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記憶のカケラ「裸足の少女」

 まばゆい光によって目が霞む。

 霧が徐々に晴れるように浮かび上がる風景。

 幼い手を包み込む大きな手のひら。

 手をつないだ先を見上げると、大柄な男がいつもと変わらぬ、自信に満ちあふれた笑みを浮かべていた。

 情熱の色をした真っ赤なジャケットにマントを羽織り、おまけに頭にはシルクハット。片手に持ったステッキを、まるでバトンのように回しながら歩いている。

 オレの親父だった。

 今よりも若い親父の姿。

 この世界はいったいなんなんだろう?

 小さな公園の横を通り過ぎようとしたとき、オレの足は不意に止まった。

 楽しそうに遊ぶ子供たちの姿。

「よいぞ、自由に遊んでくるがよい我が息子よ」

 親父に背中を押されたが、オレはその場を動かなかった。

 不思議そうに親父をオレの視線の先を見つめた。

 そう、オレは目を奪われていた。

 楽しそうな空間の中に、そこだけぽつんと穴が開いたように、独りの幼い“少女”がいた。

 その“少女”は公園の砂場で遊んでいた。

 遊び道具はなにひとつ持たず、汚らしいところどころ破れた服を着て、裸足の“少女”は指の間を零れ落ちる砂とただ戯れていた。

 同年代の子供の輪に積極的に入ろうと思わない。

 けど、そのときはなぜか体が動いてたんだ。

 オレは“少女”の前に立っていた。

 “少女”は温かい笑顔でオレを見つめた。

 優しくて温かい……でも、なぜかオレはその笑顔を見て、とても哀しい気分になった気がする。

 親父はまるで魔法のような手つきで、棒付きのクルクルキャンディーを出すと、“少女”の前に差し出した。

 “少女”は明らかに戸惑ったようすだった。手を伸ばしかけるが、すぐに悪いことでもしたように手を引っ込めてしまう。

「うまいから食えよ」

 オレはそうぶっきらぼうに言って、無理矢理“少女”の手にキャンディを握らせた。

 はじめのうちはキャンディーを握ったまま、それをじーっと見つめていた“少女”だったが、やがて小さな口を開いた。

「ありがとう」

 凍えるように震えた声だった。

 けど、キャンディーを一口舐めた“少女”は、まるで雪解けの春が訪れたように、ほがらかな微笑みを浮かべた。

 その日から、オレと“少女”は仲良くなった。

 いつも二人で……二人だけで遊んでいた。

 遊ぶ場所はいつも砂場。砂場の枠の中だけがオレたちの世界だった。

 ある日、いつものように遊んでいると、周りの子供たちよりも少し体の大きなガキ大将が、オレたちの世界に入ってきた。

 ガキ大将は“少女”の作っていた未完成の砂の城を、何度も何度も踏みつぶして壊してしまった。

「砂場から出てけよ、いつもおまえたちばっかりここで遊んでんなよ!」

 たしかに、今までこうならなかったの不思議なくらいだ。

 オレには他人を寄せ付けたくないという気持ちがあったが、はじめから誰もこの砂場には近づいてこなかった。

 時折、公園に来ていた大人たち。蔑むような眼でオレたちを見ていたような気がする。そして、オレはそいつらの心の声を聴いたような気がする。

 ……忘れてしまった。

 でもきっと、わざと近づかないようにしてたんだ。オレのせいだろうか?

 違うかもしれない。

 はじめから“少女”は独りだった。

 だからオレは……“少女”を……どうしても……。

 気づいたときにはオレの拳がガキ大将の鼻にめり込んでいた。

 ぶっ倒れたガキ大将が鼻血を流しながら大泣きしている。

 それでもまだ殴りかかろうとしていた。

 けど、オレの前には哀しげな“少女”が立っていた。

 “少女”は何度も何度もガキ大将に謝ったような気がする。

 そして、オレの手を引いて公園から逃げ出した。

 あの日から、“少女”は公園に姿を見せなくなってしまった。

 オレが“少女”の居場所を壊してしまったのだろうか?

 数日経った雨の日、また親父をあの公園の横を通り過ぎようとした。

 雨の音だけが聞こえてくる寂しい公園。

 でもそこに“少女”はいたんだ。

 土砂降りの雨の中、傘も差さずに、砂場で独り遊ぶ“少女”。

 オレは無我夢中で自分の傘を投げ出して、“少女”のもとへ駆け寄った。

 “少女”はこんな寒い雨の中で、温かな笑みを浮かべてオレを出迎えたんだ。

 そのあとのことはよく覚えてない。

 あのとき、“少女”から大切なプレゼントを受け取った。

 金色に輝く大きな鈴。

 あやふやな世界。

 頭に残り続ける激しい雨の音。

 それからいつものように、親父の都合で町から出た。

 “少女”にちゃんと別れを告げたのだろうか?

 よく思い出せないのに、なぜかそのことを考えると、心が苦しくて死にそうになる。

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