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彼と彼女の365日  作者: 如月ゆう
April
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4月6日(土) 入学式

 今日は新入生の新入生による新入生のための入学式。


 そのため部活も休みであり、惰眠を貪ることができ、こうして昼間から自室でパソコンやらゲームを楽しんでいたのだが――。


「なんで、お前がいるんだよ……かなた」


 お隣に住む幼馴染みは、何故か俺のベッドに勝手に転がり、漫画を読み漁っていた。


「えぇー、いいじゃん。借りるたびに家を行き来するの面倒なんだよ。……重いし」


 俺が文句を言えば、かなたは読んでいた本を胸の上へと下ろし、ページを開かせたままにする。

 仰向けの頭をベッドの外へと出し上下逆さまの顔を俺に向けると、切り揃えられた髪がハラリと零れた。


「おい、それ止めろ。型が付く」


 ムズムズととある欲求が胸で疼き、文句を言いながら椅子を滑らせて近づく。

 そして、そのまま宙ぶらりんな髪を俺は手で梳き、遊び始めた。


「……何をしている?」


「レンタル料。あと、本はマジで大事に扱ってくれ」


 念を押すと、律義にも置いた本を再び手に持ち、口元を隠すように動かす。


「…………髪フェチ、本マニア」


 ジトっとした視線を向けてくるも、すぐに本へと意識を向けなおし、それ以上は何も言わない。

 ある程度触ってこちらも満足し、頭をベッドの上へ戻してあげるとデスクに移動する。


「そういや今日は入学式だけど、何があったか全然覚えてないな……」


「そう? 私は覚えてるけど」


 話題振りでもあり独り言でもあった発言。

 すると、顔は動かすことなく、けれども返事をしてくれた。


「マジか……。流石は文系だな」


 適当な誉め言葉。

 何一つ関連する要素はない。


 まぁ、駄弁りなんてそんなものだろうけど。


「お母さんは仕事で、そらママに保護者の代わりをしてもらったからね。よく覚えてる」


「あぁー、そういやそうだったけ」


 なんとなく思い出した。

 母さんは几帳面だから制服をめちゃくちゃ正された覚えがある。


 あと、かなたを「可愛い、可愛い」とべた褒めしてた。


 そのことが彼女の頭にも過ぎったのか、わずかに顔が赤い。


「照れるなよ、わりかし似合ってたぞ」


「やめい……!」


 抱き枕が投げられる。

 おい、埃が立つからそれこそ止めろ。


「……あ、あと、理事の人の話が長かった」


「だったけか。逆にウチの校長は話が短いよな、珍しいことに」


 俺の返事にコクリと頷かれた。

 あとは誰が挨拶してたっけ……。生徒会長がいて――


「――あっ、翔真が新入生代表だったか」


「……壇上に上がった時の歓声はすごかった」


「それは今も顕在だけどな……」


 その様子を思い出し、互いに疲れた笑みを浮かべる。


「で、その後が…………」


「担任紹介、教室移動、教科書配布」


 立て続けに教えてくれるおかげで、その度に記憶が蘇ってきた。


「そうだった、そうだった。重かったよなぁ、アレ」


「だから入学式に配布したの……かも」


 そう言われて、納得させられる。

 翔真や菊池さんあたりには「何が!?」と驚かれる場面かもしれないが、家族同然のように育ってきた俺たちにとってはそれだけで意思疎通になった。


「だな。保護者同伴だったし、そりゃ車で来る人が大半だろうから」


 よく考えられたシステムだこと。


「んで、何? 何でそんな話を急にし始めたの?」


 会話の空隙。それを見計らって、尋ねられる。

 椅子を回転させて、かなたの方に身体を向けると、先ほどと同じ仰向けの状態で俺は見られていた。


「いや、別に……ただの雑談」


 軽く息を吐き、僅かな笑みを浮かべて俺は答える。

 かなたはゴロンと寝返りうつ伏せに移ると、本を閉じ、ジトっと目を見つめてきた。


「…………嘘つき」


 唇をすぼめ、拗ねたように一言。


「お互いに裸も見てる。お風呂で洗いっこもした。その本棚の下の引き戸にイケないゲームが入っていることも既知。何も隠すことなんてない」


「おい、やめろ。一つ言っておくが、別に隠しているわけじゃない。それを証拠に他のゲームもまとめて入れてるだろうが」


 とは言っても、普通はそんな話さえしないはずだ。

 世間一般でなら、こんなことを幼馴染みに知られただけでまずいのだろうな。


 その俺たちの関係の特殊性を客観的に感じる。


「じゃあ、何……?」


 反論すら許さない、と申す眼光。

 コイツにしては珍しく諦めが悪い……というか、引かないな。


「……はぁ。お前さ、そういうゲームがいつ発売されるか知ってる?」


「……? 知るわけがない」


 だよな。


「月末、もしくは月始。理由は、一般企業の給料日が大体その時期だから」


「へぇー、一生使う機会がなさそうな知識をサンクス」


 皮肉で返されるが、言い返す気力さえ湧かない。


「……じゃあ、次。アニメでもドラマでも映画でも、別にそういうものが見たかったわけでもないのに急に濡れ場のシーンが始まるとさ、空気が凍るじゃん? 特に家族間だと」


「あぁー、うん……確かに」


 分かってもらえて嬉しいよ。


「それが答え。そして、真相であり理由で原因」


 あとはもう知らん。

 これ以上は何も言うことがない、という意思を込めて背中を向ける。


「は? ……全然分からん」


 体を起こし、胡坐をかき、腕を組み、頭を傾けて考えているようだが、俺の真意は伝わらなかったようだ。


 理解があり、有能な男性諸君なら分かるはず。

 要約すると、別に疚しい気持ちでそういうゲームをしているわけではないけど、そのプレイ最中を異性に見られるのは気が咎める、というやつだ。


 まぁ、良い子は知らなくていいことだけどな。

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