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狼子供



 ……ホーラが新たにパーティーに加わり、数日が過ぎた。彼女のおかげで、トシロウとシャロの冒険者としてのレベルも上がり、パーティーとして少しずつ名を上げていっている。


 もちろん、いつも三人で依頼に出掛けるわけではない。時には二人だけで出掛けることもあるが……それでも、二人だけの冒険でも危なげなくクリアしていく。


 トシロウとシャロは同室に泊まっているから、必然的に行動を共にすることが多くなった。別々に行動する、といっても二人とも、この街に知り合いなどいないのだ。


 そして今日も今日とて、二人は街中を歩いている。この短い期間でもだいぶ街には慣れてきたんじゃないかと思う。


 人情味溢れる、優しい人ばかり……とは残念ながらいかない。この世界に来て初日に会った礼儀知らず然り、万引きや暴力然り。トシロウの目につくだけでも、一日で何件あっただろうか。


 それを、正義感の強い彼はいちいち仲裁に入るのだ。なので、下手をするとそれだけで一日が終わってしまうこともあるが、それでもシャロはその後ろを着いていっていた。


 ……日々どこかで起こっている。喧騒。だから今回も、どこかで予期はしていたのかもしれない。



「ガァア!」



 唸り声のようなものが、聞こえた。足を止め、声がした方向を探す。……おあつらえ向きに、路地裏へと続く道を発見。どうやら声はそこからしたようだ。


 表に出れば人通りではあるが、出られればの話だ。大方カツアゲだろう。やれやれとため息を漏らすトシロウはシャロに一声かけ、足を運ぶ。


 その光景は、シャロにとってはもはや日常茶飯事となっていた。彼の人柄を、少しはわかってきている。


 困っている人を、放っておけないのだ。正義感の強い人柄に、シャロはどこか安心した様子を見せるようになった。


 かといって、完全なお人好しではない。いけないということにはいけないと言うし、謝罪やお礼なんかにも厳しい。助けたはずの人間に「助けてもらったらお礼だろう」と説教したくらいだ。


 だからこそシャロはトシロウと行動を共にするのが嫌ではない。この街では新顔のトシロウは、すでにちょっとした有名人になっていた。新顔であるが、やたら厄介事に首を突っ込む物好きがいる、と。


 同時に、行動を共にしているシャロもそれなりに有名になっている。



「この辺りか? 声がしたのは……」



 路地裏を見回すと、そこには数人の大人が誰かを囲っている光景があった。これは穏やかな雰囲気ではないことを感じとり、トシロウは歩み寄っていく。



「おい、何してんだ?」



 現れた乱入者に、大人達はトシロウへと顔を向ける。その際見えたのは、大人達が囲っているのはどうやら子供だということだ。


 大の大人が、子供を囲って何をしているのか。また胸くそ悪い展開であろうかと、トシロウは眉を潜める。


 大声を上げれば表まで声は届くかもしれない。だが人通りが多いということは、それだけ声が届きにくいということでもある。また、今回のように声が届いたとしてもわざわざ出向くのは相当な物好きだろう。トシロウのような。



「あぁ? なんの用だあんちゃん?」


「子供相手に何人も構えて、何してんだよ」



 大人達の中のリーダーのような男が、一歩前に出る。二メートルはあろうかという身長にがたいのいい体格。スキンヘッドにサングラスと、子供が見たら一発で泣いてしまう存在がそこにいる。


 当然トシロウが見上げる形になるが、臆さない。後ろのシャロは震えているが。


 生前に修羅場を潜っていることに加え、初日には猪顔の大男と対峙したのだ。今さら何にビビれと言うのだ。



「あんちゃんもしかして、わしらがこのガキいじめとる思うたんか?」



 ドスの聞いた声。さらにヤクザのような口調(この世界にヤクザなんて言葉があるのか知らないが)。


 並みの相手ならばこの威圧感だけで泣いて気絶してしまうかもしれないが、トシロウにとってはかわいいものだ。



「……そうだけど? どう見てもあんたらが……」


「ぶわっはは! 違う違う、わしらがそんな悪人に見えるか!?」



 見える……とは言わない。スキンヘッド男以外にも、なかなかに迫力のある男達が揃っているのだ、誰がどう見ても悪者だろう。というかカツアゲにしか見えない。


 しかしスキンヘッドは、豪快に笑うばかり。その場の険悪な雰囲気を笑い飛ばしてしまうほどに。



「悪人じゃないってんなら、何をしてたんだ? 言っとくが嘘ついても無駄だからな」



 こう見えても、90余年の年期があるのだ。その人が嘘をついているかいないかくらい、わかる。もし嘘であれば一発背負い投げれてしまえばいいだろうか。


 だがそれは、不発に終わる。なぜなら……



「実はこのガキ、ウチの商品を盗みおったんじゃ。だから商品問い詰めたんじゃが……返してもくれんし金も払わんしで困っとったんじゃ」


「…………」



 ……嘘はついていないようだ。どうやらこのスキンヘッド、正当な理由があって子供を囲っていたらしい。状況だけ見ると確実にアウトだろうが、まあ理由が理由ならば納得はしよう。


 それにしてもこのスキンヘッド、ウチの商品、ということは……店の主ということだろうか。この容姿で店主など、客が裸足で逃げ出しそうだ。



「この子……」



 子供に近づくと、その姿を確認。壁にもたれているその子供は、ぼろぼろの体を薄汚れた布切れ一枚に身を包んでいた。赤い果実を抱き締めるように胸に抱えており、憎悪に満ちた瞳をトシロウに向ける。


 不揃いに切ったであろう藍色の髪、その頭からは犬のような耳を生やし、鋭い牙を食い縛り唸っている。初対面の子供にこんな態度をとられるとは……



「この子、なんでこんなに……」


「いやいや、誤解しないでくれよ? さっきちょっと小突いた時に壁に打ち付けちまったが、その前からぼろぼろだったからよ」



 ……憎悪の理由は、それではないのだろうか。というか、その体格差であれば例え軽くであっても、小突いたらこんな子供吹き飛んでしまうだろうに。



「この子、狼の獣人みたいですね。こんな傷だらけで、かわいそうに……」



 先ほどまで後ろで震えていたシャロだが、子供の姿を見るや駆け寄っていく。心優しい彼女らしい。


 彼女が言うには犬ではなく狼らしい。どっちでもトシロウには対して違いがわからないので変わらない気もするが。


 子供の目の前に立ち、しゃがみこむ。そして手を差し伸べると……



「ギャウッ!」



 手を払いのけ、威嚇するように睨み付ける。誰にも心を許さない……誰も信じない、そんな様子だ。



「さっきからこの様子でな。衛兵につき出すか迷ってたとこなんだ。なんせこのガキは……」



 スキンヘッドは見た目はいかついが、実際には優しい人物のようだ。


 さっきも子供を、痛め付けるでなく品物を取り返すかお金を払うかを迫っていたようだし……衛兵につき出すのも、ちゃんと子供に罪を自覚させようとしての判断だ。


 トシロウは安堵する。やはりこの街、温かい人は確かにいるのだと。



「いいさ、俺が払うよ。お金」


「例の……え、あんちゃん、このガキの知り合いかい?」


「いや違う……けど、この子も訳ありみたいだし。かといってあんた達に折れろ、なんて言うつもりもない」


「まあ、こっちは金払ってもらえりゃなんでもいいけどよ……あんちゃんが払う理由はねえだろ?」



 ここは自分が商品のお代を払うと、妥協案を提示する。お代さえ払ってもらえれば、店主としても文句は確かにない。


 確かに……見ず知らずの子供のためにお金を払うなんて、お人好しもいいところだ。だがこのまま放っておくこともできないし、かといって商売人に商品を諦めろ、なんて言えない。


 なので、スキンヘッドを見てこう続ける。



「なら……この街にも、おっちゃんみたいな優しい人がいたことへの感謝代ってことで」


「なんだそりゃ」



 適当なこじつけだ。それでもトシロウはそれを理由にお金を払い、スキンヘッドは笑みながらもそれを受け取る。


 最後に一言二言交わし、周りの大人を引き連れてスキンヘッドは去っていく。見た目は完全にヤクザの集団だが、世の中見た目で判断してはいけないと、よくわかるやり取りだった。



「さて、と」



 残るは、子供のみ。未だ警戒の目を向ける子供をさてどうするか。とりあえずはこちらの話を聞いてもらいたい。



「ほら、もう大丈夫だぞ。けどダメじゃないか、物を盗んだら。ちゃんとお金を払って……」


「ギャウガウ!」


「っ!?」



 ちゃんといけないことはいけないと教える。そのため目線を同じくするためしゃがんだトシロウに、子供は鋭い爪を浴びせる。反射的に避けるが、左頬に引っ掻き傷を作ってしまい……



「と、トシロウさん!?」


「ガルルル……!」



 トシロウ、そしてシャロの注意がそれてしまった瞬間、子供はその場から逃げ出す。果物を大事そうに抱え、必死に守りながら……裸足で、痛々しくその場を駆け去っていく。


 その素早い動きに追いかける暇もなく、子供は曲がり角を曲がり……姿を消してしまう。どこへ行ったのか、この人だかりでは探しようもない。


 表からは、子供を見かけてからか動揺の声が聞こえてくるが、皆呆気に取られてしまったようだ。



「トシロウさん、大丈夫ですか? 今、治療します」



 心配に声を漏らすシャロが、引っ掛かれたトシロウの頬に触れ……そこから、温かな光が漏れ出す。


 それは、回復の魔法の光。これまでのモンスター退治でも、幾度となくお世話になってきた力だ。



「ありがとう、シャロさん。……あの子、どこの子なんだろう」



 狼の子供、それはまるで、戦場に放り込まれた少年時代の自分達。……そのようなことを思い出しながらトシロウは、しばらく子供の捜索にあたる。


 だが一足出遅れてしまったせいか、結局子供が見つかることはなかった。

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