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第一話。見合相手は化け物。

 物心ついた時から俺はこの場所が好きだった。

 そこは小さな森だったが、そこに住む動物は人を怖がらず、むしろ構えと、擦り寄って来る程に人に馴染んでいる。

 そこそこの貴族である俺の私有地である森、戦争で命を落とした父の遺産の一つで、木と水と動物しか取り柄がない田舎での唯一の宝と言えるだろう。


 病気がち母は父の後を追うように他界。

 家督を継ぐのは俺しかいなく、特に何をする訳でも無く、朝から俺はいつものようにこの森でゆっくりとした時間を過ごしているのだが……



「エイゼル様ッ!今日は、以前より申しておりましたアーデルベルト家の御令嬢とのお見合いの日ッ!このような場所で悠々と過ごされている場合では無いのですよッ!」


「はぁ……ホイッスル。俺はまだ結婚なんてしねぇーって、そう言ってるだろ?……」


 やれ貴族の気品だの、やれ貴族の振舞いだの、やれ後継者だのと非常に口うるさい。父が残した遺産の一つがこの執事のホイッスル・バング。



「何を仰いますッ!代々受け継いだロワイヤル家の血筋を絶やす御つもりですかッ!もう適齢期を越え……このままでは先に絶たれた、旦那様に……旦那様に……私は一体どう顔向けすればいいのですかッ!うおぉぉぉおおお……」


 涙脆く、暑苦しいオーラを纏うホイッスルは、いつもこうやってチクチク俺を責め立てる。

 頭をボリボリ掻いた俺は、服に鼻を擦りつけていた動物を撫で、



「と、言ってもよホイッスル見ろよこの森を……

 これが父が求め守ろうとした物の一つなんだぜ、俺はこの森が好きだし、この森を離れる事は考えられねぇ……

 こんな貴族らしからぬ俺を、一体どこの物好きが好きになってくれるのかね?」


「そっ、それは……」


 今は戦火が絶えない時代。

 他の貴族が国の為に武勇を競うように奮起する中、俺は、この森と、屋敷を構える村の平和が続くのであればそれでいいと思っており、議題でもそれを主張する俺は、他の貴族からすれば臆病と映るのだろう。

 1ヶ月に一度必ず訪れる王都では、そんな蔑んだ眼で俺を見る貴族ばかりであり、同行するホイッスルも勿論それを知っている。


 そして、そんな俺の寄こされる御令嬢は当然と決まって訳アリな者。

 性格破綻者や、ネジがぶっ飛んでいる者、数々の家を追い出された者や、実は男でしたってのも居る始末。


 俺にだって選ぶ権利はあるって事で、



「どうせ今回も形だけの縁談で、結果は目に見えた破談なんだ。だったら俺がわざわざ出向く必要ないだろ?適当にくつろいで貰って、適当に帰って貰えよ。

 ホイッスル。俺は絶対ここから動かねぇからな……」


 そんな無駄な時間など取りたくない俺は、いつものように茂る草の上に寝転がり、身体を休める事にした。

 


「エイゼル様ッ!……

 はぁ……こうなってしまってはテコでも動かぬ……仕方ない。訳を話し、丁重にお引き取り申し上げてきます……」


 そうトボトボ足を屋敷に向け、歩き始めた執事のホイッスル。

 いつも一つの真直ぐな棒を、頭の天辺から足のつま先にかけて突き刺したようにピンと張る、締まった背中は歳相応に丸まり、心なしか、その背中から放たれる淀むオーラは、年齢より老けて見せていた。


 俺はこれで気兼ねなく今日一日を過ごせると、いつものように眼を瞑り、運ばれてい来る気持ちいい風を肌に受け、木々の揺れ擦り合う音色に、水のせせらぎの歌詞を乗せ、


 余計な事は一切何も考えず、それに只々耳を傾けた。



 

 俺が眼を覚ましたのは、太陽が頂点より少し行き過ぎた時間帯。

 ゆっくり眼を開け、寝惚けている俺の目の前に飛び込んできたのは、絹のように白い何か。

 見慣れないソレを確かめる為に、俺はソレを手で触れてみる事に。


 とても触り心地がいいソレは、至極超越の柔らかさを誇り、何故か、とてつもなく癒されるのだ。


 そして、そう癒しに浸る俺の頭上で、



「あのーーーっ、やめて貰っていいですか?訴えますよッ!」


 そんな渇いた声が聞こえ、顔を上げると……

 俺と同じように草の上で横になり、赤面し、俺から眼を逸らす女の顔がある。



「えっ……」


 俺は急ぎ、女性の胸部から手を離し、飛び起きた。



「なっ、何してんだよアンタッ!」


 女性もゆっくり半身を起こし、顔は少し怒り気味に、



「なっ、何って……つい私も寝てしまって……」


「なるほど。それは仕方ない。そう、此処には、そういう安らぎがあるのだから……

 いや、そうじゃねぇだろッ!女1人でこんな場所来てんじゃねぇよッ!野盗やらに遭遇して何かあったらどうするつもりなんだよッ!」


「何かって?……

 勝手に許可なく、胸部を揉みくちゃにされる事でしょうか?」


 胸を腕で隠し、身を捻り、俺から身を遠ざける態度を取る女は、睨みつけるような眼でそんな事を言ってきた。



「いやいや。俺のあれはマッサージという事で……

 いや、そうじゃねぇッ!ここはロワイヤル家の私有地。許可なく不法に侵入したアンタの責任だろッ!」


「なっ、失礼なっ、許可なら取りましたよッ!…」


「あぁッ!俺はアンタに許可を与えた覚えはねぇッ!」


「執事のホイッスルさんの許可を得て、私はこの場に居るのですよッ!それを何ですかッ、狼藉者のような言いぐさはッ、私に謝って下さいッ、実に不愉快ですッ!」


「何ぃぃ、ホイッスルの奴、勝手に……」


「所で貴方は何者ですか?……ホイッスルさんが言うには、領主は急を要する所用で手が離せない為、代わりにこの地を堪能しゆっくりくつろいで下さいとの事でした。

 ホイッスルさんは、私が自然を好いている事を存じておられたらしく、この場所をお勧めしてくれまして、散策していると倒れている貴方を見かけたのです。

 近寄ると寝ている事が分かり、揺すり起こしても起きず、余りにも無防備な貴方が心配で付き添っていたのですが、私も……その……つい、ウトウトと……」


 恐らくこの女は俺を、この森の管理人とでも思っているのだろう。

 しかしホイッスルの野郎、急を要する所要と言っておいて領主の俺が居るこの場所によりによってコイツを寄こすとは一体どういう了見なのだ。



 ニヤつくホイッスルの顔が脳裏に過り、俺の頭に血が上るのは仕方が無い。


 そう、俺の目の前に居る女は、今回の見合いの相手アーデルベルト家の御令嬢。

 噂違わぬ美貌の持ち主でありながら、その顔の半分は、眼球を中心とひび割れた青く光る、聖なる傷跡を残す、呪われた化け物。


 

 クレア・アーデルベルトだった。




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