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彼と彼女の365日  作者: 如月ゆう
September
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9月14日(土) 来訪のOG

 引退して三週間。

 休みということもあり、息抜きがてらに学校へとやってきた私は体育館へと足を運んだ。


 三年もの間ずっと通ってきた道だというのに、何となく感じる懐かしさ。

 コートが足りていない状況も相変わらずのようで、外で練習している一年生が私を見つけては、挨拶を返してくれた。


 そんな中、こっそりと覗くようにして入り口から顔を出せば、何の前触れもなく背後から声を掛けられる。


「あれ、香織先輩……?」


 振り返ってみれば、そこにはタオルを持った美優ちゃんが。

 また、その後ろには詩音ちゃんもおり、あとは……前からよく部活に訪れていた女の子もいた。


 名前は確か……倉敷(くらしき)(かなた)ちゃん、だったかな?


「こんにちは、来ていたんですね」

「……どうも」


「えぇ、久しぶり」


 それにしても、詩音ちゃんと二人でドリンクケースを持っている姿を見る限り、正式にマネージャーになったのだろうか。


 以前は、休憩時間を除いてずっと練習を見学しているだけだったし、あり得る話だ。

 なら案外、今日私がやってきた理由とも合致するかも……。


 と、一人で思考していると詩音ちゃんが話しかけてくる。


「今日は、先輩お一人ですか?」


「そうね。一応、あの二人にも声は掛けたけど、断られちゃった」


 そう言って、私は苦笑い。

 一人は来ると思っていただけに、この結果は少々以外である。


「湊は『卒部した今、私が行っていい場所じゃない』って、何とも彼女らしい言葉を言ってた。結菜は……『用事がある』みたい」


 断り文句を一字一句違えず伝えてみた。

 とはいえ、結菜のは確実に嘘だろう。マネージャーとしてそこそこの付き合いなのだし、それくらいは分かる。


 ただ、その理由までは分からないし、多分本人の問題なので打ち明けはしないけど。


「だから、来たのは私だけ。ドリンクとタオルを持ち出してるってことは、そろそろ休憩なんだよね? 少し話がしたいから、マネージャーの皆を集めてくれないかな?」


「了解でーす」

「分かりました」

「……………………」


 三者三様、それぞれの返事を経て三人は体育館へと入っていく。

 その時、タイミングよく新部長の休憩の掛け声が響いてきた。



 ♦ ♦ ♦



「それで、話って……?」


 部員がドリンクを飲み、汗を拭きとるこの時間。

 現マネージャーである五人を集めてくれた詩音ちゃんが、開口一番に尋ねてきた。


 本当なら彼女らも別の仕事に従事していなければいけないこの状況。

 そのことを理解していた私はもったいぶるでもなく、さっさと本題へと入る。


「もしよかったら……なんだけど、私のデータ管理を引き継ぐ子はいないかな――って思って来たの」


 というわけで、取り出したのは一個のメモリースティック。

 この中には、データをまとめる際の計算などに利用したソフトが存在している。


 管理媒体は専ら紙ノートだった私であるのだけど、そのグラフ化や具体的な数値まで手動で行うのは面倒だったので、自分で作ってこうして残しておいたのだ。


「な、なんか難しそうだね……楓」

「そうだね、栞奈」


 だけども、反応は芳しくない。

 

 まぁ、そうだよね。

 今更新しい仕事を覚えなさいっていうのも酷な話だし、私の仕事っぷりを見て分かる通り、単純にサポートの数が減ることにも繋がるのだから。


「私も、そんな頭の良さそうな仕事は無理かなーって」


「み、皆に指示を出さなきゃいけないので……」


 同様に、美優ちゃんも詩音ちゃんも辞退。

 となれば、残る候補は一人しかないわけで――。


「どうかな? 倉敷宙さん?」


 私の本命にして、期待の星。

 無口で無表情な彼女へと、私は声を掛けた。


「入って間もないだろうし、やってみてもいいと思うんだけど……」


「…………数字は苦手」


「それは、この中のプログラムが自動で計算してくれるから大丈夫。ただ取った統計を入力するだけ」


 キーボードさえ扱えれば、誰でも使えるようにはすでに改良してある。


「……パソコンも苦手」


「それは、貴方の幼馴染である蔵敷(くらしき)(そら)が何とかしてくれるんじゃないかな?」


 私の情報によれば、自宅には自作のパソコンがあったはず。

 それくらいに精通している彼なら、簡単にこなしてみせるだろう。ついでに、理系だし。


「それに、普段は練習風景を見て記録をつけるだけだから、入部前と殆ど変わらないマネージャー生活になると思うの」


 ……どうだろうか?


 私の見立てでは、入部動機は幼馴染の世話をしたかったからで、たまたま今年は付いて行けた大会に来年以降も付いて行こうとしているから。

 だとすれば、その幼馴染以外の世話はしなくてもいいこの立場は魅力的なはず。


 食いついてくれれば、私としてもまたここに来た時に面白いデータが見られそうでありがたいのだけど。


「…………詩音たちは、それでもいいの?」


 長い沈黙を経て、漏らした言葉は確認。

 意外にも、ちゃんとマネージャーのことを考えているみたい。


「うん、大丈夫だよ。元々、四人でも回せていたし……ね?」


 そう、詩音ちゃんが周りに眼を向ければ、美優ちゃん・栞奈ちゃん・楓ちゃんらは頷く。


「…………なら、やってみたい……です」


 絞り出したその答えと一緒に、差し出していたメモリースティックを彼女は受け取る。


「そう……ありがとう。もちろん、詩音ちゃんたちもね」


 頭を下げると、彼女らは笑って首を振ってくれる。

 半分は私欲のための相談とはいえ、ありがたい限りだ。


 そのまま仕事に戻ろうと、散っていく姿を横目に、宙ちゃんにだけ再び声を掛けた。


「あっ、そういえばだけど――」


「……………………?」


「見て、記録するだけでいいとはいえ、幼馴染くんのことばかり見てデータが偏るのは止めてね?」


 もちろん私は、データが面白ければそれでもいいのだけど、監督たちがきっと困るだろう。

 それに、今の一年生の中からまた新しい原石が見つかるかもしれない。


 そう考えると、胸がドキドキして仕方なかった。


 忠告を受け取ったようで、彼女は黙って頷く。

 だから私も、黙って踵を返した。


 あぁ、次にデータを見に来るのがとても楽しみだな。

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