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5月23日(木) 定期考査二日目

 定期考査二日目。

 自習、数B、現代文の午前授業。


 その日は朝から、とても大きなニュースが伝えられました。


「――昨日カンニングがありました。詳しいお話は伏せますが、行った生徒は停学、そしてこの定期考査の点数が全てゼロ点扱いとなります。今回はその程度で済んでいますが、ここ特Ⅰ類には学業特待生の方も多く、皆さんであればその資格を失うことにもつながります。くれぐれもカンニングはしないように、お願いしますね」


 話自体はそれだけなのですが、人の口には戸が立てられない――生徒の中では専らの噂です。

 行った学生は一年生のⅡ類所属で、帰宅部の男子生徒。名前はまだ広まっていませんが、それだけの情報があるのなら少し調べるだけで身元はバレてしまうでしょう。


 そんな名も知らぬ彼について、私たちもまた話していました。


「しかし、カンニングなんてよくやるよな」


 背もたれに身を預け、手を頭の後ろに組んだ状態で蔵敷くんはそう語ります。


「俺にはイマイチ、そういう奴らの心理が分からん。ゲームとかでもよくチートが湧いているのを見るけど、それと同じ。理解できない」


 ――理解できない。

 言葉だけ見れば冷たく、それでいて嘲りを含んだような物言い。


 けれど、彼は本気で不思議がっているようで、頭にクエスチョンマークが浮かびそうな程だ。


「そらにとっては、ゲームと同列なのな……。まぁ、そうまでしてでも良い成績を取りたかったんだろ。勉強にしても、ゲームにしても」


「でもなぁー……。そんなことしても、虚しくてつまらないだけじゃないか?」


 つ、つまらない……。

 前々から感性が私と少しズレている人だとは思っていたけど、こうして実際に口に出されると違いを感じてしまう。


「重要なのはそこじゃないだろ……」


 翔真くんも指摘をするが、蔵敷くんにとっても譲れないラインらしく肩をすくめるだけで終わった。


「まぁ、そらは快楽主義者だから。でも、私も『理解できない』って点においては同意見」


「どうして?」


 謎のフォローがかなちゃんから入り、そして彼女もまた肯定をする。

 その理由が気になり、思わず私は尋ねてしまう。


「だって、そんなことしても意味がないから。逆に聞くけど、カンニングして得られるメリットって何?」


 えっ……何って、それは――。


「翔真くんが言ったように、成績が上がる……こと?」


 抽象的な質問に、自信なさげに私は答えると一瞬だけ空気が固まる。


「…………うん、その先。成績が上がるメリットは?」


「えっと……内申点を高くして推薦入試を受ける……?」


「そう。でも、そのためには毎年成績が良くないと推移が変になる。だからって、毎回のテストでカンニングするつもり?」


 あっ、そっか。

 生じるリスクと得られるメリットのつり合いが取れていないんだ。


「でも、赤点を取らないってメリットはあるんじゃない?」


 続いて質問をするのは翔真くん。

 彼はカンニングをして得られるメリットではなく、カンニングをしなければ得られないメリットについて考えたみたい。


「それも根本は一緒。赤点を取らないだけの点数――三十点以上なんて、少し勉強すれば誰だって取れる。出来ないのなら単に努力をしていないだけ。結局、カンニングが発覚した時のデメリットとはつり合わない」


 なるほど、だからかなちゃんは「意味がない」と言ったんだ。

 何を目的にカンニングをしたとしても、失うものの方が大きいと考えているから。


 …………でも、私は――。


「――私はそれでも、する時はしちゃうかもしれない」


 そう思ってしまう。


「理由なんて人それぞれで、他人にとってはとてもちっぽけで……けれど、自分の中では何よりも大きいことなんてどこにでもあるでしょ?」


 その存在を感じれば、自然とその行為を否定する気にはなれない。否定しなければいけないのに。


「……そう、だな。とられた行動は褒められたものではないし、肯定もすべきではないけど、だからといって他人事で済ませるべき話ではないかもしれない」


 私の言葉に、翔真くんが半ば賛同してくれた。

 それはとても嬉しいことで、でもやはり理解してくれるのは半分だけだとも思う。


 この中で一番できない人間は私なのだ。

 だからこそ、僅かにでも共感できた。できてしまった。


 しかし、他の三人はどうだろう。

 万能にこなしてしまう翔真くん。理系と文系、得意分野は極端ながらもしっかりと点数を取るかなちゃんに蔵敷くん。


 彼らはできない者の苦悩を知らない。

 それこそ、カンニングを咎める程には。


 その事実は少し悲しくなるけれど、仕方のないことなのだろう。


 そんな彼らに――彼に置いていかれないように。いつか追いつけるように。


 私は今日もペンを持つ。

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