底抜けのお人好し
「だぁかぁらぁ……私達冒険者に任せておきなよ。騎士サマは、せいぜいぬくいとこでのんびり待ってなよ」
「そっちこそ、おとなしくしていたらどうだ。この件はお前なんかの手にはあまるだろうし」
「言ってくれるじゃない……!」
現れたカラメル・ヴィルムット……彼は王国の騎士である。だから、この街に危機が訪れる可能性があるとなれば、黙っていられないのだろう。それは、わかる。
だが、先ほどカーミが言ったように……街の外のことは、騎士なんかより冒険者の方が詳しいだろうと思う。
……むしろ、騎士って何してるんだろう。
「あんたこそ、剣が使えるしか能がないくせに。外に出たらあっという間にモンスターの餌食よ」
「ほぅ……言うじゃないか」
意見の相違はあるものの……話がこじれてきているのは、この二人の関係性によるものだろう。
ホーラとカラメル……この二人は昔からの知り合い、つまり幼なじみ(本人ら曰く腐れ縁)であるらしいのだ。昔から知っている仲だからこそ、普段人に見せられない面まで露にしてしまうのだろう。
……とはいえ、この二人の場合いささか激し過ぎる気もするが。
「えー、お二人さん。とりあえず落ち着いてください、話が先へ続かない」
このままでは永遠と言い合ってそうな二人を見かねてか、カーミがブレーキをかける。それを受けて、ようやく二人はおとなしくなる。やれやれだ。
「えー、いったん整理しますよ。最近のモンスター騒動の増加、その原因は不明ですが、どうやら同じ方向からモンスターがやって来ていることがわかった。さらに、街の近くにまで出現の報告が相次いでいる」
「うんうん」
「このままでは街にまで侵入される恐れがある。だから、モンスターの出現する方角に何があるのか、何が起っているのかを確かめる必要がある。」
「そうですね」
「この街に影響することだ、王国の騎士団に要請を出すのが一番。ただ、街の外のことだから、地理的な意味で冒険者の方が望ましい。なので、熟練の冒険者を募って派遣隊を組織する……と。ここまでがギルドの見解」
今起こっていることを改めて整理して、カーミは一呼吸置く。
騎士団に依頼すれば、人数も実力も申し分ないが地理の心配がある。冒険者を集えば、地理的な問題は解消されるが組織する時間が掛かる。
「だったら、案内役の冒険者さんを見つける、とか」
自ら意見を示すように、シャロが手を挙げる。案内役……なるほどそれは必要なものだ。案内役だけなら、数もそこまではいらないはずだ。
「それは考えました。が、案内だけの役割に誰が立候補するやら」
しかしそれに苦言を返すカーミ……考えたというのは嘘ではないだろう。話を聞いただけのシャロでも疑問を浮かべるのだ、ずっと考えていた彼女らが考えないはずがない。
その上での、苦言。それは『案内役』というものに対する不安。
カーミの言うように、たとえ案内役を集っても自らが名乗りをあげるとは思えない。モンスター退治でも、むしろ依頼ですらなくただの案内役。報酬も何も発生しないものに、好き好んで立候補する人などいない……
「そんな、皆が困っているんですから、報酬なんて……」
「……みんながみんな、シャロさんみたいなお人好しじゃないってことだよ」
底抜けなお人好しを除けば。冒険者なんて、いわば金稼ぎだ。ボランティアじゃない。
わざわざ時間を削ってまで、金にもならない行為に身を動かす人間は少ない。人間とは現金なものだ。
かといって、ただの案内役に高めの報酬を出してしまえば、逆に立候補者が多くなり大所帯となってしまう。今回の件は、ある程度の人数は必要とはいえ、腕に自信のない人間は行かない方がいい。
「……なら、アタシ達が案内役になるっていうのは?」
「は?」
ここで再び名乗りをあげるホーラ。ただし今度は冒険者としてではなく、案内役として。隣にいるカラメルは、開いた口が塞がらない。
「ほら、アタシ達なら三人だし、ちょうどいいんじゃない?」
「何をバカな……自分の身を守れるのか?」
「当たり前でしょ? それにトッシーやシャロちゃんだって、格段にパワーアップしてる。以前、あんたと決闘したってときよりもね」
確かに、今の話を踏まえるなら人数三人というのは悪くないだろう。それに、自分達なら腕に自信がないわけでもない。彼女の言うように、トシロウもシャロも強くなった自信はある。
「……どこからその話を」
嫌な話を持ち出されたと言わんばかりに顔を歪めるカラメル。あの決闘は、彼の姉であるローゼにより中断……実質上の痛み分けとなったのだ。騎士の誇りがなんとかという彼にとって、一般人であるトシロウと引き分けた形になったのは気持ちのいいものではないだろう。
「人の口に戸は立てられぬ、ってね」
「? なんだその言葉は」
「人の口に戸をつけることはできない。つまり、噂が広がるのはどうしようもない……って、トッシーに教えてもらったんだ」
なにしろ、人通りの多い広間で派手にやったのだ。むしろ噂が広まらないことの方が不思議だ。
この件に関してカラメルになんのおとがめもないのは、姉であり上司でもあるローゼが何か働きかけたためだろう。真相を知る者はここにはいないが。
「変な言葉を知っているんだな」
「ドーモ。故郷のことわざってやつでね」
「故郷、ね」
決闘の因縁から……いや、それ以前の段階からトシロウとカラメルの仲は相容れない。腐れ縁ながらに気安さのあるホーラとカラメルの関係とは、似て非なるものだ。
だから、カラメルの方から故郷について深く突っ込んでくることはないし、トシロウも適当に流す。そもそも、シャロにすら話していない『転生』の話をここでするつもりはない。
事情も話していないのに、『故郷とは自分がこの世界に転生する前の世界のことでそこでのことわざ』……なんて話、当事者のカーミ以外は信じないだろうし。
「ま、話を戻そう。冒険者としてではなく案内役……ってことなら、自分に反対意見はない。危険も少ないだろうし」
「やったー!」
ホーラの提案、案内役としてなら賛成だ。周りは腕に覚えのある騎士達ばかりだし、単なる冒険者組織より危険は少ないはずだ。
なにより、困っている人を放っておけない……つまるところ、トシロウも底抜けのお人好しなのだ。
「おい、まさか守ってもらおうとか甘いことを考えてるんじゃないだろうな?」
「ご心配なく。あんたに助けを求めるくらいならホーラに助けを求める」
「ふん、女に守ってもらおうとは滑稽だな」
「少なくともあんたよりは百倍頼りになるんでね」
互いに笑顔だが、間にバチバチと火花が散っている。険悪すぎる二人を一緒にして大丈夫か、とも思うが。
そしてなぜか、シャロが頬を膨らませている。
「私は、頼りにならないんですね」
拗ねたようなそこ言葉は、誰に聞こえることもなかった。
とにもかくにも、これからの方針が決まったところで……
「じゃ、モンスター増加の原因究明はカラメルさんはじめとする騎士団から選抜。案内役はトシロウさん、シャロさん、ホーラさんのパーティー『シロ』にお任せするということで……」
「キャーッ!!!」
外から室内にまで届く悲鳴が聞こえた後、大きな爆音が鳴り響いた。




