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7月25日(木) ある日の部活風景③

 本日もまた快晴なり。

 部活の休憩時間に皆に配り、そして使用済みとなったタオルを備え付けの洗濯機に入れた私は、グルグルと回る洗濯槽に目もくれず真っ青な空を見上げていた。


「……さて、皆の手伝いをしなきゃ」


 この機械が動きを止めるまで約五十分。

 その時間も無駄にしないためにも体育館へと急ぐ私の頭には、何故か一昨日の栞菜ちゃんの話が浮かびます。


「でも、蔵敷くんが好き……だなんて、かなり珍しいよね」


 ウチのバドミントン部といえば、何をおいてもまず第一に『翔真くん』です。


 顔が良く、スポーツもでき、成績優秀で優しい。

 そんな完璧な彼を追い求め、毎年マネージャー候補が何十人と名乗りを上げてくるほど。


 だから、入ってくる子は皆、翔真くんが目当てだろうとそう思っていました。


 もし違うとしても、次点で部長の佐久間先輩だとばかり。

 あの人もまた大会の上位者で、そのクールな佇まいとメそのガネ姿が翔真くんではないにしても人気でしたから。


「…………でも、だとしたら翔真くんを狙っている子って、マネージャーの中にはそんなにいない……?」


 可能性はあります。

 同級生の美優(みゆ)と三年の結菜(ゆいな)先輩、この二人は確実に競争相手ですが、他の三年である(みなと)先輩と香織(かおり)先輩、そして一年生の(かえで)ちゃんはそんな素振りを見せていませんし。


「…………やっぱり、聞いてみるのが一番かな」


 こういうことも含めて、情報を聞くならあの人。

 そう決めた私は、より一層急いで体育館へと駆けて行きました。



 ♦ ♦ ♦



「――あの、香織先輩。今いいですか?」


「うん、大丈夫。どうかした、詩音ちゃん?」


 練習は既に終えており、その際に取れて床に落ちてしまったシャトルの羽根をモップで掃いている一年生。

 その様子を監督するため、この場に残って今日の練習データをノートにまとめていた香織先輩に私は話しかけていた。


「いえ……用、という程ではないんですけど……その、聞きたいことがあって……」


「私に? いいよ、答えられることなら――だけど」


 よし、まずは大丈夫。

 でも、いきなり聞くのもアレだから少し遠回しに話を振ってみよう。


「翔真くんって、やっぱり人気……ですよね?」


「それはね、もちろん。詩音ちゃんも知っての通りで、去年・今年とマネージャー争いは凄いし、選別も大変……。まぁ、詩音ちゃんたちの方もライバルが一人増えて、大変みたいだけどね」


 そう言いながら、ウィンクをしてみせる香織先輩。

 …………って、え!? 一人増えた?


 栞菜ちゃんのことを香織先輩が知らないのは変だし、じゃあ楓ちゃんも翔真くん狙いで……?


 聞く前に情報を得られたことは嬉しい反面、知らずのうちにライバルが増えていたことには素直に喜べない。

 これは後で、美優たちとマネージャー会議が必要だ。


「……焦ってる、ってことはもしかして知らなかった?」


 と、そんな私の顔も読まれているようで、少し楽しそうに尋ねられる。


「は、はい…………けど、香織先輩はやけに他人事ですね」


「うん、だって他人事だから」


 そんな言葉とともに頷く姿は、私に安堵を与えてくれた。


 ふぅー、コレで聞きたいことは聞けた。

 謎だった三人のうち、楓ちゃんはライバルであり、逆に香織先輩は何でもないと……。


 なれば、残る湊先輩のことも一緒に聞きたいところではあるのだけど、その前に私には確認したい部分がある。


「…………なら、香織先輩は誰のことを狙っているんですか?」


 単純な疑問。

 栞菜ちゃんのように、意外な相手を狙っているかもしれない可能性を考えたら、目の前の先輩が翔真くん以外の誰を選んだのかが気になったのだ。


「そうね……『面白いデータを取らせてくれる子』かな」


「……………………へ?」


 一瞬、何を言われたのか分からず思考が止まる。

 『面白いデータを取らせてくれる子』って何……?


「その点でいえば、前までは畔上翔真くん一択だったけど、今は蔵敷宙くんになっちゃうかも」


「……………………へ?」


 そして、予想外の相手に再度思考が止まってしまう。

 また、蔵敷くんの名前だ……。そんなに魅力あるかな?


 彼にも、そしてかなちゃんにも悪いけれど、そんなに好かれる人だとは私は思えなかった。

 顔は普通だし、勉強とスポーツはそれなりにできるようだけどそんなイメージがそもそもないし、何より性格がそんなによくない……と思う。何か、こう……人を小馬鹿にしたような感じが。


「ネットイン率も驚きの数字なんだけど、それ以上にデータで現れる勝率と皆から見た実力とが反比例してて、それがより面白いというか――」


 だけども香織先輩はそうじゃないようで――というか、そんなところは全く見ていないようで、すっかりお熱だった。


 ……まぁ、安全だと分かっただけマシかな。


「――それだけじゃなくてね、皆も本人も気付いてないと思うんだけど……あまり対戦経験のない相手と戦うときは第一セットを落とす傾向があって、多分私が思うには――」


「…………あの、香織先輩。もういいです、充分ですから」


 いい加減、止めなくては。


「――え、あっ……ごめんね、詩音ちゃん」


 故に、そう宥めると、我に返った香織先輩は恥ずかしそうに手のノートで口元を隠す。


 良かった。そして、可愛い。

 幸いなことにすぐに元に戻ってくれたけど……意外だったな。もっとクールなイメージがあったから。


「いえ、大丈夫です。…………それで、その……もし知っていれば湊先輩が誰を狙っているかも聞いていいですか?」


 そして、私は最後の質問をする。


「湊……? 湊はね――」


 この答えを聞くことができれば、私は満足だった。

 であり、それが明かされようかというタイミングで香織先輩は言葉を切る。何かを考えるように。


「――うん、知ってるけど秘密」


「えぇっ!? そんなー……」


 焦らされて、結局明かされない真実に私は膝をつく。


「湊の気持ちだし、本人から聞くのが一番だよ。……きっと、詩音ちゃんのためにもね」


「…………はい、分かりました」


 確かにそうだ。

 自分の気持ちくらい、人伝てでなく自分で伝えたい。語りたい。


 だから、湊先輩のことはもちろん、なし崩し的に聞いちゃった楓ちゃんのことも後でちやんとしておこう。


 ――と、そう思った私であるけれど。

 …………香織先輩の言ってた『私のためにも』って、どう意味なんだろ?

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