モンスター退治だけが冒険者じゃない
「えぇと、ポーチちゃーん! ポーチちゃんどこにいますかー?」
街中に響く、高い声。それはものを……いや、どうやら生き物を探している様子だ。
街中を歩きながら声を張り上げるシャロは、キョロキョロと辺りを見回しながら目的の名前を呼ぶ。その様子に、振り返る人もいれば無視して歩いていく人もいる。
「ポーチちゃん、ポーチちゃん、ポーチちゃん?」
屋根の上、屋台の下、ゴミ箱の中……あちこちを探していくが、見つからない。困った……簡単に見つかるとは思っていなかったが、これは骨が折れそうだ。
「ん、シャロちゃんじゃねえか。どうしたんだ?」
明らかになにかを探しているシャロへと、声がかけられる。鳩のような頭をした、二足歩行の種族である。背中から生えた翼をバッサバッサやっている。見た目に合わず、野太い声だ。
以前、柄の悪い若者に絡まれていたところを助けたことがある。トシロウが。
『おいおいなんか羽が落ちてきたんですけど! なめてんのかアアン!?』
因縁をつけられていた彼を、トシロウは三人相手に守りきった。見事追い返し、お礼を言われたという顛末だ。その関係で、シャロとも顔見知りがある宅配の人だ。
飛べよ、と思わないこともない。
「ダックさん。実は、猫探しの依頼がありまして……ポーチちゃんって名前なんですけど、全然見つからなくて」
そこで、シャロは自分が探していた生き物の正体を話す。それは自分のためでなく、依頼人の誰かのための行動であり、ひいては冒険者としての仕事だ。
冒険者はなにも、冒険したりモンスターを退治したりするのだけが仕事ではない。
「あぁそうなのかい、頑張ってな。で、トシロウのダンナはどうしたんだい? いつも一緒のイメージだが」
絡まれてるのを助けて依頼、この鳩人間……ダックとは、ちょくちょく顔を会わせている。その時には、いつもトシロウの隣にはシャロ、シャロの隣にはトシロウといった具合だ。
なので、今日はシャロ一人であることを疑問に感じたのだろう。
「今日はトシロウさん、別行動なんです。私と同じように、比較的簡単な依頼をしてます。毎回モンスター相手にしてたら、さすがに疲れるので」
「ほぉ、そうなのかい。そりゃ、寂しいんじゃないかい?」
「? そうですね、いつも一緒なので少し違和感が、あると言われればないことも……」
ニヤニヤするダックに、ただただ首をかしげるシャロ。
その後も軽く会話をしてから、お互いに別れる。シャロは猫探し、そしてダックは宅配の仕事中であったためだ。やはり、飛ばない。
「さて……ポーチちゃんを探さないと」
しかし、これだけ探しても見つからないということは……少し場所を、変えた方がいいのかもしれない。例えばここは人通りが多い。
だからそう。例えば、この裏路地なんかにいるかもしれない。ここならば人通りはもちろん、物も少ないし猫も潜りやすいのかもしれない。
「ポーチちゃぁん……いない、かな」
近くに入った裏路地……たまたま入ったそこに、探している猫がいるなんて可能性は限りなく低い。軽く見回したがいる気配はないし、その場を後にしようとしたとき……
「にゃあー」
「えっ」
かすかにではあるが、猫の鳴き声が聞こえた。同じく猫の獣人であるシャロは、普通の人間よりも耳が良く、か細い声でも聞こえることができる。
「もしかして、本当に?」
これが聞き違いということは、ない。問題は、これが探し猫のポーチであるかどうかだ。鳴き声がポーチのものか、それを確かめる術はない。
しかし、せっかく見つけた……いや聞こえた手がかり。ここで見逃すわけにはいかないだろう。
薄暗く、道も整備されていない。ものを掻き分け、進んでいく。徐々に声の下へと近づいていくのを感じ、曲がり角を曲がると……見つける。白い毛並みを持つ、小さな猫。そして……
「……えっ、キミは……」
「……」
白い猫の側にしゃがみこむ、人影。まるで白猫に寄り添うように、その人物はいた。慈しむような、その横顔に一瞬、息をするのを忘れる。なぜなら、その人物にシャロは見覚えがあったからだ。
不揃いに切ったであろう藍色の髪、その頭からは犬のような耳を生やした、子供のような体格。薄汚れた体を、ぼろぼろの布切れ一枚に身を包んだ少年。
「な、なんでここに……?」
そこにいたのは、今現在、街を騒がせて捕獲対象として依頼が出ている、ワーウルフの子供。一度目はトシロウと共に出会った少年が、今シャロの目の前にいる。
白猫を優しい目で見ていたが、シャロの存在に気づくと、キッ、と鋭い目付きに変わり、唸り声を上げて警戒を始める。
「ま、待って! 私はあなたに、危害を加えるつもりはないの。お願い、落ち着いて?」
警戒する少年を前に、シャロは両手を上げてから、警戒する必要はないことを伝える。こちらに敵対の意思がないのだと、伝えるためだ。
「私はそこの……ポーチちゃんを探しに来ただけなの。キミが、見つけてくれたの?」
少年の近くにいる白猫……それは、確認する限り探し猫であるポーチの特徴に、限りなく近いものであった。白く小さい、それに尻尾に黒い斑点のついた猫。
特徴が一致し、その猫こそが自身が探していた猫だと、シャロは確信する。それを見て、少年に話しかける。あくまで刺激しないように、優しく。
「…………」
なにもしない……そんなシャロの気持ちが通じたのか、少年の体から警戒の意思が解けていくのを感じる。睨みをきかせていた目からは敵意が抜け、唸り声は収まる。食い縛っていた歯も、力が抜けていく。
いきなり襲われることにならなくて、本当によかった。ほっと胸を撫で下ろすシャロは、再び出会った少年をどうすべきか判断に迷っていた。
もしもここで捕獲……いや保護することができれば、冒険者としての依頼も果たしたことになり、何より困る人がいなくなる。それは何より望ましいことで、少年をどうするかの一番の解決法だ。
しかし簡単には捕まえさせてくれないだろうし、その場合逃げられてしまうだろう。そうなると、また次の被害も出てしまうことになる。
だから理想とすれば、ひとまず少年と言葉を交わし、そこから仲良くなって盗みを働いたりする理由を聞きたいところだが……
「ねえキミ、ここでなにをしてたの? こんなところ、危ないよ。暗いし、狭いし」
「ガウッ」
試しに話しかけてみるが、反応はない。むしろ顔を背けられて、対話する気ゼロだと言われているよう。シャロは他にも話しかけるが、全部なんの返答もなしだ。
というか、以前出会ったときもそうであったが、この子供は基本「ガウッ」しか喋っていない。もしかして、言葉が話せないのであろうか。
そのとき、『きゅるるる……』とかわいらしい音が鳴る。それは何か……考えるまでもなく、答えは出た。
少年が、切なそうに腹を押さえている。おそらく、少年の空腹による音だったのだろう、今のは。日々盗みを働いているとはいえ、あんな成りだ。満足な食事にはありつけないのだろう。
「にゃお~」
そんな子供を知ってか知らずか、ポーチがすり寄っている。まるで甘えるように、身を寄り付けて甘えるように、鳴く。
その頭を少年は、優しく撫でてやる。これが本当に、街で盗みを働き人に迷惑をかけている者の顔なのか……それほどに、穏やかな笑顔を浮かべていた。




