終わりの人生、始まりの面談
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『お疲れ様でした、サカグチ トシロウ様。貴方は無事、その人生98年間の天寿を全うされました。お喜び申し上げます』
『……はい?』
聞こえた声に、意識が覚醒する。
いや、聞こえたには聞こえたのだが、耳で聞いた、というのとは少し違う。例として、頭の中に直接語りかけられているような、そんな不思議な感覚。
辺りを見回せば、そこには闇が広がっている。
サカグチ トシロウというのは、確かに自分の名前だ。そんな自分に一体、誰が語りかけているのか。
探す……までもなく、その正体は現れた。暗闇の中、ただ一ヶ所だけ光輝いている場所があったのだ。
そこにいるのは……人型のシルエットをした、誰か。顔どころか、性別も判別できない。ただ、人の形をした誰かがそこにいるということだけはわかったのだ。
『えっと……ここは? そんであんたは? なんで自分の名前を……?』
戸惑い。今自分の中にあるのはそれだけだ。ここがどこか、あいつは何者か。気になることはたくさんある。
それでも戸惑いの一番の理由は、他にあった。なんで自分はこんなところに居る。いや、居ることができる? なぜ閉じたはずの意識が覚醒している。
---自分は先ほど、確かに死んだはずなのに。
『申し訳ありません、混乱していますよね。無理もありません、貴方は先ほど、その天寿を全うされたばかりなのですから……』
『いや、それ! 天寿? 全う? 何言って……って、自分がさっき死んだのは間違いないんだよな』
何が起きているのか、わからない。だが、何を言われているのかは理解できる。なぜならそれは自分自身が自分の理解していることなのだから。
彼(もしくは彼女)の言う通り、自分は先ほど死んだのは間違いない。それも、天寿を全うして。つまり、寿命を迎えたということだ。
そう、それは自分の記憶の中にもある。自分はついさっき、病院の布団の上で命の灯が確かに消えつつあるのを感じながら、嫁さんや息子夫婦らに看取られながら死んだのだ。
『じゃあ、やっぱり。……でも、それならどうして……』
こんなところに居るのか。もしかしたらここは、天国や地獄といったあの世なのではないか。
その疑問に、目の前の存在は答える。
『ここは、貴方が生前生活していた現世、貴方方の言う天国や地獄といったあの世。そのどちらでもない……いわば狭間の世界』
『はざ、ま……?』
『えぇ。ここは貴方のような、天寿を全うし亡くなられた方がいらっしゃり、私と面談してその後の行く道を決める……そういった場所になっております』
……話が、見えてこない。ここが現世?とあの世?の狭間?……まあそれは良しとしよう。現に自分は死んでいるのだ、ならばここがどこだと言われても不思議はない。
問題は、その後の……行く道、ってなんだ。死者の行く道って……それこそ、天国か地獄、どちらに行きたいかをここで決められるのか? この人との面談で? 面談なんてもので?
『あ、いらっしゃると言っても、お呼びするのはこちらなんですけどね。
近年、亡くなられる人間の数は増える一方……その方々全てを招いていては、とても手が足りません』
『はぁ……』
『しかしサカグチ トシロウさん。貴方は選ばれました。生前悪を働いていれば、死後容赦なく地獄へ送られます。
しかし貴方は、自らよりも他の者を。善なる行動をもって他を救い、己が外れくじを引いても人のため世のために尽くしました。それらの良き行い、誰にでも出来るものではありません』
『え、あぁ……そ、それほどでも』
うわぁ……そんな風に褒められたの、身内以外にいたっけな。な、なんかすごい嬉しい。
『あ、その……なんで、自分の名前を?』
『あ、これは自己紹介が遅れまして。私この世界の管理人をしていまして……あぁ、貴方方の世界で言う、神様みたいなものです』
……こうして目の前の神様と、90余年の人生を終えた自分との、死語の世界への面談が始まった。




