ひかりと琴音
「え?」と声を上げたのはひかり。
けれど僕も――他のみんなも、ほとんど悩むこともなくうなずいて返した。
「はい。僕はそれで構わないです」
「ま、売ったときの儲けを考えるとちっと惜しいけどな」
「ああ、もちろんさ! 今回のひかりくんの活躍を考えればね!」
「ふん、異論はない」
「そうねぇ~。ホントのMVPはひかりちゃんだものね~♪」
「はい。立派な働きに対する当然の報酬ですね」
賛成するみんなに、メイさんは大きくうなずいてひかりの元へ。
「だってさひかり♪ あの報酬を使えば、ユウキくんとのリンク値も元に戻るはずだよっ」
「で、でも……」
「いいからいいから。ユウキくん、ひかりに渡してあげてくれるかな?」
「はい」
みんなの優しい言葉に、ひかりは一人だけおろおろうろたえている。本来ならドロップは皆で山分けするものだから困惑しているのだろう。
そんなひかりに取引要請を出し、《時の砂時計》を手渡そうとする。
けれどひかりはその取引を受けてもいいのか悩んでいる様子で、なかなか了承してはくれなかった。そしてその目は琴音さんの方に向いている。
メイさんが「あっ」と気付いて言う。
「ごめん琴音! まだ琴音の意見は聞いてなかったよね? その砂時計、ひかりにプレゼントしちゃってもいいかな?」
その発言を受けて、琴音さんがひかりのそばへ近づく。
「ひかり」
「こ、琴音さん……」
「それは……あなたにふさわしいと私も思う。だから受け取って構わないのよ」
そう答えた琴音さんのおかげで、僕たちを穏やかな空気が包んでくれる。
けれどひかりは、
「で、でも……受け取れないですっ。だって、これはみんなで頑張ったから得られたもので、わたし一人が貰うことは出来ませんっ!」
その声に、みんな一拍を置いて笑いだした。
「え、えっ? な、何かおかしかったですか? また変なこと言っちゃいましたかっ?」
慌てるひかり。
おかしくなんてない。
だって、それはきっととてもひかりらしい反応だったから。ひかりがそう言うだろうことは、みんなわかっていたんだ。
琴音さんが言った。
「ねぇひかり。一つ聞いてもいいかしら」
「え? は、はい」
「あなたは、どうしてあんな作戦を考えたの?」
「え……」
「わかっていたはずよ。あの作戦で、ユウキくんとの《リンク・パートナー契約》が失われることは」
「そ、それは…………」
押し黙るひかりに、琴音さんは淡々と続けていく。
「なのに、そんな選択をしてまであなたは私たちを助けた。体勢を立て直せば勝てる保証があったわけでもない。下手をすれば、契約を解除され、ボロボロになって帰るだけだった。なのに、どうしてあんな無茶なことが出来たの? そしてどうして私を信じられたの? 私たちは、あのときだって勝負の最中だったのよ」
途端に空気が変わる。琴音さんの顔つきは、とても真剣だった。
そんな琴音さんの表情と言葉に、ひかりは「あっ」急に声を上げ――
「そ、そういえば……勝負してたの忘れてましたっ!」
「えっ?」
思わぬ発言に琴音さんが目を点にし、僕たちも同じような反応になる。
ひかりは慌てながら言葉を探しているようで、
「ご、ごめんなさい! えと、でもその、勝負とかは関係なくってっ。ただ、みんながいてくれたらなんとかなるって、そう思ったんですっ。わたし自身は、こんな変な殴りプリで、みんなの役に立ててなかったけど。でも、みんなさえいてくれたら、勝てるって思っちゃったんです!」
「……それ、だけ?」
「は、はい。それに、琴音さんはすごく支援が上手ですから! 琴音さんさえ残ってくれていたら、絶対にみんなを助けてくれるって、そう、信じてましたっ!」
「ひかり……あなた…………」
「結果は、やっぱり思ったとおりでした! 琴音さん。みんなを助けてくれて、ありがとうございました!」
笑顔で琴音さんの手を握るひかり。
その目は本当に綺麗に輝いていて。
琴音さんはそんなひかりを見つめて――やがてうつむく。
「こ、琴音さん?」
心配そうなひかり。
琴音さんは言った。
「……メイ」
「なぁに?」
「勝負は、私の負けよ」
「うん、わかった」
優しくうなずいたメイさん。ひかりは突然のことにまた慌てだした。
「え、えっ? 琴音さん? ど、どういうことですか?」
「どうもこうもないわ。あの場で誰よりもユウキくんを……みんなのことを考えて動いたのはひかり、あなたよ。支援の、ヒーラーの役割を優先して一人だけ逃げ延びた私とは違う。あなたは自己犠牲も厭わずに仲間を救える、本物の聖職者だわ。だから、プリ失格の私の負け。私はきっと、ユウキくんにふさわしくない」
琴音さんはうつむいたままそう答え、ぽつ、ぽつ、と何滴かの雫が地面に落ちて滲んだ。
場は静まり返り、冷たい空気が流れる。
そんな琴音さんに、ひかりは答えた。
「そんな……そんなことないですっ!」
ひかりの大声に、琴音さんがその顔を上げる。
「だって、琴音さんがいなきゃ全滅してました! 地下9Fまでの攻略も、全部琴音さんがいたからやってこられたんですよ! みんなだって、琴音さんのことすごいって思ってるはずです! 琴音さんはわたしなんかよりずっとすごい憧れのプリです! わたしは、琴音さんみたいなプリになってユウキくんを支えられたらよかったかもって、たくさんたくさんそう思いましたっ! そんな琴音さんがプリ失格のはずないです!」
「ひかり……」
「だから……そんなこと、言わないでください。お願いします……!」
ひかりは琴音さんの胸元に顔をうずめてしまう。
琴音さんはそんなひかりを見下ろして…………やがて、うっすらと笑みを浮かべた。
「――ええ、わかった。もう自分をプリ失格だなんて言わないわ。だから泣かないで。せっかくイベントをクリアしたのに、これじゃ反省会みたいね」
「琴音さん……」
ひかりが涙で濡れた顔を上げる。
琴音さんはひかりの髪を優しく撫で、涙を拭いながら言った。
「けれど、やっぱりこの勝負は私の負けよ」
「で、でもっ、まだみんなの審査を聞いてないですし」
「そんなことどうだっていいの。私は、あなたの気持ちに負けたの。あなたがユウキくんを――仲間を想う愛に、ライバルの私さえも心から信じられてしまうその心に敬服して、感動したの。私自身が、あなたに気持ちで負けたと気づいたの。だから、私の負け。みんなもきっと同じ思いよ。すごく悔しいけど…………でも、すごく晴れ晴れしい気持ちだわ」
そのとき見せた琴音さんの笑顔は、今までで一番綺麗で、そして優しかった。
そんな琴音さんの言葉に、僕もみんなも心を打たれていた。琴音さんの、格好良くも清廉な決意に水をさせるわけがない。
「琴音さん……」
「ひかり。その呼び方はもうやめてもらえる?」
「え?」
「あなたは言ったわね。私と対等でいたいって。なら、私だけが呼び捨てで、あなたにさん付けされるのは嫌だわ。それは対等じゃない。敬語は……そうね、クセのようだからそれはいいけれど」
「対等な……」
「ええ。私は友達にさん付けされるのなんて嫌よ」
――友達。
その単語に、ひかりの目がまた潤んでいく。
「え、えっと……あのっ! それじゃあ琴音ちゃんでもいいですかっ!」
「ええ。それでいいわ」
「は、はいっ! 琴音ちゃん!」
「改めて言われると恥ずかしいけれど……今後もよろしくね、ひかり」
「琴音ちゃん…………は、はいっ!」
二人はギュッと手を握って笑いあう。琴音さん目尻もまた、光っていた。
琴音さんは言った。
「――だけど、あくまでも負けたのは今回の勝負よ。ユウキくんの相方はあなたでいい。でも恋人の座を譲るつもりはないから」
「え……えっ? ま、まだ勝負ってあるんですかっ?」
「当然でしょう。恋の勝負はそう簡単に決着はつかないのよ。ね、ユウキくん?」
そんなことを堂々と言ってのける琴音さんにひかりは呆然とし、僕たちは思わず笑ってしまった。
この人は本当にすごい人だって、そう思えたから。
「というわけだから、メイ。わたしもこのギルドのお世話になりたいのだけど」
「うんっ、大歓迎だよ琴音! はい、要請送ったよ!」
「ありがとう。な、何かこの名前は恥ずかしいわね……。それとユウキくん、あなたにさん付けされるのも、敬語で話されるのだって私は嫌よ。同じギルドメンバー同士、これからはもっと気軽に接してほしいわ。何よりひかりは呼び捨てなのに、私はさん付けというのが距離を感じて辛いの」
「え? あ、ご、ごめんなさ――ごめん! えっと、そ、それじゃあ……琴音?」
ちょっと照れるけどそう呼んでみる。すると琴音さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
「それからひかり、これからも私はあなたに遠慮しないわよ。ユウキくんをデートにも誘うし、スキンシップもしたいし、何度も告白をし続けるわ。気づいたときにはもう結ばれているかもしれないけど、覚悟しておいて。もちろんユウキくんもね?」
「え、えええ~!」
「ちょ! ま、待ってよ琴音さ――琴音っ! そういうのって前持って言う!?」
困惑するひかりと僕。けれどみんなは楽しそうに笑うばかりだ。
メイさんが愉快そうに言った。
「あはははっ! ユウキくんも大変だねぇ~。――でもでも、そう簡単にはいかないわよ琴音っ? メイの愛しいユウキくんは渡さないんだから♥」
「だからメイさんその演技いい加減にやめない!? 腕に抱きつかないでーっ!」
「ああ、そういえばあなたもユウキくんを狙っていたのよね、メイ。いいわ。あなたとも勝負しましょう」
「え、あ、あの、メイちゃん? 本当にユウキくんのこと……?」
「おいこらこんなときにふざけんなよメイ! ひかりも琴音も信じ込んでややこしいことになってきたじゃんか! こいつらあんまり冗談通じないタイプだってわかってんだろ! 生徒会も止めてくれよっ!」
「ははは。いやぁ、僕にはちょっと荷が重いかな」
「ふん、くだらん」
「青春してるわね~うらやましいわぁ~♪ 私も参戦しちゃおうかしら~♪」
「か、楓さんダメです! さらに話をややこしくしないでください! むしろ生徒会としては見張る立場ですよ!」
ワイワイと騒がしくなるたまり場で、僕はメイさんと琴音さんに左右の手を引っ張られて悲鳴を上げることになり、そこに楓さんまで入ってきて、それをるぅ子さんが止めようとして、レイジさんは苦笑していて、ビードルさんはいつもみたいに腕を組んで仁王立ちしていて、ひかりはおたおたと動揺するばかりで、ナナミがいつものようにメイさんの頭をハリセンで引っぱたいて落ち着かせようとする。
こんなみんなに囲まれる時間が――僕には、何よりかけがえのないものになっていた。




