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第5話「変態!山田どうぶつ園」

 ミャアミャアニャンニャー!

 休日の午前。

 ミケは公園のベンチでぼーっとしていた。

 あたりにはいつの間にかネコたちが集まってきてしまっていた。

「あ〜、またか」

 いつもこうだった。外でぼーっとしていると、飼い猫や野良猫が、次から次へと集まってくる。

 ネコたちはミケに甘えるように、頭を擦りつけてくる。

「(もしかしてこれも皇族の力とかなのか?)」

 際限なく集まってくるネコにミケが困っていると、そこにちょうどパン子が現れた。

「ミケ様ーッ! どうしたんですかこのネコちゃんたち?」

「別に(偶然またこの公園でパン子と……か。でもあの“少女”がパン子ってわけないよな)」

 あやふな過去の記憶。

 つい最近見た過去の夢。

 裸足の少女。

 あえてミケはそのことには触れなかった。

「どういうわけかネコがいつも寄ってくんだよ。野良猫も混ざってて、オレに媚びられても飼う気はないしな」

「だったらアタシが飼います! だって動物園の娘ですから!」

 安請け合いにしか聞こえなかった。

 ミケは疑いの眼差しでパン子を見ている。

「本当に動物園の娘なのかよ?(ってことは、あのパンダマンが園長ってことか? そもそもこいつんち相当な貧乏じゃないのか? 動物園なんてやってるわけないだろ)」

 そーゆーわけでミケは野良猫大行進をしながら、山田どうぶつ園に足を踏み入れることになったのだった。


「よく来たな、わしがこの山田どうぶつ園の首領(ドン)だ!」

 今日も首に巻いた赤いふんどしを靡かせ登場パンダマン。

 ミケは呆気にとられていた。

「ここ学校の裏庭だよな?」

 そう、パン子に連れられやってきたのは、トキワ学園の裏庭の一画だった。そんな場所に建てられた入場ゲートのアーチ。よく見るとアーチは段ボールで出来ていた。

 しかも、入場料五〇〇円の立て看板が。

 ミケは無視して入ろうとしたが、すぐさまパンダマンが立ちはだかった。

「五百円出しな」

「そんな金出せるかッ!」

「この動物園は貧乏人の来るとこじゃねーんだよ。金がないならさっさと帰りな」

「(貧乏人はおまえだろ)わかったよ、帰るよ」

 このままだとミケが帰ってしまう。慌ててパン子が割り込んだ。

「ちょっとお父さん、アタシの彼氏なんだからタダで入れてあげてよ!」

「それとこれとは別問題だ。白黒つけなきゃいけないのさ、パンダだけになッ!」

「ちょっとミケ様も帰ろうとしないでよ、アタシがどうにかするから!」

 必死なパン子はミケの袖をつかんで放さない。

 仕方なくミケは、

「わかったよ、パンダオヤジ。ここにいるネコたちを無料でこの動物園に提供してやる。これで入場料タダにしてくれないか?」

「よし乗った!」

 即決パンダマン。

 だが、この取引どう考えてもボッタクリだ!

 野良猫たちの問題も解決したし、ミケは園内に入ろうとせずに帰ろうとした。それに気づいて必死にパン子が止めた。

「ちょっとミケ様! せっかくだから中に入ってくださいよ!」

「……まいっか(別にヒマだしな)」

 アーチをくぐると、そこにはすぐウサギたちがいた。

 愛らしいことは違いないが、ウサギしかいない!

「詐欺だろコレ!」

 ミケは叫んだ。

 五〇〇円も払ってウサギを見せられるだけなんて、なんたる詐欺商法!

 しかもよく見ると、ウサギの柵はアイスの棒や割り箸……なぜか一本だけ混ざってる歯ブラシで作られていた。

 パンダマンはご丁寧に歯ブラシを指さして、

「ここがわしの自信作だ。この歯ブラシ、オサレだろ?」

 華麗にミケはシカトした。

 辺りを見回してみたが、やっぱりウサギ以外はいない。ほかにある物と言ったら、謎のボロ小屋だ。あの中にほかの動物がいるのだろうか?

 という淡い期待を抱いてみる。

 ミケはパン子と顔を見合わせる。

「あのさ、ウサギしかいないのか?」

「今はウサギしかいないけど、いつかはこの動物園でパンダを飼うことが夢なの!」

 壮大な夢だ。パン子にとっては壮大すぎる夢だ。

 さらにパンダマンまで入ってきた。

「だから我ら家族はパンダの格好をしているのだ!」

 しなくていいよ。

 ミケは回れ右をして帰ろうとした。

 だがパンダマンが立ちはだかる!

「待ちな小僧。追加料金で五百円払えば水族館も見られるぜ」

「水族館まで手広くやる気かよ(すでにこの町には水族館あるだろ、そこと張り合う気なのか?)。で、その水族館にはなにがいるんだよ?」

「まだ釣れてない」

「釣るのかよ」

「骨の展示ならいろいろあるぜ。あとヒトデ手裏剣コーナーや、ウニ(の空)玉入れコーナーも設置済みだ」

 やっぱりミケは帰ろうとした。

 だが、再びパンダマンが立ちはだかる!

「待ちな小僧。取って置きがまだあの小屋の中にあるんだぜ?」

 あのボロ小屋の中にいったいなにが?

 残念な結果は目に見えていたが、なにがあるのか気にならないわけではない。

 ミケはパンダマンに案内されて小屋の中に入ることにした。

「おっと、土足厳禁だぜ」

 便所サンダルを脱いで中に入っていくパンダマン。

 この時点でミケの不審はマックスだった。

 それでもここまで来てしまっては仕方がない。ミケは先を進んだ。

 パンダマンが叫ぶ。

「これが取って置きのパンダの展示だ! どうだ可愛いだろ!」

 まさか本物のパンダが!

 いるわけなかった。

 そこにいたのはパンダのきぐるみを着た五つ子ちゃん。パン子の弟たちだ。

 さらにパンダマンは台所を指さした。

「あんなのもいるぞ!」

 そこにいたのはバニーちゃんだった。若くて綺麗なバニーちゃんだが、

「アタシの母です」

 そう言ったパン子とそっくりだった。

 パンダマンに似なくて本当によかった。

 一通り家族紹介が終わったところで……って、ひとんちの家族見せられただけかッ!

 なんたるボッタクリ!!

 やっぱり失敗したと後悔しながら帰ろうとするミケ。

 だが、またまたパンダマンが立ちはだかった!

「待ちな小僧。まだ取って置きのヤツがいるんだぜ」

「もうお腹いっぱいだよ」

「デザートは別腹だぜ小僧。おーい、ちょっと来てくれるか?」

 少し遠くから、

「は〜い」

 と返事をしてやってきたのは、まん丸ボディの――ペン子だった。

 ミケは誓った。

「(もう絶対に騙されない)」

 こうしてミケは人間不信に陥ったのだった。

 パンダマンは誇らしげにペン子を紹介しようとしているが、もうすでに知っている。

「この()が今日から山田水族館のアイドルを担当してもらうことになったペンギンだ」

 アイドルという言葉を聞き捨てならなかったパン子。

「山田どうぶつ園のアイドルのアタシと張り合うつもりなのね!」

 パン子は火花を散らすが、ペン子はのほほ〜んとしている。

「がんばってぺんぎんの布教活動をしたいと思います。よろしくお願いします」

 いつもの面々が集まっただけじゃないか。

 これで五〇〇円なんてやっぱりボッタクリだ。

 今度こそ、今度こそ絶対にミケは帰ろうとした。

 だが、しかし、再び、またまたパンダマンが立ちはだかる!

「待ちな小僧。最後の取って置きがあるぜ? 今度は本物中の本物だ」

 ここまで来たら……とか、これで最後だから……とか思ったら負けだ。

 ミケは負けなかった。

「帰る」

 引き止められる前にミケは急いでパン子の家をあとにした。

 が、玄関を出てすぐのところでポチと鉢合わせ!

 すぐあとを追ってきたパンダマンが誇らしげにポチの肩に手を回した。

「ウチの新しい仲間だ。どう見てもこの耳やしっぽ本物だろう? 地球じゃここしか見られない代物だぜ」

 最後の取って置きってこいつのことかーッ!

「なんでこんな場所にいるんだよポチ!」

「まさかこんな場所で出会うとはな、運命とは皮肉なものだなエロリック」

 無駄にカッコをつけるポチ。

「だからなんでこんな場所にいるんだって?」

「話せば長くなるが、この星に来るとき宇宙船が壊れてな。そのあと仲間とはぐれ、住む場所も頼る人もいなかった俺をバニーちゃんが救ってくれたんだ。どこかの国の猫どもと違って、本当にバニーちゃんは良い人だぞ」

「どこかの国とオレは関係ない」

 見知らぬ同族たちが住むニャー帝国。ポチの話だけを聞けば、あまり良い印象は持てないが、やはりピンと来ないのも事実。ポチを含めるワンコ族、ニャー帝国のニャース族、どちらにも言い分はあるだろう。

「でも、オレのこと()りたいんだろ?」

 ミケの真剣な眼差しがポチの心を射貫いた。

 ポチは大剣の柄に手を掛けたが、それ以上は動かなかった。

「(俺はなにを迷っている)」

「聞こえてるぞ?」

「うるさいエロリック!(〈サトリ〉を防ぐ特殊訓練を受けたが、そんなものほとんど役に立たない。だが悪あがきとも言うべき対処法ならある。そう、こうやって頭の中で物事を考え続けることだ)」

「そっちこそうるさいぞ」

 二人が対峙していると、ペン子がやってきた。

「あ、こんにちはポチさん」

「ああ、こんにちはペンギン(今日も素敵な笑顔だ、癒される。バニーちゃんとペンギンだけが、この辺境の地でのオアシスだ)」

 ハッとしてポチはミケに顔を向けた。するとミケは『聞こえてるぞ』と言わんばかりの顔をしていた。

 慌てるポチ。

「(落ち着け俺。暗黒公子と呼ばれるこの俺が、この環境に感化されているとでもいうのか。というのもエロリックに聞かれている。マズイ、ほかのことを考えるんだ。そうだ)たまには肉食いたいな(って声に出してどうする俺!?)」

 軌道修正できない慌てっぷりだった。

 パンダマンがガシッとポチの肩に腕を回した。

「わしも肉が喰いてーぜ」

 ミケがボソッと。

「アンタは笹でも喰ってろよ」

「笹なんざ人間様の喰いもんじゃねー! あんなもん喰うヤツの気が知れねーな」

「(パンダ全否定かアホオヤジ)」

 ここでミケもハッとした。

「(オレも感化されるんじゃないか。周りの変なヤツらに汚染されてる気がした)」

 急にミケは不機嫌そうな顔をしてこの場から早足で立ち去ろうとした。

 ところに立ちはだかる謎の影!

 今度はパンダマンではない、ひき逃げの常習犯ことベルだった。

「ここがウワサの不法占拠のウサギ小屋ねぇん。学園の敷地にこんな建物作られちゃ困るのよねぇん」

 学校の地下に変な部屋作ってる人の言えることか?

 不法占拠でボッタクリの山田どうぶつ園の首領(ドン)がベルに吹っかけようとしていた。

「ねーちゃん、入場料は五〇〇円だぜ!」

「入場料は絶対に払いたくないけど、代わりにコレもらってくれないかしらぁん?」

「もらえるもんならなんでももらうぜ、借金以外はなッ!」

 ベルは白衣のポケットから、抱えるほど大きな段ボール箱を取り出した。空間的に不可能な現象が起きたが、そこはあえて誰もつっこまない。

 パンダマンはなんの躊躇もなく段ボール箱を開けた。

 ガブッ。

 あ、なんか箱から出てきた動物にパンダマンの頭が丸呑みされた。

「ぎゃぁぁぁぁっ!(く、喰われる!)」

 てか、すでに喰われてる。

 パンダマンはどうにか頭を抜いて逃げ切った。

 そして、彼は見たのだ!

「パンダじゃねーか!」

 そう、パンダマンの頭に喰いついたのはパンダだった。

 パンダマンは頭からぴゅーぴゅー血を噴き、パンダと睨み合って一触即発だった。

「なんでパンダごときが人間様を喰おうとすんだ!」

 あんた本当はパンダそんなに好きじゃないだろ?

 この状況を作り出したベル、サラッと解説。

「パンダって雑食よ、だってクマだもの。まあ普通の環境じゃ笹ばっかり食べてるけど。あーちなみにこの子は、ただのパンダじゃないから」

 そりゃそうでしょうよ。あんたが連れて来たパンダですものね。

 で、どのようなパンダなんですか?

「実はこの子、パンダじゃなくてシロクマなのよね。遺伝子操作で色つけてみたんだけど、しょせんシロクマはシロクマっていうか、ついたの色だけじゃなくて極度の凶暴性とか、鋼鉄のかぎ爪とか、牙の間から毒液を出す能力とか……」

 とかとか言ってる間に、パンダマンは白目を剥いて地面の上で痙攣していた。

 まるで陸に打ち上げられた魚みたいにぴっちぴっちしている。

 そして、動かなくなった。

 パンダマーン!

 なんて誰も叫んでくれない。というか、パンダマンなど誰も眼中になかった。

 そんなことよりも今大事なことは!

「うんこ出そう」

 ベルは猛ダッシュでこの場から消えてしまった。

 残された偽パンダは目に入ったモノに襲いかかる。

 その視線の先にいたのは、ペン子だ!

 この偽パンダも運が悪い。最強の呼び声が高いペンギンバトルスーツに挑もうとは。返り討ちに遭うのは目に見えている。

 だが、ペン子は逃げた。

「シロクマクロさん乱暴は良くないと思います。みんな仲良くしましょう?」

 説得だった。

 そう、たとえこのきぐるみがどんな力を秘めていようと、ペン子がそれを使わなければ発揮されることはない。

 ペン子戦う意志なし!

 とにかく逃げ回るペン子だったが、急にその動きがスローモーションになったかと思うと・・・停止した。

「ペンギンスーツが動かなくなりました」

 ペン子ピーンチ!

 大剣を抜いたポチが地面を蹴って疾走する。

「今助けるぞペンギン!」

 偽パンダに振り下ろされる一撃。だが、その攻撃はいとも簡単に、鋼鉄のかぎ爪によって弾かれてしまった。

「このパンダ……できるッ!」

 ポチは柄を握り直した。

 すでに偽パンダは標的をポチに換えている。

 うぉぉぉぉん!

 威嚇するように偽パンダは立ち上がった。その全長はなんとポチの二倍。決してポチの身長が低いわけではない。ポチは一八〇センチ以上あるのだ。

 そんな偽パンダの頭めがけて、さらに高い位置から降ってくる人影。シャベルを振り上げたミケだった。体力はないがすごい跳躍力だ。

 ドゴッ!

 脳天クラッシュを喰らった偽パンダが目を回してピヨった。

 だが、むしろミケのほうが衝撃でシャベルを握った手を痛めていた。

「いってーっ! マジ折れた手首絶対折れた、マジ死ぬ!」

 手首を押さえながらのたうち回るミケ。

 偽パンダがミケに覆い被さろうとしていた。

「逃げろエロリック!」

 全速力でポチが走った。

 ドスン!

 偽パンダが倒れ地響きが鳴り響く。

 ――ミケは?

 ポチに抱きかかえられていた。

「オレは男にお姫様抱っこされる趣味はないぞ?(こいつオレを助けたのか?)」

「こっちもそんな趣味などない!(なぜ俺は――)」

 思いかけてポチはすぐにミケを放り投げて遠くへ逃げた。

 その行動の意味をミケもすぐに察した。

「(あいつ、オレの〈サトリ〉が届かないところに逃げたな)」

 偽パンダは倒れたまま動かない。

 ミケは恐る恐る偽パンダに近づく。

「どうやら気を失った……ん?(なんだこれ、背中にファスナーがあるぞ!?)」

 これは禁断のファスナーだ。

 テーマパークにいる幻想(ファンタジー)の住人たちの触れてはならぬ禁忌(タブー)

 人は見るなと言われると、どうして見たくなってしまう心理が働く。多くの場合、それを破ったがために悲劇が訪れる。

 鶴の恩返し、青髭、パンドラの箱、女性のすっぴん……例を挙げればキリがない。

 ミケの手はすでにファスナーへと伸びていた。

 しかしミケが手を触れることなく、そのファスナーは勝手に開きはじめた。

 開かれた偽パンダの背中からまばゆい黄金の光が漏れ出した。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 それは蝶が羽化するように、偽パンダの中から謎の影が……

 シャキーン!

 超絶進化によってついにその真の姿を顕現させた前代未聞のスーパーヒーロー!

 赤いマフラーを風に靡かせ、ランニングシャツに股引に便所サンダル。

 まさかコレは!?

 パンダマン……じゃなーーーい!!

 たしかにパンダの被り物をしているが、その顔はテライケメン!

 そのときちょうどこの場にやってきたパン子。

「あ、お父さんこんなとこにいたの? お母さんが呼んでるかから早く来てよ」

 そのままパンダマン弐号の腕を引っ張って家に入って行ってしまった。

 家族が気づいてねぇーッ!

 ミケは深く頷いた。

「まあ、本人たちがそれでいいならいいんだよ」

 やっとこの場に戻ってきた、やっぱり出なかったベルによってペンギンスーツも修理され、これにて一件落着。

 そして、みんなもこの場から去っていった……痙攣するパンダマンを残して。

 誰も気づいてねぇーッ!

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