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決闘



「……抜いたな」



 辺りの雑音が、いっそう大きくなる。それはそうだ、なにせ……ただの一市民が、王国に仕える騎士に向けて剣を抜き、切っ先を向けたのだ。


 これが何を意味するか、この街に住む者ならば誰もが知っている。いくら挑発されたとはいえ、そんなものは関係ない。騎士に剣を向けること、それ自体が王国への反逆罪に問われかねない。


 だが、この街どころかこの世界にすら住んでいなかったトシロウにとってはそんなもの知ったことではない。もちろん、知っていても結果は変わらなかっただろうが。



「もう一度言う、シャロさんを離してもらおうか」


「威勢がいいな身のほど知らずな凡人め。騎士に剣を向けることの意味も知らないのか?」


「もうあんたと言葉を交わす気はない」



 元々交わせなかったが。正論だろうがなんだろうが、この男にはこちらの言葉は届かない。自分の中ですでに決まってしまっているのだ。



「あ、あんた早く謝れって! よりによって王国の騎士に剣を向けるなんて……」


「なら黙ってシャロさんが連れてかれるのを見てろと?」



 野次馬の言葉には、つまりシャロを諦めろという意味合いのものが含まれている。そんなものは認めるわけにはいかない。



「騎士サマだからって横暴が許されるのか?」


「王国のために日夜この命を捧げているんだ。多少のわがままは許してほしいんだが」


「多少じゃないだろ」



 やはり、何を言っても無駄。……とはいえ、ここからどうすればいいのだろうか。剣を抜きはしたが、そこから先がわからない。


 剣を持ったのも今しがたなのに、まさかいきなり斬りかかるわけにもいかない。それに相手は騎士だ、剣で優位に立つのは難しいだろう。



「まあいいさ。貴様も剣を抜いたんだ、どちらが正しいかは決闘で決めようではないか」


「……決闘?」



 剣を抜いたというか抜かされたのだが、まあそれはいいだろう。それはともかく、問題なのは決闘という言葉だ。


 つまり、トシロウが剣を抜いたから決闘ということになるのだろうか。先ほどカラメルがトシロウに剣を向けたその瞬間、トシロウへ決闘を申し込んだということだろうか。



「そうとも。貴様が勝てば、この娘を返してやろう」



 それは、なんとも不利な……不利どころではない決闘だろうか。片や騎士と呼ばれるほどの男、片や剣を手にしたばかりの男。


 だが、やる前から諦めるのは性に合わない。決闘とやらに律儀に付き合う必要はないが、正々堂々と勝負することでカラメルもちゃんと諦めるかもしれない。



「……わかった、その決闘受けてやる」



 ざわざわっ。……騒がしくなる外野を尻目に、トシロウは睨みをきかせカラメルは不敵な笑みを浮かべている。自分が負けることは絶対にない、その自信の表れだろう。


 対してトシロウに自信も余裕も全くない。それでも引くことの出来ない展開というのは、必ずあるのだ。



「ボクに一太刀でも浴びせられたら、貴様の勝ちで構わないぞ」


「ずいぶん余裕みたいで……後悔するなよ?」



 一太刀でも浴びせれば、という大きなハンデを与えてもなお余裕があるのだろう。その鼻っ柱をへし折ってやりたい。


 正直勝ち目の薄い決闘ではあったが、ハンデを与えられたことで勝ち目が見えてきたのではないだろうか。



「後悔? 面白いことを言うな。ちょうどちょうどいい広さだ、この場で行うとしよう」



 意図せず、街の真ん中で決闘が行われることに。騒ぎを聞き付け、野次馬も増えていく。


 シャロもカラメルの背後で、心配そうにトシロウを見つめている。決闘のため一時とはいえカラメルから解放されたのだ、このまま逃げればいいものを……そんなことはしない。


 自分が原因で起こった決闘を、見届ける覚悟のようだ。



「なあ、まさかとは思うけど、一対一の勝負と見せかけて、実は後ろに潜んでたあんたの仲間がブスリ、とかはないよな?」


「何も知らないのだな、愚民。決闘とは一対一で行う正式な儀式のようなもの。そんな無粋な真似をすれば騎士としての品格……いや、例え騎士でなくともその者の人格を損なう下劣な行為だ。この剣に賭けて、そんな外道に成り下がるつもりはない」



 すでにトシロウの中では騎士とやらの品格はないにも等しいのだが、とりあえず仲間による奇襲はないらしい。


 話の通じない相手ではあるが、自らが誇りにしている騎士としての品格を損なうような真似はしない性格のようだからそこは信じてもいいのだろう。



「ではそろそろ始めようか。どこからでもかかってくるといい」


「なめやがって……」



 一太刀でも浴びせれば勝利という大きなハンデを与えた上に、わざわざ先手を譲るようなことをするとは。やはり余程の自信が見てとれる。


 ここは挑発に乗らないよう慎重に……と行きたいところだが、剣を持ったばかりの身で騎士相手に様子見しても仕方ないだろう。なので……



「行くぞぉおお!」



 正面から駆け出し、斬りかかる。助走からの勢いや動作のスピードは速い……が、斬りかかる一撃が大振りだ。それを見切り、振り下ろされる剣をカラメルは横に飛び退くことで回避。


 さすが武器屋の店主が勧めてくれただけあり、剣は軽い。避けられはしたが次の動作にすぐさま移ると、横凪ぎに剣を振るう。


 だがそれは、いとも容易く防がれる。



 キンッ!



「ぐっ……」



 横凪ぎに払った剣は、カラメルの腹に到達するより前に彼の剣で受け止められていた。どれだけ力を入れても、びくともしない。



「ふむ、思ったよりやるではないか愚民よ。反応速度、次動作への切り替え……ただの世間知らずではなさそうだ。が……ただの世間知らずではない、それだけだ」



 カラメルの剣に受け返され、トシロウはバランスを崩す。その隙を見逃すはずもなく、鋭い蹴りが腹を直撃、重い一撃が見舞われる。



「ぐぁ、はっ……」


「トシロウさん!」



 溜め込んでいた酸素が吐き出され、咳き込む。ただの蹴り一撃だけで、目の前がチカチカして頭が揺れる。騎士とは剣だけが取り柄だと思っていたが……



「鍛え方が違う。我ら騎士は剣にかまけず、己の肉体への鍛練も怠らないものだ」


「くっ、そ!」



 悔しいがその通りだ。今の蹴りだけでもどれだけ体を鍛えているかはわかるし、性格は最悪でも自分への鍛練には本気で取り組んでいる。


 だがトシロウとて、人生で積み上げてきた経験がある。いくら剣の扱いでは負けていても、せいぜい20そこらの若造に、この経験値で負けてなるものか。



「てぁ!」



 再び、一直線に駆け出す。バカの一つ覚えだと言わんばかりに鼻で笑うカラメルは、今度は避ける素振りもない。



「なんだそれは、剣を振り回しているだけじゃないか」



 それは剣のプロから見れば、ただ剣を振り回しているだけの愚行。隙だらけで、素人丸出しの行動だ。


 剣で捌き、受け流す。さらに素人の剣など、体を横にずらすだけで避けられるお粗末なものだ。こんなもので騎士に挑もうなどと片腹痛い。


 何振りか振るった後、ここで大振りの構え。この隙を見逃すはずもなく、剣を振り上げたためにがら空きになった胴体に狙いを定める。そこに少々痛い一撃を与えればこの素人は倒れるだろう。



「……そこ!」


「っ!?」



 がら空きになった胴体へと狙いが定められる……そんなことはトシロウも百も承知だ。だからこそ、わざと隙を作った。大降りの構えを見せ、狙いが胴体にいくよう仕向けた。


 これが剣に覚えのある者同士の決闘だったならば、その隙すらも罠ではないか勘ぐられただろう。だがあいにく、カラメルが相手にしているのは剣はド素人となめているトシロウだ。


 まさか罠にかけてくるなど、思いもしない。だからこそそこに隙が生まれる。


 カラメルの視線が胴体へと向く。その一瞬を見抜く。そして……そのまま、トシロウは右足を蹴りあげる。それは見事に、カラメルの顎へとクリーンヒットする。


 まさかこんな素人が、罠をかけてくるとは……それも剣とは全く関係ないところで仕掛けてくるとは思いもしなかったのだろう。それも、トシロウの意識は剣あるいは手に向けられていると思っていたところへの足だ。


 それは綺麗に彼の顎を蹴りあげた。



「…………!」



 顎への衝撃は、同時に脳への衝撃に繋がる。顎が揺れれば脳も揺れるのだ、しかも油断していたところへとヒットはかなり効いたはずだ。


 カラメルは蹴りあげられた衝撃から仰向けに倒れ……るかと思いきや、寸前のところで踏ん張る。意識を奪ってくれていれば儲けものだったのだが、そうはうまくいかないらしい。



「ぐっ……貴様、やって、くれたな……」



 さすがは体を鍛えていると豪語するだけのことはあるだろうか。それとも、騎士としてのプライドが彼の意識を繋いだのか。


 とにかく、これで意識を奪えなかったということは……もう、先程のような別方向からの不意討ちのようなものは通用しないだろう。



「撤回するよ……ただの世間知らずではない、それだけ……でもないらしい。小賢しく頭が回るようだな」



 これで、もうカラメルの隙を狙うのは難しい。正真正銘、ここからは純粋な剣の勝負になるわけで……


 はっきり言って、先程の剣の乱舞(カラメル曰くド素人の振り回し)でも一太刀も浴びせられなかったトシロウにとって果てなく厳しい戦いになってしまったわけだ。


 一太刀、ではなく一撃ならば先の蹴り上げで勝負は決まっていたのだが。ここからどう、カラメルに仕掛けるべきか……



「その決闘、待った!」



 考えを巡らせるトシロウの耳に……広場に響くような大声が轟いたのは、まさにその時だった。

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