宿探し
「……ここが最後の一軒か」
地図を便りに、たどり着いたのは宿屋だ。ただし、三軒中三軒目の。他二軒は、人数がいっぱいだという理由で断られてしまった。
なのでここが最後の希望。ここが無理ならば、またサポートセンターに戻らなければならない。
「できれば、部屋が空いてるかどうかも教えてほしかったなぁ」
ここに来るまでの苦労を思いながら、呟く。部屋の空き具合を聞けばこうも苦労しなかったのではと思うが、今考えても仕方ない。
「てへっ」と舌を出すカーミが浮かぶが考えても仕方ない。
「空いてるといいですが……」
シャロも心配なようだ。何かイベントでもあるのか、もともと宿泊施設はこんな具合なのか。ここでも二人泊まれるとは限らない。
もしもとなれば、シャロだけでも泊まってもらおう。その後のことはその時考えればいい。
一応、所持金の上限はまだまだあるのだし、ここの近くで少しお高いとこでもあればそこにしよう。
「そうだな。ま、行ってみよう」
こうしている間も、部屋が埋まっていくかもしれない。善は急げだ、宿の中へと入っていく。外装は一軒家に見えるが、果たして空いているのだろうか。
「すみません、部屋は空いてますか?」
「空いてるよ」
受付の人物に問うなり、即答で返ってくる。大柄の、鼻が長く耳の大きいおばちゃんだ。見た目では性別はわからなかったが、声が女性のそれだ。
ちなみに、鼻を使って近くにあるお菓子のようなものをむしゃむしゃ食べている。ゾウ? ゾウなのか? そして仮にも客に対してその態度はどうなのだ。
「あぁ、良かった。なら二部屋お願いしたいんですが……」
まあ今はとにかく、部屋が空いていたことを喜ぶべきだろう。自分とシャロ、二人が泊まることができるのが一番なのだから。
おばちゃんはしばらく無言で、二人を見比べる。その間、お菓子を噛み砕くボリボリ、バリバリという音だけが鳴り響く。
「あの……」
「二部屋ってのは無理だね。空いてるのは残り一部屋だよ」
「……はい?」
何か不機嫌なことでもあったのか、それとももともとそんな顔をしているのか、無愛想な態度でさらに続ける。
「空いてるには空いてるが、一部屋だけだ。選択肢としては三つ。一つ、ここを出て他の宿屋を探す。一つ、一人は泊まって一人は別のところ。……一つ、二人で一部屋」
「ふたっ……!?」
「見たところお前さん達、恋人かい? ……まあ、よそ様の関係にまで興味はないから、気にしなさんな」
仮にも宿屋の主人なら、他の宿屋へ、なんて選択肢を出すだろうか。なんて女だ、と思うが口には出さない。
「まあ、ここの部屋の壁は薄いからさ。あんま張り切りすぎたら周りに聞こえちまうかもしれないからそこは気ぃつけな、あははは!」
……本当に、なんて女だ。若い男女になんて話を振るんだ。
幸いシャロは、何を言われたのかわかっていないらしい。そっち方面に疎いのか、単に天然なのか。この歳でその無知さはある意味心配である。
「?」
「あぁ……じゃ、シャロさんここに泊まりなよ。俺は別のところを……」
「! そ、それはダメです!」
さすがに会ったばかりの歳の近い男女が同じ部屋はいけないだろう。なのでここはシャロに泊まらせ、自分は他のところを当たるため告げようとした。
だが食い気味に、シャロに断られる。
「せっかくこんなに歩いてやっと見つけたのに……またトシロウさんだけにそんな思いをさせるなんて、そんなのダメです!」
「けど、さすがに二人一緒は……」
「構いませんよ?」
この子は、わかっていないのだろうか。例えトシロウに何をする気がないにしても、さすがに警戒心がなさすぎる。
うら若き乙女がこんなでは、将来が心配になる。
「あのなシャロさん、会ったばかりの、信用もできないような男と一緒の部屋に泊まるなんて……」
「トシロウさんは信用できますよ?」
「……っ」
純粋な目で、返される。この目はそうだ、生まれたばかりの孫が向けていた、あの穢れのない瞳そのものだ。
そしてその目は、トシロウにはよく効く。なので声にならない声を上げながら、髪をかきむしる。
「……わかった、一緒の部屋に泊まろう」
「やった!」
仕方なしにトシロウが折れる。このままだと、他宿を探すためにシャロまで着いてくる可能性が高い。もう暗くなってきているし、さすがにそれは悪い。
シャロはばんざーい、ばんざーいと両手を上げ下げしている。その際、彼女の尻尾が激しく揺れているのが見えた。
あれは感情を表しているのだろうか。
「てなわけで、自分とこの子、二人でその部屋に泊まらせてもらうよ」
「あいよ。そうそう、恋人割引ってのがあるんだが、どうする?」
……このババア、完全に楽しんでいやがる。




