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この世全てを憎む瞳



「うにゃ~」



 道の整備されていない、薄暗い裏路地。そこに一匹の子猫の鳴き声が響いている。


 ポーチという名のその子猫は、シャロが探していた猫に違いない。依頼である猫探し……今目の前にいるその猫を連れ帰れば、依頼は完了する。簡単な話だ。



「えっと……」



 子猫ポーチの頭を撫で、優しい表情を浮かべつつもシャロに対する警戒は怠らない……そんな人物が、そこにいなければの話だが。



「わ、私はシャロって言って……ええと、冒険者で……それから……その猫ちゃんは依頼があったから探してただけで、別に危害を加えるつもりは……」


「グルルルル……!」



 子猫に近づこうものなら、威嚇される。子猫を守っている、のだろうか。


 薄汚れたぼろ布に身を包んだワーウルフの子供は、シャロが友好的に話しかけても警戒を解いてくれるつもりはないらしい。言葉を話せない……それは先ほどのやり取りでほぼ確証を得たが、せめて言葉が通じてほしいとは願っているのだが。


 なるべく優しい声色で、怪しくないと手を広げジェスチャーをして、危険がないことを伝えるが、それは伝わらない。もしくは、信じてくれない。



「困った……」



 これでは、せっかく見つけた子猫を連れ帰ることができない。彼は、この場からシャロが去るまで威嚇を続けるつもりだろう。


 それほどまでに……歩み寄ろうにもそれを許さないくらいに、彼は人を信じていない。それが、彼の瞳に表れている。怒りとも悲しみとも、いろんな感情がごちゃ混ぜになった瞳。こんな瞳に、感情に、シャロは覚えがある。


 自分の生まれ育った国……そこは、一見すると裕福で、皆が笑って暮らしている平和な国だ。魔法技術も発展し、さらには自分が知らないような技術を駆使して国そのものが賑わっていた。


 他国との行商も上々で、まさに理想の国……それがシャロの故郷だ。……うわべから見れば、の話であるが。


 シャロ自身、国の裏側の実態など知らなかった。温かい家庭で育ち、特に苦労を知ることもなく成長してきた。それを知ったのは、旅に出るほんの一年前。


 裕福に思えた国……その裏側では、貧乏を訴える人々がいた。全員が幸せな国など、ありはしない……どこにだって、表があれば裏がある。


 俗に貧民街と言われるそこでは、その日を生き抜く手段すら持たない人々が大半いた。服ともいえない布切れを身にまとう者や、盗みを働きその日を生き抜く者、こずるい頭を使って同じ立場の者から盗みを働く者……誰もが裕福な表の顔とは、似ても似つかない景色がそこにはあった。


 彼らは、皆同じ目をしていた。なぜ自分が、こんな目にあわなければいけないのか……ただ生まれた場所が違うだけで、こんなにも蔑まれ、哀れみを向けられなければならないのか。


 怒りとも悲しみとも、いろんな感情がごちゃ混ぜになったその瞳……今シャロの目の前にいるワーウルフの子供と、同じ瞳だ。


 ともなれば、この子の背景も……



「大丈夫だよ、私はキミを傷つけたりしないから。……そうだ、よかったらこれ、食べる?」



 両手を上げ、武器を持っていないことをアピールする。それでも警戒は解かれない。どうすべきか考えていたところへ、はっと思い付く。先ほど、少年の腹の音が鳴っていたのを。


 なのでシャロは、懐に手を忍ばせ……目的のものを取り出す。懐に手をいれたことで少年には余計警戒されたが、取り出したものを見るやその警戒は収まる。なぜなら、それは武器などではなく、食べ物であったからだ。


 これは先ほど、ポーチ探索の際に歩いていた途中、とある店の店主からご好意でもらったものだ。シャロは結構、人から物をもらう。


 赤く丸い果実……トシロウ曰く『リンゴ』であるその果物を、そっと少年に差し出す。本当ならば後で食べようと思っていたのだが、これも彼と歩み寄るためだ。せっかく貰ったのにごめんなさい。



「ほら、見たことある? 大丈夫、これはたべも……」


「ガウ!」



 と、果物を差し出したはいいがこれにも警戒されてしまうかもしれない。形は食べ物でも、もしかしたら爆弾とかそんな危ないものである可能性もあるのだ。なので、慎重に……


 ……しかし、その心配はなかった。少年は、シャロの手の中にある果実をひったくるように奪うと、さっと距離をとる。いつの間に、果物を取るために近づいてきていたのだろうか。



「……くんくん」



 どうやら、それが本当に食べ物であるか確認しているらしい。用心深い……のは仕方ないのかもしれないが。においを嗅いでみたり、ペタペタ触ってみたり。しばらく、警戒が続いた。


 それから軽くかじり……何も問題がないことを、確認。その瞬間、果実にむしゃむしゃとかぶりついていく。よほどお腹が好いていたのか……その勢いはすさまじく手に収まる程度の果物ではあっという間になくなって……



「ガウッ」



 残り一欠片……そこで、少年の動きが止まる。一体どうしたのだろうかとシャロは疑問を浮かべるが、その答えはすぐにわかった。


 少年は、ポーチへと残りの果物を差し出していた。その行動は、まったくの予想外……先ほどもポーチの頭を撫でていたが、この少年は人間には敵意むき出しだが、動物にはとても優しい心を持っている。


 全てを憎んでいる……というわけではないのだ、この少年は。この子の背景に、どんな騒然な人生があるのか、それはわからない。だが、それでもこの子の性根は、優しい子なのだろう。


 名前も知らない少年。ただ、盗みを働き街の人に迷惑をかけているワーウルフの子供。そして、子猫にとても優しい男の子。たった、それだけしか知らないこの子に、シャロはとても興味を抱いていた。


 依頼書の中に、ワーウルフの子供を捕らえる……というものがある。その依頼の子は、この子に間違いはない。捕まえれば、報酬を貰うことができる。それも、この依頼は他のものとは別口の、特別なものなのだ。報酬は、また破格だろう。


 しかし……お金欲しさにこの子を捕まえる。そんな結論は、シャロの中にはなかった。ただ、この子と仲良くなりたいと……それだけを、感じていた。

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