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第10話「幸せペンギンは空を飛ぶ」

 …………。

 ついに〈パンドラの箱〉は開かれ、厄災が世界に飛び出した。

 世界各地で異常気象による自然災害が起き、急に犯罪が増加し、人々はいがみ合い、憎しみが溢れ、悲嘆がいつまでも木霊した。

 しかし、彼らは絶望しなかった。


「オレが絶対にペン子を助けてみせる!」

 ミケはペン子を救うことを決意していた。なにがあろうとこの想いは変わらない。

 傷だらけのポチも同じ気持ちだった。

「貴様だけ格好の良いことをさせてたまるか。もちろん俺もいくぞ」

「ケガ人はすっこんでろよ」

「怪我など理由にならん。魂が朽ち果てようとも騎士は姫を守る!」

 横から女性の声が割り込んできた。

「くっさ〜」

 柿ピーをつまみにビールを飲んでいるベルだった。

「アタクシの神聖な研究室を臭いセリフで穢さない頂戴。てゆーか、アナタたちなんでここにいるのよ?」

 ベルの視線の先にはミケ、ポチ、パン子、バロンがいた。

 バロンは紳士らしく紅茶を飲みながら、無法者らしく勝手にくつろぎながらベルに視線を滑らせた。

「簡単に説明させてもらうとだな、〈ゲート〉を開いたらここに出たというわけだ」

「なるほどね、〈歪み〉がある場所は出口になりやすいものねぇん」

 凄まじい理解力だった。状況を瞬時に把握したようだ。

 パン子はひとり部屋の隅に立っていた。

「(このままペンギンがいなくなったらミケ様はアタシのもの)」

 頭を過ぎった黒い考え。

 それを聞いてしまったミケはパン子に平手打ちをしようと近づいたが、その足は途中で止まった。

「(でも本当はあの子がいなくなったら悲しい。だってあの子バカみたいにアタシにも優しくて、みんなからも好かれてて、だからミケ様を取られそうで嫉妬して。本当はごめんねって言いたいのに、だって本当はパンダなんかよりペンギンのほうが好きなんだもん)」

 いつも空回りしてばかりだった。傍目から見れば酷い子に見えるが、それはミケを一途に思い、周りが見えなくなっていただけ。

 それはミケにもわかっていた。

「(オレのせいなのかもな、パン子を暴走させてるのは)」

 ミケはこっそりパン子を見つめていた目を伏せた。

 少し離れたところにいたパン子が近づいてきた。

「アタシは待ってる(だってきっと嫌われてるから、アタシは行かないほうがいい)」

 そう言ってパン子は部屋を飛び出して行ってしまった。その背中にミケは手を伸ばすが、追いかけることはできなかった。

 ミケが別の場所に視線を移すと、壁に備え付けられた巨大モニターが目に入った。

 そこには荒果てた町と、その中心にある漆黒のドームが映し出されていた。漆黒のドームは〈闇〉だった。泥が流動するように動き、徐々にその浸食範囲を広げていく。

 おそらくあの中心にペン子がいる。

 映像を見るバロンの表情は重々しかった。

「(このような結果になるとはな、使い方を誤った末路だ)」

 ミケがバロンに詰め寄る。

「親父、あれがなんだか知ってるんだろ? つーか、なんで知ってんだよ」

「仕方あるまい。我が輩の偉大なる奇術の冒険譚を披露しよう」

「話は簡潔にしろよ」

 壮大な物語になる前に牽制した。

 バロンは立ち上がり、両手を広げ話しはじめた。

「あれは我が輩が宇宙の命運をかけて戦った時のことだ」

「(またはじまった。本人がマジだからどこまでがウソなのかわかんねーよ。絶対に誇大妄想だと思ってたのに、本当に変な魔法使いやがったし)」

 ミケはバロンの奇術とやらをずっと信じていなかったが、この場所にミケたちを瞬間移送させたのは、そのバロンの奇術だった。

「我が息子が簡潔にしろと言ったので短く話すが、〈パンドラの箱〉という奇術的な秘宝を手に入れた我が輩は多くの敵に狙われた。あの箱の中身は宇宙法則を覆すほどのモノが入っておるらしいからな。おそらくそのせいで妻もさらわれたのだろう。

 そんなわけで我が輩はその力を使って、とある“少女”を救ったというわけだ」

 見事に端折ったぞ!

 いくつかの疑問がミケにはあったが、ただ一つハッキリと確信したことは、

「今回の騒動は親父が原因かッ!」

 胸ぐらをミケにつかまれながらバロンは首を横に振った。

「確かにあの“少女”の内に秘宝を入れたのは我が輩だが、“少女”の命を助ける手っ取り早い方法がそれだったのだ。決して楽がしたかったわけではないぞッ!」

「親父とペン子どういう関係なんだよ! 命を救ったってなんだよ!」

「それは本人に直接お前が聞くのだ。我が輩は教えてやらんもんねー!」

 逃げるバロン。

 すぐにミケを追いかけようとしたが、モニターを見ていたポチが驚いた声をあげる。

「あれを見ろ!」

 〈闇〉のドームのすぐ脇に人影が倒れている。

 さらにドームからなにかが吐き出された。

 モニターが倒れる人にズームされる。

 裸の少女――アレックだった。


 静かな町、雨の音だけが響いている。

 アレックのいた場所に急いだミケとポチ。

 しかし、そこはすでに〈闇〉に呑まれたあとだった。

 〈闇〉の広がる勢いは小康状態に入ったのか、あまり動いていないように見えるが、またいつ動き出すかわからない。警察によって非常線が張られ、住民たちの避難が行われているが、彼らはこれがいったい何なのか知るよしもない。

 ポチが辺りを嗅いだ。

「こっちだ、奴の臭いがする」

 そのままポチに連れられて移動すると、シャッターの閉められた店の軒下で、蹲っているアレックの姿を発見した。

 アレックは目を開いているにも関わらずミケたちに気づかない様子で、瞬きもせず身体の芯か震えている。その顔は恐怖に引き攣っていた。

 ずっとアレックに怒りを覚えていたミケだったが、今のアレックに殴りかかるような気はまったく起こらなかった。そこにいたのは“なにか”に怯えるただの少女。

 ミケは自分の上着をアレックの背中に掛け、その場にしゃがみ込んだ。

「なにがあったんだ?」

「…………」

 アレックは答えず地面を見つめながら、その手はミケの袖を掴んでいた。震えがミケに伝わってくる。その震えは決して寒さのせいではないことがわかる。

 ミケはポチに顔を向けた。

「服とか探して来いよ、毛布でもなんでもいから」

「誇りある騎士は泥棒のような真似はしない。それに俺を使いっ走りにするな」

「探して来いよ」

「自分で行け……ん、なんだ?」

 ポチの視線の先に雨に濡れて歩くチワワがいた。

「あああっ、まさかアーロン様の超獣化したお姿かッ!」

 慌てたポチは駆け出し、それに気づいたチワワは驚いたようすで逃げ出した。そのままポチはチワワを追って姿を消してしまった。

 ミケは最初からポチなどいなかったことにした。

 震えるアレックを前にしてミケはどうしていいかわからなかったが、自分がそうされたときのことを思いだして優しく抱きしめた。

「(オレはこいつがどんな人生を歩んできたか知らない。オレの知っているこいつは周りを巻き込んで酷いことをしたこと、オレのことが大嫌いだってこと、そしてペン子の命を奪おうとしたことだ。オレのことが嫌いなのは別にいい、でもほかのことは絶対に許せない)」

 許せないが、今こうして抱きしめている。

「(妹)」

 その言葉がミケの脳裏を過ぎった。

 今までずっと家族と呼べる存在はバロンだけだった。だが、ミケは孤独だった。周りがミケを孤立させたのか、それともミケが自ら周りを避けたのか……。

 ミケは自分と同じようなアレックの白い肌、白銀の髪、緋色の瞳、そして猫の耳を見つめた。

 それは無意識なのかアレックがミケにしがみついた。

 まだ幼い身体、幼い少女なのだ。

「(なのになんで……どうしてこうなったんだ)」

 アレックのやったことは許せなかったが、その背景になにがあったのか考えると、単純に怒りをアレックだけにぶつけていいのか。ミケはペン子の優しさを思い出していた。

 急にアレックの身体がビクッと動いた。そして震える奇声をあげた。

「ひゃああああああぁっ!」

「どうしたんだ!?」

「怖い……怖い……なんという……怖ろしい……」

 アレックの眼は剥き出しにされ、開いたままの口からは涎が垂れていた。

 ミケは涎を自分の袖で拭いてやり、とにかくアレックの幼い体を抱きしめた。

 なにかアレックは呟いている。

「余は絶対でなければ…捨てられる……母も殺される……あの中には絶望があった」

「あの中?」

「余の絶望……それ以外の絶望……有りと有りゆる…宇宙に存在する……絶望」

「なんのことを言ってるんだ?」

「あの女は…絶望の中に……あの女の絶望も…いくつもある絶望……一つを具現化した象徴……宇宙に存在する絶望の一つ……余はもう駄目だ」

「しっかりしろ!」

 ミケの声が届いているのかわからない。アレックは焦点の合わぬ眼で、独り言のように呟いているだけだった。

 しかし、その仄暗い瞳がミケの瞳を見た。

「兄上……指環の〈眼〉を閉じろ……余はそうやって…還った」

「あの中から還った? 中に入るなら指環の力を……〈サトリ〉の能力を閉じるってことか?」

「……〈眼〉を閉じれば……すべてを拒絶できる……それで……」

 突然、ミケの体がアレックによって押し飛ばされた。

 雨の地面に尻と手をついてしまったミケ。

 その手が見る見るうちに朱い海に沈んでいく。

 ミケはその場を動けず声すら出せず、その光景を見てしまった。

 ワンコ族の兵士の持つ剣がアレックの腹を貫いていた。

 アレックは最期の力を振り絞って剣を奪い取り、渾身の突きで兵士の心臓を貫いた。

 最初に兵士が倒れた。

 次にアレックがよろめいた。

「これも……また……余の絶望の……一つであった」

 静かにアレックが崩れ落ちた。

 時間の動いたミケがすぐにアレックを抱きかかえた。

「アレック!」

 すでにアレックは息絶えていた。

 その死に様は無惨に、恐怖に歪んだ表情をしていたのだった。

 ミケは最後までアレックを許せなかった。

 しかし、その死に絶望した。

 ミケは雨水の来ない場所にアレックを寝かせ、その体に自分の上着を掛けた。

 その場に死したアレックを残していくことは躊躇われたが、これ以上の絶望を引き起こさないためにも、一刻も早くペン子の元へ行かなくてはならなかった。

 ミケは歩き出す、何よりも暗い漆黒の〈闇〉の中へ。


 閉ざされた〈闇〉の世界。

 その場所は酷く寒く、どこまでも闇色が広がっていた。

 自分の身体さえも見えず、進んでいるのか、戻っているのか、自分がどこに向かって歩いているのか、方向感覚を狂わされる。

 ミケは指環の〈眼〉を閉じていたが、その声はどこからか聞こえて来る。

 叫び声、泣き声、嗤い声……ほかにもさまざまな絶望した声が聞こえて来た。

 もしもここで〈眼〉を開いたら、これ以上の恐怖が襲って来るのだろうか?

 この場所でアレックはいったい何を見たのか?

 ミケは極力考えないようにした。

 ここの寒さは悪寒だ。たしかに気温そのものも低いような気がするが、それよりも寒さは心にくる。少しでも気を抜けば、なにかが躰を蝕んで来そうな。

 歩いても歩いても暗闇。時間の感覚すら狂っている。

 ミケは決して足を止めなかった。

 自分がどこを歩いているのかわからなかったが、ペン子の元へ辿り着けると信じて歩いた。

 首につけた大きな鈴を握り締めるミケ。

 いつか出逢った“少女”にもらった大切な鈴。

 ――あの日の後悔をもう忘れない。

 きっと忘れようとしていたのだ。記憶は月日が流れあやふやになり、大切なことを忘却させた。けれど、思い出さなければいけない。

 大切なこと。

 まだ残された大切なものがあるはずだった。

 鈴がひとりでに鳴った。

 凜と響いたその音色と共に、黄金の鈴がほのかに輝きはじめた。

 ほんの少しだが世界に色が灯った。

 今にも〈闇〉に呑み込まれてしまいそうなその輝き。

 どんなに小さな輝きでも、それはミケに勇気を与えた。

 その勇気でミケは今こそあの“少女”に言わなければならなかった。

「ごめん」

 言葉は波紋のように広がった。

 そして、ミケの目の前に突然現れた大きな卵。

 ミケはその卵に触れてみた。酷く冷たく、閉ざされ、ミケを拒否している。

 この卵の中に“少女”がいるとミケは確信した。

「お願いだからこの中から出てきてくれ!」

 その叫びは刹那に〈闇〉の中へ呑み込まれる。

 卵がさらに冷たくなったように感じる。

 凍り付いていく卵。さらに閉ざそうとしている。拒絶しているのだ。

 なにをするべきかミケはわかった。

 指環についた宝石が鳴いた。

 そして、開かれる猫の〈眼〉。

 嗚呼、心の声がミケの内へと流れ込んで来る。


 わたしは望まれない子供でした。

 きっと母も仕方がなくわたしを生んだのでしょう。

 父はわたしが生まれて間もなくして死に、未婚の母とわたしを置き去りにしました。

 おそらく母はわたしを仕方なく育てることにしたのでしょう。 

 母は自由奔放な人でした。

 そのせいなのか、わたしのことを忘れてしまったり、故意にいないことにしていたような気がします。

 幼いわたしを独り置いて出かけ、食べ物を与えることも忘れました。思い出したようにわたしの世話をする母の顔は、とても嫌そうだったことを覚えています。

 ある日、わたしの生活に知らないおじさんが入ってきました。

 おじさんはわたしのことをよく叩いたり、踏んづけたりして遊ぶ人でした。

 それからしばらくして、わたしに弟ができました。

 生まれたばかりの弟は神に祝福され、誰からも可愛がられる天使でした。

 しかしそれからというもの、母も知らないおじさんも、わたしを見るたびに暴力を振るうようになりました。なぜそのような仕打ちを受けなくてはならないのか、わたしにはわかりませんでした。

 ただわかることは、弟が生まれてからそうなってしまったということ。 

 だからわたしは思いました。

 ――弟なんていなくなってしまえばいいのに。

 残酷な願いでした。

 その願いが天に届いたのか、しばらくして弟が高熱を出して寝込んでしまいました。

 本当に苦しそうな顔をする弟の姿を見て、わたしは酷く胸が苦しくなりました。

 後悔したわたしは自分が死んで弟が助かるように願いました。

 数日して弟は元気を取り戻しましたが、わたしは死にませんでした。

 代わりに死んだのは母でした。交通事故でした。

 知らないおじさんの暴力は激しくなりました。

 お腹を踏まれながら見た天井には、神様はいませんでした。神様はわたしを見ることすらしないのです。

 わたしは許す限りおじさんの目から離れた場所に行き、おじさんが近くにいるときも、一言も発せずただ部屋の片隅で身を潜めました。

 このまま姿が消えてしまえばいいと思いました。

 だから殴られても蹴られても踏まれても、声すら出さないようにしました。そうしていれば自分が消えると信じていたのです。

 やがておじさんに見向きもされなくなりました。

 きっとわたしはいらない子になったのです。いらなくなるということが消えるということなのです。

 誰からも必要とされていないことがわかりました。

 そこにいれば嫌われてしまう。

 公園で遊んでいても、みんなわたしのことを嫌って近づいてきません。

 そんなときでした――わたしの前にミケちゃんが現れたのは。

 ミケちゃんはいっぱい遊んでくれました。

 ミケちゃんはわたしのことキライじゃないって、スキだって言ってくれました。

 ひとからスキと言われたのは、はじめてでした。心の中に温かい光を入れてもらったような気がしました。

 あのときの世界は、ミケちゃんとふたりだけの世界は、とても輝いて見えました。

 わたしはミケちゃんがスキでした。

 だからわたしの大切なものをプレゼントしようと思いました。光になるなにかを。

 雨の日の公園にプレゼントを持って行きました。

 けれどその日はいくら待ってもミケちゃんは来ませんでした。でも悲しくはありませんでした。だってミケちゃんを待っていることが楽しかったから。

 次の日も雨が降っていました。わくわくしながら待っていると、ミケちゃんが来てくれました。わたしはうれしくて、ドキドキした気持ちでプレゼントをあげました。

 でも……それは拒否されました。

 なにがなんだかわかりませんでした。

 ただとても悲しくて、わからないけど悲しくて、涙がいっぱい出ました。

 きっとわたしのせいだと思いました。

 ミケちゃんに嫌われたくなくて、ずっとその公園でミケちゃんが帰ってくるのを待っていました。だけどミケちゃんは来ませんでした。

 夜になってもミケちゃんは来なくて、朝になってもミケちゃんは来なくて。

 ずっと雨の中にいたわたしは、ついに倒れてしまいました。

 砂に埋もれて死んでいくんだなって思いました。

 ミケちゃんにも嫌われて、ほかの誰からも嫌われて、いらない子なら死んでしまったほうがいいと思いました。

 でもわたしは助かってしまいました。

 わたしを助けてくれたのはミケちゃんと一緒にいた赤いおじさんでした。

 赤いおじさんには感謝をしています。でも助かってしまったことは後悔することになりました。

 わたしが助かってしまったことで、また代わりに殺してしまったのです。

 いつものようにひとりで外に出かけている間に、家は火事で焼けて中にいた弟とおじさんが死にました。おじさんのタバコの不始末が原因でした。

 おじさんの死はちっとも悲しくありませんでした。けれど弟の死はとても辛く、この世界には神などいないと確信しました。だって弟は神様に祝福されていたはずなのです。

 自分が死ぬ理由がなくなってしまったように感じました。だってわたしのことがいらなかったおじさんは死んでしまったのだから。

 わたしは祖母に引き取られ暮らすことになりました。

 しばらくの間は平穏で、きっとしあわせだったと思います。

 でもいつしか祖母はわたしをいらない子として扱うようになりました。きっとわたしがいけなかったのです。

 わたしは心を閉ざしていました。ミケちゃん以外には心を開いたことがありませんでした。それが同年代の子供たちには異質だったのかもしれません。

 学校ではいじめや裏切り、ほかの場所でもやってもいないことで怒られたりしました。

 世界はわたしの敵なのだと思いました。

 それまでずっと逃げたり耐えてして来ましたが、わたしはそれをやめました。

 その後、わたしは施設で過ごすことになりました。

 たくさんの敵とも戦いました。

 けれど、わたしはいつも悲しかった。悲しかったというより、虚しかったのでしょう。

 そんなとき、わたしは彼女と出会いました。

 はじめのうちは鬱陶しくも思いましたが、いつの間にかわたしは彼女のことが気になりはじめました。そんな矢先、彼女は死にました。

 理由はわからないけれど、きっとわたしが殺してしまったのだと思いました。

 わたしの代わりにいつも人が死ぬのです。だから死のうと決意しました。

 でもやはりわたしは助かってしまいました。

 わたしを助けてくれた人が、誰なのか一目でわかりました。赤いおじさんがわたしを助けてくれたのです。

 あのときわたしは光が見えたような気がします。

 でもわたしは生きていてはいけない。

 そんなわたしに赤いおじさんはミケちゃんの話をしてくれました。

 光が強くなったような気がしました。

 過去に見た光。

 わたしは死にたくないと思いました。

 そして、少しでも光に近づきたいと思いました。

 温かい光。

 その光をつかむには、自分が優しく温かい存在にならなければいけないと思いました。そうしなければ光には触れられるはずもないのです。

 わたしは必死になって光を演じようとしました。

 暗い部分はすべて胸の中に押し込めて、押し込めて、押し込めて。

 やがてわたしは過去を忘却しました。

 わたしは生まれ変わったのです。

 でも、それは違いました。

 押し込めば押し込むほど反発は強くなります。その反発に気づかなかった、いえ忘れようと自然にしていたのでしょう。

 なのに周りはそれを思い起こさせるのです。

 しばらく忘れていた恐怖という感情。

 わたしはあの子のようにはなれなくて、うらやましくて。

 やっぱりわたしはだめでした。

 みんながわたしの大切なものを奪おうとして、怖くて。

 わたしはやっぱりだめなんです。

 光には手が届かない。

 そこに光は見えているのに、こんなに手を伸ばしているのに、なんで……。

 ミケちゃん、わたしミケちゃんのことがスキなの!


 “少女”が伸ばした手を誰かが優しくつかんだ。


 向かい合って手を繋いでいる二人。

 目の前に現れたミケを見て“少女”は驚いた顔をしている。

「ミケちゃん!」

「ごめん、そしてありがとう」

 過去に忘れてきたその言葉を時を越えて言うことができた。

 そして、もうひとつの大切な忘れもの。

「今でもキライじゃないよ、スキだよ……“のぞみ”のこと」

 ミケは“のぞみ”のおでこにキスをした。

 やっと名前を呼んでもらえた“のぞみ”は顔を真っ赤にしながら微笑んだ。

 “少女”の本当の名前は天野希望(あまののぞみ)

 彼女は決して望まれない子供ではなかったのだ。

 歓喜の(ベル)が鳴り響く。

 辺りは黄金色に輝きはじめ、咲き誇る花々の中で祝福の歌う猫たちと、青い空を飛び交うペンギンの群れ。

 そして、世界は温かな光に包まれた。

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