パーティの絆
言葉を待つ僕に、琴音さんはズカズカと歩いてきて言った。
「ふざけないで」
その顔は近く、今にも触れてしまいそうなほど近くで。
真正面から、琴音さんは怒気の孕んだ声を発した。
だから僕は何も返せず、ただ謝ろうとして――
「なぜ、謝るの?」
と、琴音さんは言った。
僕は思わず「え?」と聞き返し、それから答える。
「なぜって…………だって、僕は、琴音さんをずっと騙していたことになるから……」
そうつぶやいた僕に、琴音さんはその眉尻をキリッと上げてさらに僕の方へ近づいてきて、僕は後ずさるように身を引いて岩壁に押しつけられた。
詰め寄ってきた琴音さんは僕の顔のすぐ横をバン、と手で押しつけ、いわゆる壁ドンの状態になる。その行動にはみんながざわついてしまった。
「それはつまり、あなたに騙されていた私が哀れだから謝罪するということ? あなたの強さに惹かれ、本当のあなたを知らずに好意を寄せていた私が惨めだからということ?」
「え……」
「もう一度言うわ。ふざけないで」
琴音さんの瞳は、真っ直ぐに僕の目を――いや、僕の心を射貫いていた。
そして琴音さんは言った。
「騙されてなんていないわ」
「え?」
「私があなたを好きになったことに、その指輪は関係がない。確かに、あなたのその強さに憧れを抱いたことはきっかけだったけれど、その強さを好きになったわけじゃない」
「琴音……さん」
「事情はわかったわ。けれど言ったでしょう。あの日から、私はずっとあなたを目で追ってきた。そして知ったわ。あなたがどういう人なのか。LROが本当に好きで、毎日クエストをこなしては笑い、勉強は少し苦手で、よく食べていたのは親子丼と塩鮭。そして何よりも、出会った仲間をとても大切にしていた。私は、そんなあなたを好きになったの」
「仲間……」
「ひかりが、メイが、ナナミが、私は、ずっと羨ましかったわ。だって三人とも、ユウキくんと出会ってから明らかに変わったと思うから。毎日、とても楽しそうにしていた。その空間を作ったのが、あなたのその“強さ”だと私は思わない。あなたがあなただから、ひかりたちは今もこうして笑顔でいられるのだと思っているのよ」
琴音さんの言葉は、まるで爽やかな風みたいに胸の深いところを流れる。
そしてまた、その強気な視線が僕に突き刺さる。
「だから私――怒っているわ」
「え」
「思い出して。私とペアで戦ったとき。私は、あなたと心を通わせられたような気がした。それがとても楽しくて、嬉しかった。あの感覚は私だけのもの? あなたは何も感じなかった?」
「それ……は……」
琴音さんの言う通りだ。
確かに僕も、琴音さんとペアで狩りをしたとき、すごく心地良い一体感を覚えていた。それはもしかしたら、心を通わせていたということなのかもしれない。
琴音さんは続ける。
「そんなことで、私のあなたへの想いが消えてなくなると思われていたことに腹が立つ。そんな女だと思われていたことにどうしようもなく憤っているわ。それはもう、人生で一番というくらいに」
その表情は明らかな怒りに満ちていて、けれど、瞳はどこか悲しげに光っている。
琴音さんはそっと僕の胸元に手を当て、それから身を寄せてきた。琴音さんの吐息やその温かさがじわ、と伝わってくる。
「え? え? こ、琴音さん?」
困惑する僕の胸元で、琴音さんはつぶやいた。
「もっと……もっと早く出会っていればよかった。もっと早くあなたに声をかけていればよかった。そうしたら、私だってあなたのことを支えられたのに。あなたがそんなに苦しむことがないようにしてあげられたかもしれないのに。どうして私はそうしなかったの。私は、勇気がなかった過去の私にこそ腹が立つの。今すぐ怒鳴りに行ってやりたい」
「琴音、さん……」
「お願いユウキくん。お願いだから、もっと、私のことも信頼して。少しずつでもいいから。ひかりや、メイや、ナナミのように…………私も……あなたの“特別”に……なりたいの……」
その声は震えていて。
怒りや、悲しみや、やるせなさや――そんな、琴音さんの本気の想いが込められていることが、痛いほど伝わってきた。
そして、こんなにも実直な人に想われている自分がとても幸せな人間であり、そして、こんな人から嫌われることしか想定していなかった自分の弱さに、僕もまたどうしようもなく腹が立った。
「……琴音さん、ごめん。ごめんなさい」
「謝らないで……なおさら惨めだわ」
「……うん。でも……ありがとう」
いろんな思いを込めた感謝の言葉だった。
琴音さんは、僕の胸に顔をうずめたままでうなずいてくれた。
そこにみんなが集まる。
「ユウキくんっ、琴音さんっ!」
「ふぁ~、琴音が詰め寄ったときはどんな修羅場になるかと思っちゃったけど、よかったねユウキくん。まぁ、琴音ならすぐわかってくれるだろうってメイさんの予想通りだったけどね! えへん!」
「ホントかよメイ。ま、ラスダン前に最悪の状況にならなくてよかったわ。つーかなんてタイミングて告白してくれんだよ」
「いや、けれどユウキくんがすべてを打ち明けてくれたことで、僕たちのパーティの友情はさらに深まったのを感じたよ! 今ならラスボスだってやれるさ!」
「ふん。つまらない話は終わりにしてさっさと行くぞ。先を越される」
「ユウキちゃん~琴音ちゃん~。さぁ、みんなで一緒に行きましょう~♪ ラスボスとレアが私たちを待っているわ~♪」
「ですね。それに、ひかりさんと琴音さんの勝負もまだ終わってはいないんですよ。話はまた、帰ってからにしましょう」
ひかりも、メイさんも、ナナミも、レイジさんも、ビードルさんも、楓さんも、るぅ子さんも、全員が、僕に笑いかけてくれる。
胸が熱くなった。
「みんな……」
琴音さんがそっと顔を上げて、涙を拭う。それからみんなを見回して、琴音さんもようやく笑みを浮かべてくれた。
それから僕の方を見て、
「――え? ユ、ユウキくん、どうして泣いているの?」
「あ、いや、ちょっと」
「にゅふふふー♪ メイさんたちの優しさが目に染みちゃったね? よしよし。ユウキくんが泣くときはいつでもこうしてあげるからね♥ メイさんの胸でお泣き~♪」
「あっ、わ、わたしもよしよししたいですっ!」
「いいよ~おいでひかり。ほらナナミも♪」
「だからあたしはやらねーって! 何でお前らそんなよしよし好きなんだよ! どんだけ母性あるんだよ!」
「んもー。ナナミもいい加減ツンツンするのはおやめよ~。もう十分ツンは溜めてあるでしょ? あとは『あたしもよしよしするぅ♥』ってデレちゃえば楽になるよ☆」
「んなことハートマーク付けていわねぇよ気色悪い! 素直になれないツンデレみたいに言うな! つーかラスダン前になんだよこれ! おいユウキさっさと次いくぞ!」
「う、うん。ごめん」
ひかりとメイさんが優しく頭を撫でてくれて、ナナミがそっぽを向きながら耳を赤くして、レイジさんがうなずきながら微笑み、ビードルさんが腕を組んだままわずかに口端を上げて、楓さんも楽しそうに僕のところへやってきて頭を撫でてくれて、一緒につれてこられたるぅ子さんまで恥ずかしそうに頭を撫でてくれる。めちゃくちゃ照れてしまったけど、琴音さんはそんな僕を見て吹き出すように笑い出し、そしてまた、琴音さんも僕の頭を撫でてくれた。
いやほんと、ラスダン前に何やってんだろう僕たち。
でも……なんか、本当に幸せ空間だった。
リアルでは、あんまり誰かと本気で話すことってなかったと思う。家族にさえ、僕は本音をもらすことはほとんどなかった。そういうのは苦手だった。そうやって本音で話して、誰かとの関係が変わったり、壊れたり、そんな風になるのが嫌だったからだ。
なのに不思議だ。
ここにきて、LROの世界で暮らし始めて。ひかりと出会って、みんなと知り合えて。
いつの間にか、僕は自分のことを知ってほしいと思うようになっていた。みんなに、ちゃんと本当の僕を受け入れてほしいと思うようになっていて、そして、嫌われてもいいからと、そんな覚悟で本音を語ることが出来た。そんな勇気を持てたことは、リアルじゃなかった。
「ユウキくんっ、いよいよクリアまでもうすぐです! みんなで頑張りましょう!」
ひかりが笑う。
みんなもまた、一緒になって笑っていた。
だから、僕も笑える。
「……うん! 行こうっ!」
そして、信頼しようと思った。
本当を僕を知っても何も変わらないでいてくれたこの人たちを信頼せず、誰を信頼するというんだ。
この人たちと一緒なら、きっとこの世界のどこまでもいける!




