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第3話「犬も歩けば棒も歩く」

 ウワォォォォォォォォン!

「ついに、ついに見つけたぞ……悪しき一族め!」

 月明かりを浴びて壁に映ったヒト型のシルエット。

 そこには獣の耳が生えていた――。


 今日も長い学校の授業が終わり、やっとの思いで下校時間。

 学校嫌いな学生諸君の今日は、今からはじまるのだ!

 放課後……それはトキメキ。

 放課後……それは青春。

 放課後……それはパン子ちゃんが息を吹き返すとき!

 授業が苦手なパン子ちゃんは学校が終わると元気になります。

「ミケ様知ってますかー? この町もついにUFOの観光地になったらしいですよ」

「なんだよUFOの観光地って?」

 ミケは寮に向かう途中、いつものようにパン子につきまとわれていた。

「最近UFOがたくさん目撃されてるらしいですよー。それで町おこしの一環として市長がUFOを誘致したいとかって(でも、アタシが思うにUFOじゃなくてベル先生の発明だったりして)」

「それはありえるな。たしかにベル先生ならやりそうだ」

「あれ? アタシ口に出してた?」

「出してたぞ……はっきりと口にな」

 そう言ってからミケは急に早足になった。

「どうしたんですか急に?」

「別に」

「そんなクールなそぶりもネコみたいで好きですミケ様♪」

「ネコネコうるさいんだよ。言っとくけどな、しっぽだって生えてないんだからな!(あー腹立つ、この耳だってネコじゃなくてイヌかもしれないだろ)」

 二人が歩いていると、ちょうど前からペン子がやってきた。

「こんにちは山田さんに綾織さん」

 今日も元気に明るく笑顔なペン子。

 しかし、二人ともシカト。

 不機嫌そうなミケとプイッとそっぽを向くとパン子。

 それでもペン子は気にした風もなく笑顔で二人に話をはじめた。

「知ってますか? この町にも宇宙人さんがきたそうです」

「知ってるし」

 パン子ちゃんトゲトゲしい。

 それでもペン子はぽわ〜んとしたまま話を続ける。

「ぜひ宇宙人さんにもぺんぎんさんの良さを広めようと思うのです。そうしたらみんなきっと幸せになれるはずです。あの愛くるしい姿を前に争いごとなど起きるでしょうか。そうです、ぺんぎんさんとは平和の使者なのです。知ってますかみなさん? むかしむかしはぺんぎんさんたちはお空を飛んでいたのですよ。今は事情があって飛ぶことをやめてしまったみたいですけど、きっといつかはまたあの青いお空を飛ぶ日が来るのです。だからヒナたちは地球の環境を守り、大気汚染やオゾン層の破壊を食い止め、あの青い空と海を守らなくてはいけないのです。さらに……」

 まだまだペン子の熱い話は続きそうだったが、すでにそこにはミケとパン子の姿はなかった。


「ただいまー!」

 トタン屋根までパン子の声が響いた。

「「「「「お帰りなさいおねーちゃん!」」」」」」

 パンダのきぐるみを着たハモリ五人衆があられた!

 年の離れたみんな五歳のパン子の弟たち。つまり五つ子ちゃんである。

 パンダのきぐるみを着させられているその姿は、やっぱりちっちゃい子が着た方が可愛さを発揮することを思い知らされる。

 パン子はバッグの中から次々とプラスチック容器を取り出し、ひとつひとつフタを開けながらちゃぶ台の上に置いていった。

「今日もみんなからお弁当のおかず一品ずつもらってきたよ。しかもなんと今日はデザートもあるんだよ!」

「「「「「おぉ〜っ!」」」」」」

 瞳をキラキラさせながら見事にハモる弟たち。

 パン子が取り出したのは……リンゴ8分の1欠け。

 ひもじい、ひもじすぎる。

 まさかリンゴを兄弟分に分けるのではあるまいな?

「じゃあ、五等分しようねー」

 なんとあるまじき!

 本気で分けおったわこの娘!

 しかも、自分の分は抜かすという憎い演出。

 そこへ帰ってきたパンダマン。

「今帰ッタゾー」

 ブリキ人形のように歩くパンダマンは、そのままリンゴに手を伸ばした。

 パクッ。

 っと喰いやがった!

 パン子激怒。

「このクソオヤジぃ! 吐け、吐いて土下座して謝って校庭のグラウンド一〇〇周回ってワンと吠えろ!」

 パン子はパンダマンの首を絞めながら激しく揺さぶった。パンダマンの頭に生えた謎の点灯するボール付きの触覚も揺れる。

「揺サブルナ娘ヨ。学校ノ裏山デ取ッテオキノ食材ヲ見ツケテ来タゾ」

 ジャジャ〜ン!

 っと取り出したのはいかにも毒々しいキノコ。

 どう見ても毒キノコです。食べる前からごちそうさま。

 パン子の瞳が輝いた。

「今夜は鍋ね!」

 さっそくキノコを切り分けて、鍋で煮込みはじめた。ちなみにほかの食材は各種草っぽいものだ。

 待ちきれなくなったパンダマンがキノコにハシを伸ばし、レッツつまみ食い!

 パクッとな。

 次の瞬間、パンダマンが急に踊り出した!?

 しかもロボットダンスだ。

「カ、体ガ勝手ニ……助ケテクレ」

「もぉ〜ふざけないでよ」

 まったく相手にしないパン子。

 だが、パンダマンは必死だった。

「体ニ電流ガ走ッタヨウニ痺レルルルルルル」

 まさか毒キノコにあたったのかッ!

 幻覚作用か、それとも痺れて踊っているように見えるのか、それとも?

 あ、急にパンダマンが走り出した。

 しかも、熱い鍋=今夜の晩ご飯を持ったまま逃走。

 食べ物の恨みは怖い。特にこの家庭では怖い。

「クソオヤジ鍋持ってどこ行くんじゃボケッ!」

 鬼の形相でパン子は飛び出して行った。


 ペン子と別れたあと、やっぱりペン子のことが気になって、ミケは今日もストーカーをしていた。

 普通の住宅街を歩くペン子。やっぱりきぐるみは脱がない。

 しかもどうやら町の人気者。

「ペンちゃん今日も元気だね〜」

「ペンギンさんこんにちは!」

「よっ、ペンギン娘、元気にやってっか?」

 などなど、至る所で声をかけられる。

 しばらく歩いていると、道路の真ん中で泣いている子供がいた。

「どうしたぺん?」

 優しく声をかけたペン子。

 しかし、子供は泣いたまま鼻をズルズル鳴らしている。

 ペン子はどこからともなく棒付きキャンディを取り出し、それを子供にプレゼントすると、ようやく泣きやんでくれた。

 どうやら話を聞くと迷子らしく、そのあとペン子は子供を連れて町中を歩き回り、やがて母親の元へ送り届けた。

 その後も、困っているおばあさんを助けたり、見知らぬ青年の看病をしたり、オッサンに道案内をしてあげたり、交通事故に遭いそうになった子供を助けたり。

 ミケはそのすべてを疑いの眼差しで見ていた。

「(人前でいい顔してるだけなんだ、きっと)」

 しかしそれは違った、

 ペン子は裏路地の横を通り過ぎようとして、その足を不意に止めた。

 路地には薄汚く、痩せ細った、見るからに弱っている野良犬がいた。

 ゆっくりとペン子がイヌに近づこうとすると、威嚇するようにのどを鳴らしたが、すぐに力尽きてぐったりとしてしまった。

「ごめんね、いぬさんが食べられそうな食べ物はこれしか持ってないの」

 そう言って取り出したのは魚肉ソーセージだった。

「(なんでそんなもん持ってるんだよ)」

 と、ミケは内心思いながらも、成り行きを静かに見守った。

 魚肉ソーセージにがっつくイヌを見るペン子の眼差しは、まるで絵画に描かれた優しい聖母のようだった。

 ペン子は人だけではなく、動物にも優しかった。

 しかしミケは無理に否定した。

「(偽善者なんだあいつ。そのうち絶対本性を現すに決まってる)」

 しかし偽善者かどうかなど、本人がぼろを出さない限りは、人の心が読めなければわからないことだ。

 ピキーン!

 ミケはその本能から素早く気配を感じ取った。

 パンダマン現る!

 ミケは見てしまった。

「なんか生えてるーッ!」

 パンダマンの頭に生えている謎の物体。

 家族にすらその変化を気づいてもらえなかったのに。

「助ケテクレ、体ガ勝手ニ動クウウウウウウ」

「しかもしゃべり方がカタコトーッ!」

 それも家族の誰にも気づいてもらえなかったことだ。

 叫んでしまったせいで、ミケの居場所がペン子にバレてしまった。

「ほよ、綾織さんこんにちは。こんなところで会うなんて偶然ですね。パンダマンさんもご一緒ですか?」

 偶然ここにいたわけでもなければ、パンダマンとご一緒したくているわけではない。

 暴走パンダマンがゆく――煮えたぎる鍋を持って。

 危険過ぎる、そんな鍋凶器以外の何物でもないではないかッ!

 しかも鍋を持ったパンダマンはペン子に突進していた。

「助ケテクレレレレレレ!」

 誰かに助けを求められたらペン子はほうっておけなかった。

「パンダマンさんどうしたのですか? ヒナはどうしたら?」

 とりあえず逃げた方がいいな。

 だがペン子は決して逃げないのだ!

 迫り来る鍋。熱い熱い鍋。このままだとペン子とパンダマンが衝突して、きっと鍋の中身が降り注ぐ。

 大やけど間違いなし!

 だが、そうはならずにさらなる大惨事が待ち受けていたのだった。

 ドカーン!

 ……あ、パンダマン爆発した。

 爆発に巻き込まれながらもペン子は無事だった。さすがベルのトンデモ発明品。

 ついでにどーでもいい話だが、パンダマンも虫の息で無事のようだ。

「お父さ〜ん!」

 遅れてやってきたパン子。爆発音を聞きつけて飛んできたら、こんな有様だった。

 その場で一部始終を見ていたミケとペン子ですら状況がつかめない。

 ミケは虫の息のパンダマンの頭をわしづかみにして立たせた。

「おい、アホパンダ。誰に頼まれてペン子と心中しようとした?」

 その言葉を聞いたパン子に衝撃が走る。

「心中……お父さん、お母さんって人がいながら不倫するつもりだったの!?」

 虫の息のパンダマンは、

「体が勝手に動いて、なにがなんだか?(おっ、なんだか体が自由に動くぞ?)」

 パンダマンはビシッと立ってラジオ体操をはじめた。しかもキビキビ、さっきまでの虫に息がウソみたいだ。

 そう、こういう生物は生命力だけが取り柄なのだ!

 すぐやられるが回復が早い。ある意味最強のキャラと言っても過言ではないッ!

 しかし、ラジオ体操を突然やるなんて、他人から見たらまだトチ狂ってるようにしか見えない。

 だがミケはパンダマンが正気なのではないかと(普段から狂気だという細かい話は置いといて)、推測をしながら辺りの気配を探っていた。

「はははーっ、体が動くぞ! わしのこのボディを見よ!」

 ものすごい騒音妨害。

「うるせーんだよアホパンダ!」

 ミケは大声を出していたパンダマンの後頭部を思いっきりぶん殴った。

「ゲバッ!」

 奇声を発してパンダマンは倒れた――顔面を地面に強打しながら。

 そのまま永遠の眠りにつくがいい、パンダマン!

 ミケは再び辺りの気配を探りはじめた。

「(敵なのか? 敵だとしてもアホパンダをよこすなんて、もっとアホだ。狙いは……そうか、あのときのスク水星人かっ!)」

 きっとそんな名前の宇宙人ではないと思う。

 さらにミケは推測を続ける。

「(スク水が狙いということは、ペン子が狙いということだ。だがどうしてたかがスク水がそんなに重要なんだ?)」

 たかがじゃないと何度言わせれば気が済むのだッ!

 ミケはいつに敵の気配を取らえた。

「そこにいるのは誰だ!」

 電信柱の影から現れた漆黒の騎士。その頭部には狗のような耳。さらに尻からは尾が伸びていた。

 目を丸くしたパン子はミケと漆黒の騎士を交互に見て、

「ミケ様のお兄様?(ミケ様はカワイイ系で、お兄様はカッコイイ系だったんだ)」

「あんなヤツ知るか」

 そう、ミケは相手のことを知らなかった。

 しかし、相手は違うようだ。

 漆黒の騎士の視線はミケに注がれていた。

「この卑怯者め。髪を染め、帽子を被り、さらには恥ずかしい女装までして我らを欺こうなどと。しかし、その程度の変装も見破れぬほど俺は節穴ではないッ!(絶対今の俺は決まってる!)」

「なぬーっ!」

 驚きの声をあげたのはパンダマンだった。

「知らんかった。男だったのか」

 なんだかガックリしたようすのパンダマン。

 を全員華麗にスルー。

 ミケはとてもめんどくさそうな顔をしていた。

「オレはアンタのこと知らないし。別にアンタを欺こうと思ってないんだけど?」

「貴様が俺のことを知らないのは当然だろう。だが俺の部下なら知っている筈だ。どこにやった!」

「そんなやつ知らねーよ(いや、もしかしてあのスク水星人か?)」

「知らないとは言わせないぞ。あいつは単独で貴様を暗殺に向かったあと……消息を絶ったのだ」

「(海まで流されて未だに戻らないんだな、きっと)」

 かわいそうに。

 ここまでのことをまとめると、ミケと似た獣の耳を持つ宇宙人が、ミケの命を狙っているということ。

 ここで一つの仮説が立ってしまった。

 そうだ、すでにキミたちも気づいているだろう。

 ミケは宇宙人なのだッ!

 しかしまだ完全にそうと決まったわけではない。今までの話を集約して導き出された仮説にすぎないだ。

 漆黒の騎士は大剣の柄に手を掛け、

「まだ名乗っていなかったな。これから斬る相手に名乗るのがせめてもの礼儀であった。覚えておけ、そして心に刻んでおけ、俺の名はポチだ!(き、決まった)」

 おそらく決まったと思ったのはポチだけだっただろう。

 静かに漏れる失笑。

 漏れる、漏れる、パン子の口からついに笑いが漏れた。

「ありえなーい! ポチだって、恥ずかしい。あんなにカッコつけてポチだって、ウケル。ぷぷっポチって」

 ついにポチが剣を抜いた。しかし、その切っ先が向けられたのはパン子だった。

「なにが可笑しい女! ポチは由緒正しきワンコ族の英雄と同じ名前だ。全宇宙のポチに今すぐ謝れ!」

 ペン子は『うんうん』と頷いて見せた。

「そうですよね。ヒナはポチって名前いいと思います。これからも胸を張って生きてくださいね、ポチさん」

「礼を言うぞペンギン!」

 ポチは自信を取り戻したようだ。かなり単純だ。

 大剣の切っ先はミケに向けられた。

「エロリック皇子、一対一の戦いだ、かかって来いッ!」

「……エロリックってオレのことか?」

「ほかに誰がいるのだ。エロリック七世・デス・ニャーとは貴様のことだろう!」

「そんな名前知らねーよ!(しかも地味に恥ずかしい名前だ)」

「そうか、貴様が知らないのも当然だったな。貴様は生まれて間もない頃に、時空乱流が起こした〈ゲート〉を通って、この辺境の地に飛ばされて来たのだからな」

「話が飛躍しすぎてわからないから詳しく説明してくれ」

 まだわからないところが多すぎる。なんの目的でミケを狙うのか?

 ポチはひとまず大剣を納め、長々と話しはじめた。

「アルニマ――今はネコデスと奴らは勝手に呼んでいるが、その星に住む悪しきニャース族のニャー帝国によって、我らワンコ族は虐殺で多くの罪ない同胞が死に、住む場所も誇りすらも奪われた。最終的にアルニマからも逐われ、その衛星である不毛の地レッドムーンに隠れ住んだのだ。

 長い苦しみに耐え、ついに復讐の時が来た。我らはニャー帝国に内乱を起こさせ、皇帝を亡き者にした(実際はその生死は確認できていないが)。

 だがしかし、また新たなニャー皇帝が即位した。さらに皇族直系の血を引く者がいることが判明した――おまえだエロリック。皇族の血は絶やさねばならんのだ、絶対に、そう絶対にだッ!」

「なんでそこまでして皇族の血を絶やしたいんだ? 復讐のためだけなのか?」

「(貴様には〈サトリ〉の能力があるからだ。聞こえているな、エロリック!)」

 ミケに衝撃が奔った。

 それこそがミケを苦しめる元凶。

 ミケの持つ〈サトリ〉は能動的ではなく、受動的な能力のために、聴きたくもない心の声が聞こえててしまうのだ。

「(〈サトリ〉の能力はオレの経験上、心の内が全部わかるってわけじゃない。けどそれを意識的に隠せる人間はあまりいないと思う。だとしたらポチの言うことにウソはなかったことになるけど。親父みたいにウソをウソだと思ってない場合は別だけど)」

 いくつもの想いがこもった溜息をミケは吐いた。

 やはり自分は人間ではなかったという決定打。自分と同じ仲間が宇宙のどこかにいること。しかし、やはりこの地球では孤独であるという強い疎外感。

 再びポチは大剣を抜いた。

「話はもう終わりにしよう。武器を持たぬ貴様を斬るのは本意ではないが、ワンコ族の未来のために死んでくれ!」

 大剣が唸り声をあげてミケの頭に振り下ろされる。

 そのときパン子が叫んだ!

「待て!」

 ピタッとポチが動きを止めた。

 ハッとするポチ。

「しまった! 女卑怯だぞ、我ら由緒正しき貴族は、しつけが行き届いていると知ってそのそうな掛け声を!」

「動物園の娘を舐めないでよね!(ためしに言ってみただけなんだけど)ミケ様はアタシがお守りするんだから!」

 パン子の機転によってミケは九死に一生を得たが次はない。

 再びポチが大剣を振り上げようとしたとき、今度はペン子が叫んだ!

「お手」

 なんの躊躇もなくポチはペン子にお手をした。

「しまった! またもや卑怯だぞ! 礼儀正しきワンコ族が正式な挨拶を断れる筈がないだろう!(こいつら予想以上にできる)」

 ポチが予想以上にできないだけだろう。

 ミケはパン子とパン子を押しのけて前へ出た。

「これはオレの問題だ。おまえたちには関係ない。さっさとどっか消えろよ」

 無言でペン子は一歩引いた。しかしパン子は引かなかった。

「アタシはミケ様のことが好きだから!」

「だったらオレの言うことを聞けよ」

 気持ちを逆手に取られ、パン子はなにも言えなくなってしまった。

 これで一対一の勝負。

 ミケは一瞬にしてポチの懐に忍び込み、そのままアゴにパンチを食らわせようとした。

 それを紙一重で避けるポチ。空かさず大剣が風を薙ぐ。

 胴を真っ二つにするほどの一撃をミケは飛び退いて躱した。

 ポチは微笑んでいた。

「できるな、さすがはエロリック皇子(やはり〈サトリ〉の能力者は手強い)」

 ミケはポチの心を聴いて首を横に振った。

「能力は関係ない。本能と経験で剣を振るうアンタの思考は聞こえない。もし聞こえたとしても、聞こえたあとに避けていたら確実に斬られる」

「(では〈サトリ〉の能力を使わずに俺の攻撃を躱したと言うことか、屈辱だ!)」

 猛攻を開始するポチ。

 重量のある大剣が信じられないスピードで動き、目にも止まらぬ連撃を繰り出す!

 それをしなやかな体の動きで次々と躱すミケ。

 二人の戦いを見ていたパン子は眼を丸くしていた。

「(いつも体育見学のミケ様が……まさか強いなんて!?)」

「(親父のせいで何度も死にそうになって来たから、運動神経はあるんだよ!)」

 心の中で叫んだミケだったが、次の瞬間には両膝に手をついて肩で息を切らせていた。

「ゼーハーゼーハー(もう体力の限界だ)」

 これが致命的な弱点だった。運動神経があっても体力がなければ宝の持ち腐れだ。

 ことごとく攻撃を躱され、ポチも焦りを覚えていた。

「(こうなったら奥の手だ、封印を解くぞ)我が狂剣(きようけん)ウルファングよ、思う存分暴れ狂うがいい!」

 ポチの持つウルファングが唸り声をあげた。まるでそれは血に飢えた魔獣。

 そう、この大剣は生きているのだ!

 それゆえに封印を解いたとたん、勝手に動き出す。

 目を丸くするポチ。

「ちょ、待てウルファング……おおととととととっ!」

 あらぬ方向にポチが引きずられていく。まるでリードを持ったまま飼い犬に引っ張り回される飼い主。

「待て、待てウルファング!」

 飼い主の言うことを聞かない狂剣。

 引きずられて姿が見えなくなったポチだったが、しばらくして汗をぐっしょり流して戻ってきた。

「封印を解くのはなしだ」

 どうやら再びウルファングに封印したらしい。

 見事なポチのひとり芝居だった。まさに無駄な時間を過ごしたように思える。

 しかし、この時間の間にミケは体力を……取り戻していなかった。

 もう限界とばかりにミケは大の字に寝ころんでいた。

「あ〜〜〜死ぬぅ〜(無理しすぎた)」

 これはポチにとって絶好のチャンス。

「止めだエロリック!」

 丸太を一刀両断するように大剣が振り下ろされようとしていた。

 しかし、その前にペン子とパン子が立ちふさがった。

 ポチはためらわなかった。

「女を斬ったとあっては恥だが、ワンコ族の復讐を成し遂げるためなら、邪道と呼ばれても構わんッ!」

 ワン!

 イヌの鳴き声がした。

 なにがあろうと斬るつもりだったポチが止まっていた――一匹の野良犬を前にして。

 その野良犬はペン子が魚肉ソーセージをあげた野良犬だった。

 ポチは大剣を握ったまま動かない。

 野良犬もそこを一歩も動かない。

 互いに見つめ合い……ポチが負けた。

 大剣を鞘に収めるポチ。

「同胞のための復讐だ。たとえ地球に住む犬種であろうと、その命を奪っては大義名分が成り立たん」

 その言葉を残して立ち去ろうとするポチ。

 次の瞬間、不良教師の乗った紅い大型バイクに撥ねられた!

 ドゴォォォォォォン!!

 盛大に吹き飛ばされたポチは宇宙に帰って行ったのだった。

 それを見ていた一同。

「「「えぇぇぇぇぇーーーッ!!」」」

 愕然の終わり方であった。

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