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彼と彼女の365日  作者: 如月ゆう
August
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8月15日(木) おかえりと夏の風物詩

「おっ……おかえり」


「……あっ、うん。…………ただいま」


 日が落ちきり、紫立ちたる空が濃い藍色へと変貌する時分。

 ゴロゴロとキャリーケースを引きずって歩く倉敷一家を見つけ、俺は声を掛けた。


「あら、そらちゃん……こんばんはー!」

「こんばんは、そらくん。久しぶりだね」


「どうも……こんばんは、です」


 それにかなたの両親も気付き、揃って挨拶を返してきたためにこちらも合わせて頭を下げる。

 その動作の衝撃で手に持っていたレジ袋がガサリを音を立てた。


「――あ、そうそう。お土産、いっぱい買ってきたの。あとで渡しに行くから、あやちゃんによろしく伝えておいてくれる?」


「分かりました。わざわざ、ありがとうございます」


 再度頭を下げれば、後ろ手にヒラヒラと手を振って家へと帰って行くかなたのお母さん。

 そして、彼女の一歩後ろを歩き、反対にこちらに笑顔で手を振りながら去るかなたのお父さん。


 隣ということもあり、閉まるドアの重厚な音が聞こえる中で、まだこの場に残っている少女に話しかける。


「――で、お前は帰らなくていいの?」


「帰るけど、その前に……。…………手の袋、何? お菓子とか飲み物とか、多くない?」


 差す指の先は買い物袋へと向いていた。

 そこからはみ出るように、ペットボトルの頭やらお菓子の包装が姿をのぞかせているようで、半眼のまま問われる。


 ……まぁ、タイミングとしては丁度いいか。


「あー……夜ご飯のあと、暇?」


 質問に質問で返す、という普段の俺なら絶対に許さない所業。

 それを自ら行い、会話を紡いだ。


「……それ、私の質問の答えと関係あるの?」


「ある。だから、教えろ」


「……………………暇、だけど……」


 よし、取り敢えずは第一関門突破だ。

 ……断られるとは微塵も思ってなかったけど。


「おけ。じゃあ、八時にここに再集合な」


「…………え、答えは?」


「その時に、な」


 「バイバイ」と手を振り、俺もこの場をあとにする。

 ジトーっと見つめられる視線を背中で感じながら、振り返ることなく、俺は扉を閉めた。



 ♦ ♦ ♦



「――それで? 一体何……?」


 時刻は八時半前。

 集合した俺たちは、道交法もビックリの二人乗りという悪行に手を染めつつ、かなたにはなにも教えることなく十数分かけて、とある場所に来ていた。


「まぁ、待て。あと一分もすれば分かるから。……それより、買ってきたお菓子食おうぜ」


「なるほど、そのためのお菓子……。…………要らない、お腹いっぱいだし」


 だというのに、断られてしまった。当たり前か。


「まあまあ、でもアイスは食べるだろ? てか、食ってくれ……溶ける」


 夜で日の照りはなくなったとはいえ、夏だ。

 涼むためには、やはりコイツが一番だろ。


 一つ買えば二人で分けられる、シャーベット状のアイスの袋を開け、片方を手渡した。


「――あー、あとコレも」


 続いて取り出したのは、これまたアイス。

 しかし、今度は味付けされた氷――というタイプのアイスであり、しかも先程とは用途が違う。


「飲み物はレモンティーで良かったよな?」


「…………良いけど、どうするの?」


「こうする」


 俺も同様の氷タイプのアイスを取り出すと、蓋を開け、予め買っておいた天然水のサイダーを中へと注ぎ始めた。


 シュワシュワとはじける炭酸。

 もちろん中身はアイスであるため、液体に触れて少しずつ溶けだし、冷気と味が注いだ飲み物へと混ざっていく。


 それを一口呷れば、市販の商品とは全く別の、格別なドリンクへと昇華を果たした。


「はぁー……うまい」


 お酒を飲む気持ちよさって、こんな感じなのだろうか。

 知らないながらに気分を味わっていると、かなたを真似をしてレモンティーをアイスの中に注ぐ。


「…………あっ、美味しい」


「だろ?」


 そのために、少し高い果汁たっぷりの方を買っておいたのだ。

 きっと、冷たいフルーツティーを飲んでる気分だろう。


 シャーベットアイスを片手に、氷タイプのアイスで冷やしたジュースを飲む。

 お腹の冷える贅沢な楽しみ方をしていると、その時は来た。


 突然舞い上がる、一筋の光。

 それは下から上に真っ直ぐと伸びていき、次の瞬間には夜空に大輪の花を咲かせる。


「おーっ、やっと始まったな」


 歓迎するように、俺は手をパチパチと叩いた。

 その一発が皮切りとなったようで、何本も何発も打ち上がっては咲き乱れ、まるで花畑のよう。


「…………そら、これは?」


 さすがに面を食らったのか。

 無表情な幼馴染のかなたさんも、少し目を見開いて驚いた表情でこちらに尋ねかける。


「見ての通り、打ち上げ花火。ちょうど近場でやるようだったんで、眺めようかと思ってな」


 思い立ったのは、一昨日。

 適当にブラブラと出歩いていたら、ポスターが貼ってあるのを見つけたのだ。


「……それに、手持ち花火は七夕にやったが、打ち上げ花火を見るのはかなり久々だろ? どうせなら、両方ともやりたいじゃないか」


 買えばいつでも行える前者と違い、後者は時間帯や場所など様々な制約で参加が難しかったりする。

 ならばできる時に、楽しんで思い出にするのが良い。


 まぁ、あと理由を挙げるのなら――。


「――……お盆が暇だった、ってのもあるけどな」


 ただ、これは正直に言うのが憚られ、ポツリと小さく呟くのにとどめた。


「……………………私も、一緒」


 …………聞こえてんのかよ。

 そこは、こう……上手く花火の音に隠れとけ。


 そう思った。

 代わりに出た言葉は、全く違う憎まれ口だけど。


「沖縄に行っといてその台詞は、贅沢すぎるだろ……。祖父母が悲しむぞ」


「…………うん、それも思った。やっぱり、一緒」


 そんなことを言われれば、ぐうの音も出なくなってしまう。

 また、俺たちの会話など無視したように花火は上がり続けるので、ムカついてそっちに注視することにした。


 響き、肌でさえ感じられる音。しばらく網膜に焼き付き、残滓が残るほどの光。

 だけども、まだ距離があるせいか火薬の匂いはしない。


 その夏の風物詩――火の花が枯れるまで、互いに寄り添いながら、静かにじっと見つめていた。

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