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第4話「惑い合うウソとホントと妖しき男爵」

 ズンズンズンズン……

 ミケは不機嫌そうな顔で歩いていた。

「(なんか調子悪いよな。今朝見た夢のせいか?)」

 学生寮に帰ろうとしていると、ペン子が前から歩いてきた。

 目が合う二人……の間に割り込んできたポチ!

「今日こそ決着をつけてやる!」

 が、そこにさらに割り込んできたマントの男がポチを押し飛ばした。

「我が息子よ、今帰ったぞ!」

 真っ赤なジャケットにシルクハット。ミケの親父だ。

 鼻血ブーしながらポチはミケの親父に切っ先を向けた。

「貴様何者だッ!」

 ミケの親父は自信満々の笑みを浮かべ、白い歯を二カッとさせた。

「ははははっ、我が名は妖師奇(あやしき)バロン!」

 バロンはマントを払い靡かせ、

「偉大な奇術師にして愚息ミケの偉大なる父だ!」

 かなり派手な男だ。

 父の登場にミケはため息を吐いた。

「オレよりアンタのほうがよっぽど愚かだろ」

「なにを言う我が息子よ。十歳にもなって寝しょんべんをしていたのは、いったいどこの誰だッ!」

「人の恥ずかしい過去を勝手に暴露するのやめろよ」

 しかも、この話はパン子にまで聞かれていた。

「ミケ様カワイイ……(きっとひとりでトイレに行くのが怖かったのね!)」

 こんなな面々によって話が軌道修正できなくなる前に、大剣を構えたポチが吠えた!

「ちょっとおまえら、俺のことを忘れていないだろうな!」

 ええ、すっかり忘れていたともさ!

 自分のポジションを誇示するかのように、自暴自棄になりながらポチがミケに襲いかかった。

 だが、その前に立ちはだかったバロン!

「なんと愚かしき。我が輩の息子に手を出すなら、容赦はせぬぞ犬っころ!」

「ただのマジシャンになにができる!」

「手品師ではない、偉大なる奇術師と呼べ。喰らえ我が偉大なる奇術――アン・ドゥ・トロワ!」

 タコ・殴・り!

 バロンの熱い拳がポチの顔面に1、2、アッパーっと炸裂した。奇術じゃなくてただの武術だ。

 つぶれたアンパンみたいな顔をしてノックアウトしたポチ。

 ペン子がポチに手を差し伸べた。

「だいじょうぶですか?」

 返事がない。

 ミケはそっけなく、

「そんなやつほっとけよ」

 と言い放ったがペン子は心配そうな顔でポチを見ていた。

「早く元気になってくださいね」

 笑顔のペン子を見て、ポチも一瞬だけ笑みを浮かべて気を失った。

 バロンがミケに視線を向けると、その真横にはニヤニヤしているパン子。ここでバロンに戦慄が走った。

「なんと喜ばしき! 我が愚息に彼女ができたとはッ!!」

「彼女じゃねーよ!」

 顔に真っ赤にしてミケはのどがつぶれるほど叫んだ。

 だが、パン子はモーソーモードに突入していた。

「アタシってミケ様の彼女だったの?(どうしよう今まで気づかなかった、損した気分。デートにも行かなきゃ。でもデートの最中でムラムラしちゃったミケ様に襲われたらどうしよう。むしろ襲って欲しいけど。てゆかアタシから襲っちゃったほうがいいのかな?)ミケ様大好きです!」

 突然、ミケに飛びかかるパン子。

 さらりとミケは避けた。しかも話をそらそうとする。

「親父、今度はどこ行ってたんだよ?」

 ここ数日、バロンは家を空けていた。

「ふむ、金の工面をしとったのだ」

「またやばい金に手を出したんだろ? しかもその金を女に貢いだ」

「貢いだのではないぞ。目の前にいた困った女を助けたまでよ、はははっ!」

「(いつもそうやってこの馬鹿親父は騙されるんだよな。しかも騙されて清々しい顔してやがる)」

 バロンはどこからともなく棒付きキャンディを出した。一つはクルクル、もう一つはスターの形だった。

「レディがいたら優しくする。それが偉大なる奇術師の勤め。さあ、そこにいるパン子とペン子、良き出逢いの証にキャンディでもどうかね?」

 ここで補足しておくが、パン子もペン子も勝手にミケがそう呼んでいるだけだ。バロンも二人を見て同じあだ名を思い付いたのだった。ネーミングセンスが同じ。

 パン子は飢えた猛獣のようにクルクルキャンディを掻っ攫った。

「わーい、アタシこの形のキャンデー大好き!」

 このとき誰も気づいていなかったが、ペン子は一瞬だけ悲しげな表情を見せていた。けれど次の瞬間には満面の笑みを浮かべて、お辞儀をしてキャンディを受け取っていた。

「ありがとうございます」

 バロンはマントを翻した。

「では立ち話など無粋だ、我が城へ招待しよう!」


 ――と、やってきたのはミケが住んでいる学生寮だった。

「狭い城だが寛ぐがいいぞ!」

 バロンはペン子とパン子に席を勧めた。

 とりあえず絨毯に腰掛け、パン子はミケに尋ねる。

「お父様と住んでいらっしゃるんですかー?」

 ミケよりも早くバロンが答える。

「はははっ、我が息子が寂しがるのでな。一緒に住んでやっているのだ!」

 これを聞いてムッとしたミケ。

「ウソつくなよ。ほかに住む場所がないからだろ」

「はははっ、言い方の違いだな。我が輩たちには敵が多いのでな、親友のこの学園の理事長がここに住んだらどうかと勧めてくれたのだ」

「敵が多いのは親父だけだろ」

 今ではミケも変な宇宙人に付け狙われているが。ついでにパンダにも。

 パン子はバロンの話に興味津々だった。なんせ将来のお義父様(とうさま)だからだ。

「敵ってどんな敵がいるんですかー?」

「はははっ、敵はどこにでもいるぞ。飲み屋のマスターから秘密結社、魔物や宇宙人、最近は妻も我が輩の命を狙ってる気がするな!」

「奥さんがいらっしゃるんですねっ!」

「十年以上前に謎の失踪を遂げてしまったがな! おそらく敵の手に落ちて、洗脳されて我が輩の命を……なんと恐ろしき運命の悪戯!」

 話の腰をへし折るためにミケがボソッと。

「全部誇大妄想だけどな(けど本人が全部本気だと思ってるからタチが悪い)」

「我が息子よ、誇大妄想ではないぞ。我が輩は偉大なる奇術師ゆえ、常人には信じがたい出来事の数々に遭遇しているに過ぎんのだ」

「奇術っていうけどな、オレは手品もどきしか見たことないぞ」

「それは奇術とは安易に人前で披露するものではだけだ。やろうと思えば雷雲を呼び、大洪水によってこの町くらいなら流せるぞ」

 その話を聞いてペン子は本気で心配そうな顔をしていた。

「流されてしまったら困ります。きっと悲しむ人もいっぱいいるのでやらないでくださいね?」

「うむ、その通りだ。だからこそ我が輩は奇術を安易に使わんのだ」

 ホントかウソかはわからない。本人が本気でそう思っていては、ミケの〈サトリ〉では真実を知ることはできない。

 しかし、多くの人はバロンを“ほら吹き男爵”と称してる。

 だがしかし、“信じている者”――略して“信者”がここに一匹。

「さすがミケ様のお義父様。本当に偉大な奇術師なのね!」

 さらにもう一匹。

「バロンさんはほかにどんな奇術が使えるのですか?」

 興味津々で目をキラキラさせているペン子。

「ふむ、浮遊術や水の性質を変化させたり、ほかには書に念力を込めたりだな」

 どこかで聞いたことありそうな胡散臭さプンプン。

 さらに今度はパン子が質問。

「ところでやっぱりミケ様も奇術が使えるんですか?」

「愚息には使えんよ。なんせ我が輩と血が繋がっとらんからなッ!」

 …………。

「「ええ〜〜〜っ!!」」

 ペン子とパン子のシンフォニー。

 不思議そうな顔をしてミケは呟く。

「言ってなかったか?」

 二人はぷるぷる首を横に振った。

 パン子は過去の出来事を思い出しながら、

「ミケ様が実は皇子様みたいな話しか知りません!」

 …………。

「なぬ〜〜〜ッ!!」

 驚いたのはバロンだった。

 全員が情報を共有していないために、話がうまく噛み合わないのだ。

 ミケがポチとはじめて出会ったときに、二人の間で交わされていた会話も、ほかの者が聞いたらなんのことか理解しにいくかっただろう。そのときのことを、ミケは補足を加えながらバロンに聞かせた。

 バロンの養子であるミケは、実はどこかの星の皇子だったこと。そして、ワンコ族という犬の耳としっぽを持った宇宙人に狙われていること。ただし、ペン子とパン子がいるために〈サトリ〉の話はしなかった。

 話を聞き終えたバロンは目をカッと開いた。

「あの黒い鎧の男……たしかに犬の耳と尻尾がついておったわッ!(息子の耳を見慣れているせいで、うっかり見過ごしておった)」

 慣れとは恐ろしいものなのだ。

 バロンはおもむろに立ち上がり、身振り手振りを交えながら大げさに話しはじめた。

「あれは我が輩が妻を捜して世界中を旅していた時のことだ。その日はたまたま財布を持ち合わせておらんかったから、いつものように食い逃げをした。すると店のオヤジが鬼の形相で追いかけて来るではないか。追われた逃げる、当然の心理で我が輩は逃げた。気づけば町中――いや、世界中が我が輩を追いかけて来た」

 ツッコミどころが多すぎる。

 だが、話はツッコミなしで先に進んでしまう。

「我が輩がもう逃げ切れんと思った時、奇跡は起きたのだッ!

 空に次元と次元を繋ぐ〈ゲート〉が開き、我が輩を追いかけて来た借金取りどもが全員吸い込まれてしまったのだ。そして、替わりに赤子が降って来おった。これは天の助け、神が起こした奇跡、我が輩の腕の中にいる赤子は天使だと思うた。

 さっそくこのネコミミの赤子を見せ物にするか、サーカスか何かに売り飛ばせば金になるのは間違いない。さらにその赤子は金になりそうな指環を持っておってな、しばらくの間は生活に困らんかったわ」

 ツッコミを入れたいが、もうバロンの話は止まらない。

「しかし、買い手が見つからず我が輩は途方に暮れた。そんなことで一年、また一年と経ち、その子供に情が移ってしまったのだ。これは我が息子として育てるしかあるまいと思った。なぜなら、さらわれた妻も子供好きだったからな。この子がいれば妻も帰ってくると思ったのだ。

 そして、我が輩は妻と一緒に失踪した飼い猫と同じ名前を子供に与えた。それがミケだ。猫のミケは頭脳明晰で、人語すら介するほどだったというのに、こっちのミケは本当に手のかかる愚息だ。妻も帰って来んしどうしようもない。

 そこで我が輩は妻の面影を求めて我が息子に女装をさせたのだ。さすが我が輩と妻の子だ、妻に似て可愛い。誇りに思うぞ我が息子よ!」

 もうツッコミを入れる気すら失せた。が、バロンはまだしゃべる気だ。

「そして、我が輩は息子と共に多くの冒険をした。ある時はマグロ漁船に乗り、ある時は徳川埋蔵金を探し、ある時は……おっと腹が空いたな。そろそろ晩飯の用意をしようではないか。パン子とペン子もぜひ今夜は我が城で夕食をどうかな?」

 話が自由すぎ。

 パン子がなにやらプラスチック容器を取り出した。

「実はミケ様のためにお弁当を作ったんですけど、渡しそびれちゃって……はい召し上がれ!」

 と、出されたのはギュウギュウ詰めにされたししゃも。

 それを見たミケは大きく飛び退いた。

「オレが小魚嫌いだって知ってて嫌がらせしてんのかッ!」

 バロンは勝手にししゃもを食いはじめた。

「我が息子よ、好き嫌いはいかんぞ」

「アンタのせいで嫌いになったんだろ! 牛乳が飲めないオレにカルシウム不足がどーとかって、窒息するまで小魚を食わせやがって!」

「覚えとらんなッ!」

 キッパリ言い放ったバロン。都合良すぎ。さすがバロンだ。

 そして、気づけばししゃもは全部バロンに食われていた。

「お義父様に全部食べてもらえたなんて、ミケ様が全部食べてくれたのと同じです!」

 意味不明な理論を展開するパン子。

 ししゃもを食って満足そうな顔をするバロン。

「旨いししゃもをごちそうになっては、やはり豪勢な夕食でもてなさねばならんな。我が息子よ、この金でひとっ走り何か食材を調達してくるのだッ!」

 ジャジャーン!

 バロンが取り出したのは札束の扇だった。

 その輝く札束を見たパン子は泡を吐いて失神。

 ミケは明らかに嫌そうな眼をしている。

「どんなヤバイ金だよ?」

「賭で勝った金だ」

「(親父のことだから万馬券とかじゃなくて、もっとヤバイ賭だろうな)」

 そんなことをミケが思っている横では、ペン子が必死になってパン子を起こそうとしていた。

「山田さんだいじょうぶですか? 目を覚ましてください」

 カッとパン子の眼が開き、飢えた獣のようにバロンに飛びかかった。

「カネーッ!」

 一瞬の隙を突かれて札束がパン子に奪われた!?

 暴走したパン子はそのまま窓を飛び出し逃走してしまった。

 バロンは慌てず騒がず、

「盗まれてしまった物は仕方があるまい。パン子にもやむにやまれぬ事情があったのだろう」

 と、アッサリ。

「そーゆー問題じゃねーだろ!」

 怒ったミケは急いでパン子を追いかけて飛び出した。

 全速力で走るミケ。だが、すぐに力尽きてミケは歩くことにした。

「どこ行きやがった?」

 まったく足取りがつかめないまま住宅街へ。

 やがてミケは見覚えのある公園の横を通り過ぎようとしていた。

「(ここは?)」

 記憶に引っかかる風景。

 公園の砂場にはパン子がいた。しかも、札束を埋めて隠そうとしているところだった。

「パン子ーッ!」

 ミケはパン子に飛びかかった。

 思わずパン子は両手を広げてミケをキャッチ!

「ミケ様ーッ!」

 ガッシリ抱き合う二人。

「放さないぞパン子!」

「いやん、放さないで♪」

 どうにかミケはパン子から札束を奪い取った。

 そして、改めて公園とこの砂場を眺めた。

 パン子も同じような瞳をしていた。

「懐かしいなぁ。小さいころ、独りぼっちでこの砂場で遊んでたんだっけ(友達いなかったし)。そうそう、あのころは貧乏すぎちゃって、クツすら買ってもらえなくて……あはは」

 ミケは引っかかるものを感じたが、そのことはあえて口に出さず、

「だからって、ひとの金を盗んでいいってことにならないだろ」

 ピキーン!

 突然の気配。

「ここで会ったが百年目、今こそ決着をつけてやる!」

 ポチだった。

 しかも、今回のポチは本気だ。

「我が剣技――暗黒剣の恐ろしさを見せてやる!」

 ポチの持つ大剣が黒い炎に包まれた。こんな技持ってるならさっさと出せよ!

 轟々と燃えさかる大剣の一撃をミケは紙一重で躱した。そのときに、札束を手放してしまった。

「札束がッ!」

 ――燃えた。

 黒い炎が引火した札束は一瞬のうちに消失した。

 それをこの場に駆けつけたバロンが目撃していた。

「なんとあるじまじき!」

 バロンは怒りに燃えていた。

「この犬っころめ、我が偉大なる奇術の餌食になるがよい――ウノ・ドス・トレス!」

 タコ・殴・り!

 フルパワーでボッコボコにされたポチは、最後にアッパーを喰らって大きくを空を飛び、道路まで飛ばされたところで……

 ドゴォォォォォォン!!

 不良教師の乗った紅い大型バイクに撥ねられた!

 さらに壮大に宙を舞ったポチは、そのまま宇宙の彼方まで吹き飛んだのだった。

 札束は跡形もなく灰になった。

 バロンはどこからか指環を取り出す。

「夕食をごちそうすると言ったが金がない。しかし奇術師たるもの二言はない。そこでこのミケの指環を質に入れて来よう!」

「はぁ〜〜〜っ!?」

 ミケは驚きながらバロンの腕を掴んだ。

「親父! どうしたんだよこの指環!?」

「うむ、世界中を探してようやく見つけたのだ。我が輩がおまえを拾った時に一緒に持っていた物だ」

「苦労して見つけたもんをアッサリまた売ろうとするなよ!!」

「だが、奇術師に二言はない。我が輩は指環を売るぞッ!」

 いきなり走り出すバロン。

 必死になって追いかけるミケ。

 だが、やっぱりミケは……力尽きた。

 バタン!

 っと、ミケは倒れてしまった。

「馬鹿親父……」

 ガクッ。

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