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可愛いのは私だけでいい  作者: 柊ひまわり
2/3

指名


何でもかんでも私が一番じゃないと嫌。


いつからか私はそんなふうに思っていた。

高校の頃好きになった人とは全員付き合えたし、年上の先輩から誘われることも多かった。それは可愛いから。努力して可愛くしているから。努力もしないで「彼氏欲しい〜」などほざいてる人は心底嫌い。大嫌い。


鏡とにらめっこしながらいつもより少し派手なメイクをする。今日は仕事を当欠した。これから麗斗に会いにいく。麗斗は私の大好きな人。誰とも比べられないくらい。全身ブランド物の服に着替えて家を出た。


私と麗斗が出会ったのは新宿で女子会をした後、2次会の場所を探している時にたまたまキャッチに紹介されたホストクラブ。

少しほろ酔いということもあって 次の店を探すのも面倒だったからその人に案内してもらった。

通称"初回"と言われる初めて来店する際、特別コースとして1時間割もの、焼酎飲み放題で安く客を通すコースを利用した。

初回料金1000円と格安。


ホストクラブはドラマやドキュメンタリーで見る光景とは少し違う。華やかさ、賑やかさはテレビ通りだけど、泣いている客、怒りを露にしている客、ホストとイチャイチャしている人もいれば忙しい状況に目が戸惑う。


そのお店では1時間の間に10人程度のホストがテーブルについて接客をしてくれた。

焼酎の鏡月と割もののストレートティを丁寧にかき混ぜ作ってくれる。

ホストクラブとはいえ、レディファーストが過ぎていて正直悪い気はしない。


楽しく話していると、あっという間に1時間が過ぎた。最後にいたホスト達が延長して正規料金で飲むという"飲み直し"という制度を提案してきた。もちろん私は暇つぶし程度の気持ちできてるし断った。


エレベーターまで見送ってくれる送り指名と言われるものも初回内容に含まれていたけど、テーブルについた人をあまり覚えていないから貰った名刺を見直していた。


ほろ酔いが本酔いになりつつあって手元が緩くなり名刺を床に落としてしまった。拾おうと思うと既にホストが拾ってくれた。さすがホスト。瞬時に細いこと気づくなぁ、なんて感心していた。


ふと顔を上げると私は目を丸くしてしまった。小さな顔、筋が通った鼻、大きく鋭い瞳。細くラインのある身体。ドストライクすぎる...。


「落ちたよー!」


そう言って彼は私に名刺を渡す。それはまさに少女漫画で教科書をばら撒き、ヒロインが拾って渡してくれるようなベタなシーンのようだった。


「ありがとう...」


受け取ると彼はニコッと笑って顧客らしきテーブルへ戻ってった。人気がありそうなのはすぐ分かった。私は隣に付いているホストにすぐさま聞いた。


「ねぇ、あの人なんて名前?」


「え?あぁ、麗斗さんだよ!って、俺の名前も聞いてくれないのにえみりちゃんってば!!」


そんなツッコミすら耳に入らない。かっこいい。初めてこんなにストライクな異性を見た。会って30秒も経たないうちに彼の隣に座っている女への敵視して嫉妬心まで湧いた。


「飲み直し...私、麗斗くんと飲み直ししたい!」


近くにいた内勤さんに私はそう告げた。

友達は残ると言った私に驚いていたが明日仕事があるからと友達は帰った。少し待っていると彼はすぐ来た。


「指名ありがとうな!初めまして!...じゃないのか。改めまして、だね?麗斗です!えみりって名前でしょ?さっき違うホストから聞いたよ!」


ニコニコ話す顔もかっこいい。いかにも王子様というワードが似合う人って感じ。


「うん、えみり!麗斗くんがかっこよすぎて初回に付いてくれた他のホストくんなんて忘れちゃったよ」


「ほんとに?!でも、俺も今来てる初回の子すっげぇ可愛いってさっき裏行ってる時同期と話してたんだよ!だから、俺も嬉しい!」


相手がホストでも私は可愛いって思われる。絶対に私の麗斗くんにしたい。さっきまで麗斗くんが付いていた席の女が麗斗くんに相応しくないって思わせたい。


私はすぐにそう思い、その日を境に私の生活はがらりと変わるのだった。



ピピピピピー・・・。

突然耳に入ってくる爆音で私は目を覚ます。


着信だ。って、ここどこ。


身体を起こし周りを見渡すとそこは自分の部屋だった。それにしっかりパジャマを着ている。着信画面を見ると"麗斗"と記してあった。

あぁ、夢じゃなかったんだ。

私はすぐに出た。


「もしもし?えみり寝てた?」


「うん、おはよう〜。お家かえって爆睡だったよ」


私は電話越しから聞こえないように受話器を遠ざけてあくびをした。


「ごめんごめん!昨日はありがとうな!俺もあの後酔いまくっててすぐ家帰ったよ〜!」


そうなんだね、と返事をする。

麗斗くん、酔ってるようには見えなかったけど。あの後、他にも女の子来たのかな?昨日の今日でそんな重いことも聞けないし、少しへそを曲げてる自分がいた。


「同期のヘルプで飲んだんだけど、その女の子が飲ませ屋でさ。俺、ホストのくせにお酒苦手だからすぐベロベロになっちゃうの。笑うよね(笑)」


へへっと笑う。

なんだ、ヘルプで飲んだんだ。ヘルプとは席を盛り上げるために指名ホスト以外に付くホストのことだ。

指名客じゃないなら、と私は安心していた。


「あ、そうそう!えみり今日って暇?もし暇なら夜、ご飯行かない?」


その時はまだ純粋だったから突然の誘いに私素直に驚いた。口のにやにやが止まらない。


「うん!いくっ!」


「やったぁ!じゃあまた後で連絡するね」


あぁ、どうしよう!シャワーを早く浴びて念入りにメイクしなきゃ。私は慌ててお風呂場へ向かった。



19時に新宿アルタ前に待ち合わせ。

この時間から新宿の街は更に盛んで周りの空気を変えていく。

今から出勤するキャバ嬢、ホストへ行くホス狂い、夜職の紹介をするスカウト。

当たり前の事だけど、前に私が住んでいた三鷹と全く雰囲気が違う。

同じ東京でも数十キロでこんなに変わるんだな。

辺りを見ながらそんなことをぼんやり考えていると私の王子様がぴょこんと顔を出した。


「おまたせっ!えみり!」


大きな黒のハットを被って全身モノトーンのファッションは彼のスタイルを更に目立たせていた。


私たちは歩いて歌舞伎町へと向かった。

あまりお腹が空いていないと伝えると彼の行きつけという焼き鳥屋へ足を運んだ。


店に入ると大きな丸い囲いカウンターがあり、その中で焼き鳥を焼いてくれるらしい。奥に座敷もあったけどヒールを履いている私に気遣ってくれてカウンターに座った。

彼がおすすめの串を数本ずつ頼んでくれた。


「じゃあ、かんぱーい」


お酒が苦手な彼と少し二日酔いの私。

お互いコーラを片手にグラスを軽く当てた。


「昨日の今日でえみり会ってくれないかと思ってたよ。誘ってみて本当に良かった」


白い歯を見せながらニコッと笑った。


「麗斗くんから誘われて来ないわけないじゃない。本当に麗斗くんがタイプすぎてずっとお顔見ていたいくらい」


「そんなに褒められると調子乗っちゃうよ。でも、えみりも俺が会った女の子の中で一番可愛いから俺もずっとお顔みていたいくらい!なんてね!」


"一番可愛い"私はその言葉が世界で一番好き。そう言われるともっと可愛くなれる気がする。女の子は可愛いって言われた数だけ可愛く見える。


それに、自分の王子様的存在の人に言われたらもっともっと可愛くなれる気がする。


「あ、そうだ。えみりって何の仕事してるの?今日って平日だから普通なら昼間まで寝てないよね?」


私は飲んでいるコーラを吹きそうになった。


そうだよね。普通なら昼間まで寝てないよね。私普通じゃないのか、なんて1人で心の中で突っ込んでいた。


「私、専門学生時代からキャバクラでバイトしていて。専門学校は途中でやめちゃったのね。だからそれからずっとキャバクラで働いてるの。」


そう、私は現役キャバ嬢。

専門学校の友達にえみりなら絶対売れると思うと言われて紹介してもらった。その友達もお店で人気があったが私が入店するとすぐにナンバーを抜かした。でも、それがあまり面白くなかったのか友達は私が入店後速攻でお店を辞めたが、私はずっとそこで働いている。

いまはお店のママの次。ナンバー2だ。


「そうなんだ!えみり細いし上品だから似合ってるね!」


そういうといつものように白い歯を見せてニコッと笑った。いろんな話をしているうちに私は昨日よりも麗斗くんにどんどん魅了されドツボにハマっていった。


ふと時計をみるともう21時になろうとしていた。麗斗くんもお店の人にチェックをお願いしている。


「俺このあと出勤なんだけど、えみりともう少しいたかったな」


私はもうわかっていた。

さすがに自分もキャバ嬢なんだから。

私は今まで男の人にお金を費やすということをしたことが無かった。

アイドルや俳優の追っかけとかもしたことない。男は昔から向こうからきた。


どうする自分。少し考えたが、自分のお洒落のためにしかお金を使ってこなかったからそこらの20代よりかはお金はある。

こんなにストライクな人に会ったことはある?ここで関係が切れる方が私は嫌だった。彼の1番になるって決めたんだから。


「私も一緒に行っていい?」


あえて"同伴"と言わないのはホストと客という関係を空気感に出さない為のお互い気を使っているからだ。私がそういうと麗斗くんは笑顔でこっちを見た。


「来てくれるの!?ずっと一緒にいれるじゃん!嬉しすぎる!」


そう言ってお会計をした。麗斗くん嬉しそうだな。私はそんな笑顔を見るだけで幸せだった。

焼き鳥屋を出て、麗斗くんのお店 【club Guilty】へ向かった。歌舞伎町では有名な雑居ビルだ。


「麗斗くん〜焼き鳥、ごちそうさま」


「いいさー!俺が誘ったんだし!えみりこそありがとうね!さ、ついたよ」


エレベーターのボタンを押して招く。5階がお店だ。店内は既に盛り上がっていた。内勤がテーブルを決め案内してくれる。


「あー!えみりちゃん!昨日はありがとうねー」


麗斗くんが用意をしている間、携帯をいじって待っていたら昨日飲んだ人が声をかけてきた。名前はもちろん、顔もうろ覚えだ。


「あ、名前覚えてないんでしょ〜。なつきだよ!」


「昨日案外酔ってたから忘れちゃってた」


えへへ、と笑いながら心の中で"名前も覚えられないくらいインパクトなかっただけだってんの"と突っ込んだ。

なつきというヘルプが喋りかけてくれるが私は麗斗くん以外眼中にもないので携帯を片手にうんうん、と相づちを打ってた。


「えみり、おまたせ」


麗斗が来て私の隣に座った。

私は即座に携帯をテーブルに置く。

あぁ、やっぱりかっこいい。ダークなお店の雰囲気もあって男らしさがさらに倍増する。


私たちは地元の話や学生の頃の話、仕事の話など時間を忘れて話していた。

幸せで仕方ない。会ってすぐなのに分かる。私は完全に好きになっていた。

ヘルプもあいだに入ってこれないくらい私たちは2人の世界に溶け込んでいた。


だけど、そんな幸せな時間は長くは続いてくれない。

内勤が私たちのテーブルに来て失礼します、と言いながら麗斗くんになにか伝えてた。

キャバクラ勤務の私はすぐに分かった。指名が被ったんだ、と。もちろん私の予想は的中した。


「えみりごめんね〜。今日えみり来るっていうから誰も呼ばなかったのになんか来ちゃったみたい」


麗斗くんは申し訳なさそうに言いながらほかのテーブルへと向かった。


つまらない。

こんなにもつまらないものなのか。

ほかのヘルプが数人来て話してくれるが全く楽しくなくて、友達がいたせいかもしれないが昨日初回で盛り上がったのが嘘みたいだった。


「ねーえ、麗斗くんはいつになったら戻ってくるのー」


私はいつもの鏡月のストレートティ割りを片手になつきに聞いた。


「もうすぐ来ると思いますよ!その分の俺たちがいるんで!」


相変わらず明るく答えてくれたが私はそんなの求めていない。

キャバクラでも同じだけどお金を使ってくれるテーブルに長くいるなんて当たり前。

昨日の今日の客よりも前からのお客さんのところに長くいるのは分かってる。

分かってるからこそ楽しめないし嫌だった。


「俺のとこ戻ってくるの遅いよ!寂しいじゃん!」と前にお客さんに言われたっけ。今、やっとその気持ちが分かった。


「俺たちがいるとかそういうことじゃないのーー!どうしたら麗斗くん戻ってくるのよ!」


私はそう大きい声を出したがそんなこと自分でもよく分かってる。

なにかお酒を卸すことしかない。


ホストクラブではお酒を注文することを"卸す"ということが多い。焼酎のボトル、テキーラなどのショットグラス、シャンパン、高級ボトルのクリスタルなど。


でも、担当ホストが自分のテーブルに戻ってくるのはシャンパンからだ。斜め遠くから見える麗斗くんとその指名客。

楽しそうに笑ってるのが不愉快で、嫌で嫌で仕方ない。


ちょっとくらいなら。今までそんな経験がない私がそう思ってしまう。


「シャンパン入れるから麗斗くん戻ってきて」


その日を境に私の生活はガラリと変わり、キラキラな生活と泥沼な生活が始まるのであった。

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