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究極の選択。ベッドで寝るか?ソファーで寝るか?



 ……案内された部屋は、まさに理想の形ではあった。綺麗すぎず汚すぎず、だ。それに、みあった値段でもあり、シャロにも許可をもらって恋人割引にしてもらったので、かなりラッキーだ。


 どうやらこの宿は奥行きに広い構造らしく、それなりに部屋数もある。そのうちの一つではあるが、おそらくどの部屋も似た内装なのだろう。


 食事は、奥に食堂のような場所があるためにそこでとることができる。その値段は宿代には組み込まれていないため、宿で食べなくとも外食しようと、そこは自由である。


 部屋には浴室、トイレ完備。ベッドが一つしかないことを除けば、幸先のいい人生スタートといえるだろう。……ベッドが一つしか、ないこと以外は。



(……参ったな)



 元々一人用の部屋だったのだろう、ベッドは一つ。先ほど宿の主が枕を二つ置いていったが、去り際のやらしい笑顔が忘れられない。やはり楽しんでいやがる、あのババア。


 さすがに二人で一つのベッドに寝るわけにもいかない。ダブルベッドですら遠慮するところなのに、シングルなのだ。自分はソファーか最悪床で……とトシロウは考える。


 しかしシャロは、そういったことは考えていないらしく部屋の様子に目を輝かせている。



「ふわぁ……こ、これが宿屋なんですね。外でお泊まり、しちゃうんですね!」


「え? うん……じゃあ寝るときはシャロさん、ベッド使いなよ。自分はそこらで適当に……」


「え? いえトシロウさんがベッドで寝るべきですよ。私が別のところで寝ます」



 気を遣って遠慮したというのに……その気を遣った相手から、予想だにしない返事がきた。まさか、ベッドを譲られるとは思わなかった。


 だが、男として、女性をソファーや床で寝させるわけにはいかないだろう。



「女だから、というのは気にしないでください。それに、私はこれまでトシロウさんのお世話になってばかりですから……どうぞ」



 先に、言われてしまった。しかも、お世話になってるから譲ると、これは道理にかなった説明だ。だがやはり、ベッド以外で寝させるというのは気が引ける、どころではない。


 シャロはシャロで引く様子はないし、さてどうしたものか……と悩んでいると、当のシャロから驚きの言葉が返ってくる。



「じゃあ……一緒に、寝ます?」


「……!?」



 その言葉には、理解するには数秒の時間を要した。


 が……同じ年頃の男を同じベッドに誘うとは、何を考えているのだろう。しかも、さっき会ったばかりの。いや、消去法というのはわかっているのだが。


 わかっているが、信用しているとは言われたが……果物を拾っただけで一夜を同じベッドで共にするほど好感度が上がったというのか。



「いや、シャロさん……? あんまり軽々しくそんなことを言わない方がいい。変なことするつもりはないが俺だって男だし、ね?」



 ここは危機感を持たせるために、自分が男であるとアピール。もちろん変なことをするつもりはないが、という前提ではあるが。とはいっても、ぶっちゃけた話性欲も年相応に戻っているのだ。


 故に、こんなかわいい子と寝るなど、果たして理性を抑えられるかはわからない。そうなった場合、まんまとあのババアの策略にハマってしまったようでなんだかシャクだ。



「でも、このままじゃ平行線です。トシロウさんは私をベッドで寝かせたいし、私はトシロウさんをベッドで寝かせたい。なら残る選択肢は一つじゃないですか」


「いや、まあ……」



 男アピールをしたところで、彼女の言うようにこのままでは平行線なので結局意味がないのだ。理屈はわかる、わかるが……やはり、うんと頷くことはできない。


 だって会ったばかりの男女が一つ屋根の下というだけでも問題なのに、同じ部屋の同じベッドなどと。トシロウの若い頃の時代では考えられない。


 それとも、シャロぐらいの年頃の子は今時みんなこれくらいが普通なのだろうか? 自分が無知なだけなのか?



「それに……トシロウさんのこと、信じてますから」



 そして……ここにきて、とどめの一撃。


 相手への信用を提示し、さらに信用を裏切らせないためにこちらに下手に手を出させなくする最高の台詞だ。


これを言われてまで断るとなれば、それは男としての自信がないことにも繋がる。


加えて、信用してると言ってくれた彼女にも恥をかかせることになる。



「ぬぅ……わかったよ」



 ここまで言われては折れるしかない。このままでは平行線だし、自分に何もしないと心に決めておけば問題ない。はずだ。


 それにしても、こうまで出会ったばかりの相手を信用するとは……それはシャロの美点なのかもしれないが、逆にとても危うい面でもあると思う。



「シャロさん、あまり人を信じすぎるのもよくないよ」



 あまりこういうことは言いたくないが、それにしたってシャロは無防備過ぎる。信じてあげるのも、信じてもらえるのもありがたいことだが、残念ながら今の世の中、信じすぎるのがバカを見るのだ。


 先ほどもそうだ、世界が違っても中身までは変わりはしない。


 忠告……せめてもの忠告だ。だがそれを聞いたシャロは、相変わらずの明るい声でこう返すのだ。



「私は…………いろんな人を見るために、国を出たんです。先ほどの狼さんのように怖い人、センターの受付さんのように面白い人、トシロウさんのように優しい人。初めから信じなければ、誰とも仲良くはなれませんから」


「……」



 トシロウと同じように、この国の人間ではなく外から来たシャロ。だが彼女はトシロウと違い、この世界に自分の生まれた国を持っている。


 いろんな人を見るために、国を出たと言う。その言葉には、どこか重々しい……一種の決意のようなものが見えた。



「シャロさん、キミは……」



 くぅ~……



「あ、はは……お腹空いちゃいました」



 かわいらしいお腹の音に、ごまかすことなくシャロは照れたように笑う。今日はサポートセンター探しや宿探し、歩き回ったからお腹も減ったのだろう。


 とりあえず宿は確保したことだし、安心したからかトシロウ自身も空腹に近い。ここは先にご飯を済ませてしまい、話の続きは後ですればいいだろう。


 ご飯は、宿屋に食堂のようなものがある。外にどんな店があるのか確認するのも大事だが、今日のところは宿屋で済ませてしまおう。



「なら、とりあえずご飯食べに行こうか。自分もペコペコだよ」


「はいっ」



 今日から一時、ここが二人の部屋になる。異世界での新たな門出に、自然と胸が高鳴るのを感じていた。

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