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かませ犬、いかがですか?  作者: 鷲野高山
一章 かませ犬と名家の落ちこぼれ騎士
1/7

プロローグ 神のかませ犬

よろしくお願いします。

 かませ犬は、仕事と成り得るのではないだろうか。


 そんな突拍子もない考えに至ったのは、自身が正にかませ犬(それ)であったと散々に思い知らされてから、幾日。ぼんやりと、無意味に空を見上げていた時であった。


 誰の声を聞いたでもない。そもそも、考えるという行為すらしていない。

 だと、いうのに。

 何の前触れもなく、何の脈絡もなく。そこに至るまでにあったはずの過程を吹っ飛ばして。

 唐突に、まるでその一文が空から降りてきたかのように。

 少年は、そう思ったのだ。


 ――かませ犬。


 それは、物語等においては主人公、或いはそれに近しい人物の前に立ち塞がる壁。彼等が飛躍し、成長するための契機、経験。

 文面だけを見れば、成る程、主役ではないとはいえその存在は、重要なものであるに違いない。


 だが、一つ付け加えるとするならば。

 あくまでも、良く言えば、である。

 実際、それは普通どころか、かなり良い方――謂わばかませ犬の中でも上位に位置するかませ犬で。


 大抵のかませ犬はといえば。

 ポッ、と出てパッ、とやられて即退場など当たり前。

 以降、時折ちょろっと名前が出たり、過去の回想として再びかませ犬を繰り返したり。或いは、一切の出番どころか、名前すら上がらないこともある。

 ……いや、そもそも名前が登場するだけ、まだマシなかませ犬なのかもしれない。なにせ、名前すら与えられないかませ犬も、ザラにいるのだから。


 かませ犬という一括りの言葉にあっても、その中での、下の下。底辺の、底辺。

 名無しの、かませ犬。


 ――成る程、自分は正にそんな存在だろう。


 そんな風に、かませ犬という存在について。天啓の如き閃きにより、意図せず彼が考えを巡らせていた時だった。


『……いえいえ、そんなことありませんよ?』


 大人びているようで、何処か間延びした、女性であろう声。


 初めは、幻聴かと思った。

 呆気にとられたのは刹那のことで、少年は思わず苦笑を浮かべる。


 ――自己保身のために、幻聴すらさも味方のように、己は創り出したのか。


 そう、考えたのだ。


『かませ犬は、実に貴重、かつ重要な存在。……そう、非常に価値のある存在なのです』


 次いで、誰かが近くにいるのかと思った。

 声が続いたのもあるが、その口調が間延びしながらも妙に生々しく、自身の想像の範囲で創られたものと到底思えなかったのである。


 だが彼は今、晴れやかな昼の空の下、草原の中に腰を下ろしていた。

 近くには、隠れる場所はおろか視界を遮る物はなく。四方には、ただただ風光明媚な景色が広がるだけで、何者の姿もない。


『だから、そんなに自分を卑下をしないで。かませ犬であることは、決して恥ずべきことではありません……とは言っても、この声は届かないことでしょうが』


 やがて彼は、立ち上がってきょろきょろと。

 無論、目線が高くなったからとはいえ、条件はさほど変わりなく、見える景色もまた、それほど変わりはない。

 風に揺れる短い草の緑の中、やはりそこには彼以外の誰もおらず。


『……あら? あらあら? ……どうしたのでしょう、そのように突然辺りを見回して。一体何を探しているのでしょうね?』


 だというのに、彼の気も知らずか、呑気で他人事のような、その女性の声。


 予想外の出来事というのは、その事実だけで焦り、危機感を募らせるものだ。ましてやそれが、姿無き声ならば、尚更のこと。

 だが、少年に驚きはあっても、必要以上に怯えや焦燥感を抱かなかったのは。

 その声があまりにもおっとりとしていて、これっぽっちの敵意も、脅威も与えなかったからだろう。


 ――貴方、ですが。


 暫し、迷った末に。

 少年は、一言。その声に答えるように、口を開いた。

 幸い、彼以外の誰もこの場にいない。突如として彼が発した言葉は、奇異の視線を浴びることもなく。それはつまり同時に誰の反応もなく、只々空へと無意味に消えてゆくはずであった。

 普通、ならば。


『貴方?』


 ――ええ。


『貴方とは……なんでしょうね?』


 ――ん?


『私には、あの子以外に誰も見えないような気がするのですが……』


 ――…………。


『貴方とは、誰なのでしょうか?』


 ――だからその貴方だよ、貴方。


 素なのか、はたまた態となのか。いや、態とにしてはその声はいかにも自然すぎた。

 態とであれば、こう多少なりとも悪辣さが声色に混ざるはずである。


 つまり――察しが悪いというべきなのか、なんというか。


 脱力するより先にどうにも面倒臭くなった少年は、今度は迷うことなく間髪を入れずに答える。得体の知れないもの相手ということで、口調こそ乱雑にしていなかったが、それも崩れつつあった。

 ともかくそうして、再びぐるりと周囲を見回してみるが。やはり何の変化も、誰の姿もなく。


『――あら、あらあらあら? もしかして、私? 私の声が……届いているのですか?』


 ようやく、その声は対象が自分である可能性を考えたのか。


『……ふふっ、なんて、そんなはずあるわけありませんね。私の声が聞こえるほどのかませいぬ魂(・・・・・・)を持った人間など現れるわけ――』


 前半に驚きと困惑が入り混じったような声色。ただ、後半にはどこか諦めたような。己を茶化して紛らわせるかのように、そんな自嘲気味の響きが伴い。


 聞いたこともなく、同時に碌でもない予感のする不穏な言葉。

 そのはずなのに、こうも明け透けに言われると、やはりこの声(これ)は己が創り出した幻聴ではないかと、そう思い直した少年は。

 もうまどろっこしいと、途中でぶった切り。そして、これを最後の投げかけとしようと、問いかけた。


 ――何だ、貴方は。


 ぞんざいに、率直に。

 そも人であるかすら確証を得れないことから、その存在自体を問うように。

 誰、ではなく、何、と。


 だが、答えはすぐには返ってこなかった。


 返答を考えているのか。聞こえなくなったのか。

 それとも話さなくなったのか。或いは、いなくなったのか。

 依然、その姿を捉えることの叶わない少年には、どれであるかを判別することはできず。


 けれども声を上げることなく、只々少年は待ち。


 その間に風が、二、三度。

 草原を、少年の髪を揺らし、吹き抜けていった。


 ……何をしているんだ、自分は。いよいよ、頭がおかしくなったか。


 かませ犬が仕事になるかもしれない。そんなよく分からないことを考えてしまったのもその証左か。

 馬鹿馬鹿しい。そう、少年は元のように腰を下ろそうとして。


 ――やや、あって。

 彼女は、名乗ったのだ。


 戸惑いを残しつつ、されど間延びした中に。何処か自信を、誇りを感じさせる、その声で。


 ――私の名は、ペラ。

 ――かませ犬を司る神、ペラである、と。


 それが、彼等の始まり。

 人と、神。存在においては、その差に大いな違いはあれど。


 人のかませ犬と、神のかませ犬。

 そんな、かませ犬という立場においては変わりのない、両者の邂逅の瞬間であった。

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