良い人生を
……98の年で無事寿命を終えた自分は、目の前で神様と名乗る存在と向かい合っていた。というか面談していた。
…………かみ、さま? この光ってる人が? いや、神様だから光ってるのか?そもそも人か?
『なので貴方の名前はもちろん、どういう人間かも知っています。
……話を戻しますね。善行を重ねる清き人間……そのような人物こそ、ここへと呼ばれるにふさわしい。
己より他の者を。現世では欠けているこの気持ちこそ、選択肢を与えるに値するのです』
『そ、それはどうも』
さっきから褒められっぱなしではあるが……要は、生前良いことをしてたから死後、天国か地獄どっちに行けるか選ばせてくれるってことか。
そっか……あぁ、あの時くそ上司を殴ったりしなくて良かった。生意気な後輩を殴ったりしなくて良かった。
『それならもちろん、てんご……』
『そこで! 貴方に問いたい。第二の人生を送ってみる気はありませんか?』
『く…………へ?』
どちらか選ばせてくれるというのなら、間違いなく天国だ。そう伝えようとしたが……神様は、予想外の選択肢を投げ掛けてきた。
聞き違いだろうか? いや、この無音の世界で聞き違いなどあろうはずもない。
『第二の、人生?』
『えぇ、そうです。生前の貴方は己より他者を優先し、その生涯をもって決して悪行を行わなかった。それは評価されるべきことです。
ですので、今度は他者でなく自分のために、第二の人生を歩んではいきませんか?』
やはり聞き違いでも、相手の言い間違いでもない。天国、地獄……そして第二の人生を。考えもしなかった、三つ目の選択肢。それが突きつけられた。
聞く限りでは、おいしい話だ。何せ、第二の人生を送らせてくれるというのだから。だが、はいとすんなり答えるわけにもいかない。
『……嬉しい話です。自分なんかの、生前の行いを評価してくださって。けれど、いくつか質問が』
『当然です。むしろ即断即決しないのはますます好ましい。どうぞ、気の済むまで聞いてください』
聞きたいことはたくさんある。それに対して、神様も嫌な顔をしない。むしろいくらでも聞いてくれと言うのだ、ならばお言葉に甘えさせてもらおう。
『その、第二の人生ってのは……元の世界……あ、いや、現世でまた赤ん坊からってことなんですか?』
『いえ、せっかくの第二の人生です。同じ世界ではなく、貴方方の言う"異世界"へ転生してもらう形になります。
その際、年齢、性別はそちらの希望に沿ったものになりますので、希望していただければ赤ん坊でも、亡くなった98歳と同じでも。
青春真っ只中の10代でも、大人としての基礎が固まっている40代でも……望んだ年齢に致します』
……い、イセカイ? なんか聞き覚えが……あぁそうだ、確か孫が読んでたらいとなんとかってやつで今流行なんだっけ。
なるほど、年齢は選べるのか。……だとしたら、最低でも98歳は勘弁だ。あんなよぼよぼの状態から第二の人生をスタートさせたくはない。
『そのイセカイってとこに転……なんて?』
『転生……つまり生まれ変わりです。転生の条件が異世界に限定されているのは理由がありまして……我々はあくまで、死者を転生させています。
すでに現世から離れてしまった死者の魂を、転生とはいえ再び現世に戻すとなると……世の理に影響を及ぼしかねません』
『世の、理……』
よくはわからないが……一回死んだ人間は、いかに生まれ変わりだろうが同じ世界には戻れない、ということだろう。魂云々ということだが、難しいことはよくわからん。
『それは、わかりました。イセカイってとこに、生まれ変わり。年齢は希望に沿ってくれる。……性別も、なんですか?』
『えぇ。生前と同じ性別で過ごしたいという方もいれば、違う人生なのだから別の性別で、という方もいます』
『ほ、ほう。こちらの希望に沿ったテンセイ……そういえば、孫が読んでたらいべるは、イセカイの召喚主が、現世から召喚するとかって物語が多かったような……』
『ライトノベル、ですね。我々はそのようなことはしません。だってそれ、拉致監禁じゃないですか』
言い切った。
『生者を召喚……召喚された方にも、生活が、家庭があります。友達や恋人もいるかもしれません。なのに一方的に召喚しておいて、相手の都合も考えずここで暮らせなどと。
その点、死者であればその心配はありません。ですので、事故事件含めて亡くなってしまった方しか呼ばないのです』
『そうですか……よくわからないですけど、それ思いきった発言な気がします』
自分も孫に見せてもらったことがあるが……随分、至れり尽くせりなイセカイテンセイだ。年齢まで要望に答えてくれるといつのだから……年齢?
『……あれ、今自分、何歳なんだ?』
『お気づきになりましたか。ご自分の体、確認してみてください』
『確認……あ、れ?』
今の今まで気にしていなかったが、ここにいる自分は一体何歳なのか。死んだ状態のままでないかと思っていたが……だとしたら違和感がある。
なので確認するため、視線を下げると……ない。手が、足が、体が。いや、そもそも……どこで見ているんだ?
『ご覧のように、今トシロウ様の肉体はありません。すなわち、魂だけの存在ということです』
『たま、しい?』
『えぇ。私から見た貴方は……わかりやすく、火の玉のようなもの、と表現しましょう。貴方の生前の肉体はここにはない。
ですので無理に体に会わせる必要はない。
貴方が今考えていることも、98のそれではないでしょう? 私が話しやすいなと思った話し方にさせてもらいました』
肉体が……つまり死んだ時の98の体はなく、魂だけの存在ということ。そしてこの若者みたいな話し方は、単に神様がわかりやすいから、か。
『肉体が……じゃ、この声は? 体がないならどこで喋って、どこであなたの声を聞いて?』
『正確には、肉体はないですが、喋る、聞くといった機能はある……実体はないけど機能はある、のです。
すなわち、貴方が口に出したことは私の脳へ直接伝わり……私が話したことも、貴方の脳へ直接語りかけている』
……先ほどから、信じられないような話ばかりだ。だがそういうことなら、年老いた割りには違和感のある自分の考え方も、頭の中に直接語りかけられている気持ちも納得できる。
『他には、何かありますか?』
『あ、はい。亡くなった人を招いてるってことは、自分以外にもイセカイに行った人が?』
『はい、います。しかしプライベートな案件ですので、仮にトシロウ様のお知り合いがいてもお教えすることはできません。
また、これはまだ言ってなかったのですが……転生する際、生前の記憶を引き継ぐか否か、の質問もさせていただいてます』
あぁ、死んでもプライベートとかあるんだ……第二の人生なんだから、当然なのかな。
『記憶?』
『はい。人というのはまさに十人十色、生前の記憶を残したまま、文字通りの第二の人生を歩みたいと言う方もいれば……
生前の記憶は全て忘れ、異世界でまっさらな状態で過ごしたいと言う方もいます』
『なるほど……だからたとえ自分が知り合いを見つけたとしても、知り合いが記憶を引き継いでなかったらわからない、と』
『そういうことになります』
それは……確かに人それぞれだろう。記憶を維持したい人、消したい人……こればかりは、本人の意思で決めるしかない。そして、自分は……
『なら自分は、記憶は維持したままでお願いします』
『おや、随分早いのですね』
『まあ……せっかくなら、前の世界と比べながら生活してみるのもいいかなって』
せっかく、チャンスをもらったのだ。ならば自分は、一度目の人生の記憶を残したまま……二度目の人生にも望みたい。
それに、消し去ってしまいたいほど後悔のある人生ではなかった。贅沢でもなく貧乏でもなく生活し、学校に行き社会に出て……仕事をして、妻をもらって、息子が生まれて、孫が生まれて……
この記憶を、消したくはない。
『了解しました。では、記憶はそのままに』
『お願いします。ちなみに、知り合いを探したりとかってのは禁止されてはないんですよね?』
『されてはいませんが……おそらく探すのは不可能に近いです。何せ、トシロウ様が転生される世界が、転生世界の全てではないのですから』
『え、そうなんですか?』
積極的に探すつもりはない。だが機会があれば、自分と知り合いであった人物と出会うことがあるかもしれない。そうなれば、酒でも酌み交わしたい。
しかし神様曰く、それは不可能に近いらしく。
『えぇ。世界というのは複数存在します。パラレルワールド……平行世界も然り。
例えば科学が格段に発達した世界、魔法と呼ばれる力が存在する世界、戦争の絶えない世界……その中の一つを選んでもらい、転生してもらいます。
なので、同じ世界に同郷ならともかくお知り合いの方、それも記憶を維持したままの方と出会う可能性は限りなく低いのです』
……な、なるほど……? とにかく、たくさんの世界があって、転生される場所は人によってそれぞれだから同じ世界に、知り合いがいて見つけることは難しいだろうということだ。
まあ、積極的に探すつもりはないしいいんだがな。
『……で、世界を選ぶってのは……』
『はい。こればかりは、ご自身の判断では迷いが生じてしまう方が大半で……ですので、世界を選ぶ、これに関してはトシロウ様。貴方の心に聞きこちらで判断させていただきます』
『心……自分がどんな世界に行きたいか、それを読み取ってくれると?』
『そういうことです。それはきっとトシロウ様の満足いく世界……ですのでご安心を』
……そうだよな。ここでどういう世界に行きたいか聞かれても、すんなり答えられる自信はない。ならばここは自分を信じてみるだけだ。
自分が第二の人生を送るなら、どういった世界に行きたいのか。
『なら、お任せします。よろしくお願いします、神様』
『はい、任されました。トシロウ様の第二の人生が良いものとなりますよう、こちらとしても全力でサポート致しますので』
光輝いているため、神様の表情は見えない。それでも、きっとその顔は微笑んでいる……そう、確信を持てたのだ。
『……じゃあ神様。いろいろ教えてくれてありがとうございました。二度目の人生を送らせてくれるどころか、好きな世界にテンセイさせてくれるなんて』
『こちらこそ感謝を。他の為に尽くし、善行を働いた貴方の功績は間違いなく、世界の宝です。転生先の世界でもどうか、その気持ちをお忘れなきよう』
ペコリと……肉体はなくても、それでも頭を下げる。不思議と神様も、頭を下げているような気がした。
『それで、覚悟の方は決まりましたか?』
『はい。……年齢は、20代前半でお願いします。また若かりし日々を謳歌したいので』
『了解しました。転生先の年齢は20代前半、男性……サポートとして、文字、言葉等の共通言語力の取得、必要最低限のお金、必需品の所持をつけておきます』
『ま、ますます至れり尽くせり……』
『ちなみにですが、名は現在のものか新しく作るか、どうします? 第二の人生ということで違う名前を設定する方もいられますが……』
『そう、なんですか。……自分は、このままで』
第二の人生でも……この名前は、捨てたくない。
イセカイ……異なる世界なのだから、外国のようなものなのだろう。文字、も言葉も、通じない。それを通じるようにしてくれ、その上お金と必需品まで。神様は太っ腹だ。
『では、これより転生の準備に取りかかります。転生先の世界では、自分が転生者であることは内密に……というわけではありませんが、余計な混乱を招く可能性もありますので』
『えぇ。確かに、頭のおかしな奴だと思われそうです』
『これからはトシロウ様ご自身で、人生を過ごしていただきます。
とはいえ、知らない世界での生活ですので……転生されたら、まずはサポートセンターへ行くことをオススメします。様々なことを教えてくれる場所ですので』
『サポート……』
『場所は、すぐにわかると思います』
最後の説明がされる中、自分の周りが光輝き始める。地面……があるのかわからないが、まるで地面に円でも書いてあるかのように、円状の光が自分を包み込んでいく。
温かなその光は、視界を白く、やがて白く染め上げていく。それよりも光り輝く神様を、その先に見つめながら。
『それではトシロウ様。良い、第二の人生を』
瞬間、神様が……いや、神様を見つめていた自分の姿は、その場から消え失せた。




