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彼と彼女の365日  作者: 如月ゆう
April
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4月23日(火) うどん

「俺には(かね)てから言っておきたいことがあったんだ」


 それは皆が求める安らかな一時。

 ある者は学食や購買に向かって走り、またある者は弁当を引っ提げて机や椅子を移動させるお昼休みに、俺は神妙な声で語り出した。


「……それを、今この場を借りて発言しても良いだろうか?」


 声のトーンを少し抑え、皆が一様に弁当の蓋やら紐を解く中を独り、手に顎を乗せて呟く姿は重々しいように見えなくもないだろう……と思う。


 そんな雰囲気に飲まれ、一同は互いに目配せをして頷いてくれた。


「何だよ、改まって……」

「う、うん……私たちでよければ何でも聞く、よ……?」

「…………はぁ〜、弁当うまうま」


 ……うん、何か一人だけ変な奴がいるけど気にしないでくれ。

 ノってくれない悪い子にはお仕置きをしておくから。


「そうか、みんなありがとう。なら最初にこの質問をしたいのだが、『うどん』と聞いて何を思いつく?」


「……香川」

「讃岐うどん、かな……?」

「どん(ぺい)のごぼう天うどん美味し――ぃたい……」


 三者三様の答えが帰ってくる中、取り敢えず一人には一発だけデコピンをしておく。


「誰も九州限定で発売されてる商品の話なんてしてねーよ。そう、二人が言ったように『うどん』と言えばかが――」


「えぇー、アレって九州限定なの?」


 続きはを話そうと思えば、またもや邪魔が入る。今度は菊池さんだ。


「うん、そうみたい。私もそらから聞くまで知らなかったけど……」


「へぇ……普通に美味しいし、別に変わり種って訳でもないから全国区だと思ってた……」


「まぁとは言っても、ごぼう天うどん自体福岡を中心にしか食べられてないんだけどね」


 そうして、俺を除いた三人で繰り広げられるごぼう天トーク。

 おかしい、なぜ話題主がハブられている?


「九州限定で思い出したけど、どん平のツユって西と東で違うらしいよ」


「ツユもなんだ……。やっぱり、翔真くんって物知りだね」


「そんなことないよ、テレビで見て知っただけだから。何でも西は昆布などをベースにした甘口な優しい味。東は醤油や白だしベースの濃口らしいよ」


 ……もうダメだ、主導権は戻ってこない。

 そう思い、俺は聞き役に徹しようと箸を持ち出すと――クイッと袖が引っ張られる感覚を覚える。


「……で、続きは?」


 見れば、かなたは見上げるようにして俺の顔を窺っていた。


 よくできた子だ。

 デコピンの詫びとお礼を兼ねて、後で何か奢ってやろう。


「いや、なに……『うどん』と言えば香川みたいな印象があるだろ? まぁ、それ自体は別にいいんだけど……それで香川がマウント取るような態度になってるのが気に食わないんだよ」


「…………ん? どういうこと?」


 首を捻るかなたを前に、俺は最初から説明を始める。積もりに積もった思いの丈を込めて。


「だって、香川(アイツら)はさも『うどんは我らの』みたいな雰囲気出してるけどさ、発祥はここ福岡なんだぜ? 他県にマウント取る前に、お前らの地位を確立させてやった福岡を崇めろっての! 他所のうどんは馬鹿にしても、福岡のうどんだけは馬鹿にするな!」


 あぁ、こうして言葉にしてみると改めてムカつく。

 奴らは『コシがないとうどんじゃない』的な発言をしてるけど、それはコシのない福岡うどんを馬鹿にしてるんだからな? 真祖を愚弄しているということに気づけよ。


「へぇ、うどんって福岡発祥だったのか。それは俺も知らなかったな」


 ともすれば、翔真から感嘆の声が送られた。


「う、うん……私も。香川ってイメージがあった」


 菊池さんもいつの間にかこちらの会話に参加している。


「まぁ、福岡は豚骨ラーメンの印象が強いからな。それもあってうどんは香川みたいなイメージあるけど、実は福岡なんだぜってこと」


 言いたいことも言い終えたために雑に締めると、辺りでは「なるほどなー」という雰囲気で満ちている。


 そして、そんな空気を壊す一言が……。


「でも、そらってそんなにうどん好きだったっけか?」


「…………………………………………」


 純粋な好奇心故の翔真の質問に、俺は黙る。

 …………なんと答えたものだろう。


 悩んでいる隙に、答えを知っているもう一人の御仁が口を開いた。


「いんや、そらは蕎麦派だぞ」


 瞠目する表情から一変、向けられるのは冷たい瞳。


「いや……でも、蕎麦も福岡発祥だから」


 そんな言い訳じみた蘊蓄(うんちく)を褒めてくれる者は、誰もいなかった。

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