4月22日(月) 石言葉
週の開けた月曜日。
その度に感じるこの先一週間への倦怠感を押し殺しながら、俺たちは今日も登校をする。
「あっ……かなちゃん、蔵敷くん、おはよう」
「はよー、詩音」
「……おう、おはよう」
いつも通りの挨拶、そして自席に鞄を置けば、かなたと菊池さんはおしゃべりを開始する。
普段ならば俺も後ろを向いて、友と益体のない会話を興じるのだが、残念なことにそこには誰もいなかった。
……まぁ、鞄は横に掛けてあるしトイレにでも行ってるだけだろうけど。
「――あれ、詩音って鞄にそんなストラップ付けてたっけ? その白い石のやつ」
布製のブックカバーを付けた読み差しの本を荷物から取り出し、栞の位置を開けば、ふとそんな会話が耳に入る。
「あっ…………えっと、うん……そうなの。実は土曜日に家族と買い物に行ったんだけど、その時に買ったんだ」
「へぇー、パワーストーンか何か?」
「うん、ムーンストーンって言うんだ」
無数の文字が踊る世界から目を逸らし、チラと視線を向けた。
すると、そこには鞄のチャック部分に取り付けられた、乳白色の石のストラップがある。
ふぅーん、あれがムーンストーンね……。
でもなんか、学生鞄には合ってない気がする。
「でも、通学バッグだと少し浮いて見えるよ。鍵とか普段使いのショルダーバッグに付けた方がいいんじゃない?」
なんて思っていたら、かなたとシンクロしてしまった。
やっぱり、女性視点から見ても少し気になるようだ。
「うん…………でもいいの、コレで」
「……………………? そう……まぁ、詩音がいいなら別にそれでいいけど…………」
それで話は終わったとばかりに、二人は別の話題へと移っていく。
俺も手元に意識を戻そうとすれば、今度は他方から声が掛かった。
「ようそら、もう来てたか」
「おっす、翔真」
全く読み進んでいない――変わらぬページに再び栞を差し込むと、俺は本を閉じて後ろへと向き直る。
ハンカチで手を拭い、軽く手を挙げて挨拶をしてきたため、同様の動作で返答した。
「……なぁ、翔真」
「何だ?」
「土曜日は珍しく部活が休みだったじゃん。何してた?」
なんの脈絡もない、唐突な質問。
雑談とは得てしてそういうものなのだが、不審に思ったのか、彼は少し顔色を曇らせた。
「……は? ……何だよ、急に?」
「別に……ただの雑談」
それに対し、俺はさも何もないように肩を竦めて答える。
「そう……。その日は買い物に行ってたよ、一人で」
「マジか……実は俺とかなたも昨日、博多駅に買い物に行ったんだ」
そこで一度言葉を切ると、前の席を少し気にして声を落とした。
「その目的が菊池さんの誕生日プレゼント選びだったんだけどさ、もしかしてそっちもか?」
「あぁ……まぁな」
「マジかよ、偉いな。俺なんて覚えてなくて、かなたに白い目で見られたぞ……。それに何を贈ったらいいか分からなくてな……意見聞いて文房具にしたんだけどさ、そっちは何にした?」
「……文房具」
その答えに息が止まる。
「――というかシャーペン」
そして、安堵のため息として漏れた。
「おぉ、被ってなくて良かったわ……。こっちはメモ帳と付箋だし、むしろ二人で完璧な組み合わせだな」
「だな、ちょうどいい」
二人して笑い合い、そして俺は席を立ち上がる。
「悪い、トイレ行ってくるわ」
「おう」
四階にある我らが教室ではあるが、男子トイレは構造上三階に設置されている。
それ故に、そのまま教室の引き戸を閉めた俺は廊下を進むと、階段を上り始めた。
そこには屋上へ繋がる扉と踊り場しかなく、そして当たり前なのだが鍵は閉まっている。
つまり、何もない場所。
そこへスマホを手にし、画面には「ムーンストーン石言葉」と文字を入力させていた。
最初からおかしな点はあったのだ。
オシャレ好きな菊池さんがそれを気にせずストラップを付けたり、二人の買い物をした曜日が不自然に同じだったり。
そして、嘘とはほんのちょっぴりの真実を混ぜることで信憑性を増す。
ならば、推理は容易い。
ページを読み込み、スマホの画面は切り替わった。
検索結果は『恋の予感・純粋な恋』。
果たして、親友はこれを知っていて贈ったのだろうか?
「……いや、知らねぇだろうなー」
だとするなら、あまりに露骨すぎる。
それに、菊池さんも見せびらかすようには付けてこないはず。
きっとこれは、彼女の覚悟なのだと思う。
鈍感な男からの贈り物とその意味を、本物へと変えるべく――。





