら、今ので理解してくれるんだけどなぁ……。


「だから、フリーの可能性が高い――って話だ。何か二人で歩けるような理由さえ作れば、それにあやかって翔真も行動してくれるかもしれないぞ」


 必要なのは名目。

 彼と一緒にいても問題ない、という免罪符さえあれば、用意してあげれば、受け入れてくれる。受け入れざるを得ない。


「クラスの相談にかこつけてもいいし、劇の打ち合わせって話でもいい。部活を理由にもできる。……結局行動してみないことには、どうにもならんぞ」


 ……これで終わりか。

 目的とする全ての商品をカゴに入れ終え、任務達成。


 一人でカートを押して前へ進めば、少し遅れてタタタッと駆け寄ってくる音が聞こえる。


「うん……頑張ってみるね、蔵敷くん」


 その一歩がほんのわずかに近づいた気がするのは、きっと気のせいなのだろう。

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