料理対決、決着。
そして10分後。
ピピー、と笛の音がしてメイさんが手を挙げる。
「はーいそこまで! 完成した料理は、こちらでユウキくんと審査員分に分けさせてもらいまーす。ユウキくんと審査員の皆さまは少々お待ちを~!」
というわけで、僕とナナミ、生徒会のみんながズラリと机に横並びし、そこへひかりと琴音さん、メイさんが分けた料理を持ってきてくれた。
「それじゃあまずは琴音の方からです。どうぞ~!」
「お、お願いします」
どこか緊張した面持ちの琴音さん。
そうして僕たちの前に出された料理は――
「……ラ、ラーメン!?」
小さいお椀に分けられていたからちょっとわかりづらかったけど、透きとおるような色のスープ、卵色の麺、ネギやメンマや煮卵など、それは間違いなくラーメンである。美味しそうな匂いが空腹のお腹を刺激した。
「おい……ラーメンてマジかよ……つうかこんなのも作れるのかLROって……」
ナナミのつぶやきに、琴音さんは立ったままで答える。
確かにLROだと料理スキルさえあれば何でも簡単に作れるけど、ラーメンもあるとは知らなかった。スキルレベルによって作れる料理メニューも変わるから、琴音さんはスキルをだいぶ上げているんだろう。
「ええ。食材は用意されていたし、料理スキルも上げていたからね。スープは野菜類と煮干し、鰹節から。煮卵は特に自信はあるわ。私、リアルではよく妹たちにラーメンを作っていたの。一品しか作れないという制限があったから、一杯で完成する品にしたわ」
「お、おお……そうですか……」
ナナミが思わず敬語になるほど自信満々な様子の琴音さん。
「ユウキくん。冷めないうちにどうぞ」
「あ、は、はい」
何はともあれ、実食だ。
「いただきます」
まずはみんな僕の反応を待っているみたいで、僕は多少緊張してドキドキしながら箸で麺をすくい、それをするするとすすった。
「……! お、美味しい!」
そう言った瞬間、琴音さんの表情が明るくなる。
「ま、まさかラーメンとは思わなかったので驚きましたけど、スープの味もしっかりしてますし、あんまりしつこくない感じで美味しいです」
「ええ。さっぱり食べられるようにと作ったから。気に入ってもらえてよかったわ」
「はい……す、すごいですね」
「ありがとう。嬉しい」
そう言って笑う琴音さんは心から安心した様子で、そこで初めて琴音さんも緊張していたんだなってことがわかった。
そんな僕の反応を受けて、審査員席についたメイさんやナナミ、生徒会のみんなも小さなお椀のラーメンを食べていく。ひかりも一杯もらって試食させてもらっていた。そしてみんな一様に同じ感想をもらした。とても美味しい、と。
「よかった。みんな、ありがとう」
琴音さんがペコリと頭を下げるとメイさんがまた立ち上がり、今度はひかりと一緒にひかりの作った料理を運んできてくれた。
「それじゃあ次はひかりの料理です。どうぞ~!」
続けて僕たちの前に出された料理。
それは――お味噌汁だった。
「味噌汁……」
目の前に置かれたお椀から立ち上る湯気と、親しみ慣れたその香り。具はお麩とネギとわかめ。朝ご飯の定番中の定番だけど、でも、たった一品しか出せない料理で、ひかりはこの味噌汁を選んでいた。
「ごはんも他のおかずもなくてごめんなさい。けど、丁寧に時間をかけて作りました! どうぞ、召し上がってください」
「……うん」
やはり、最初にいただくのは僕の役目だ。
そっとお椀を手に取り、味噌汁を静かにすする。
鼻から抜けていく味噌の香りと、口内を通り抜ける温かさ。お麩の柔らかな食感に、風味を添えるネギとわかめ。絶妙な塩梅のしょっぱさがすごく心地良い。
「……うん、美味しい」
「よかったですっ! みなさんもどうぞ!」
ひかりが安堵の表情を浮かべ、みんなも味噌汁を食していった。
もちろん、みんな僕と同じように「美味しい」と感想を残し、静かに、そしてあっという間に完食してしまう。食べた後は、みんなどこか放心していた。
ひかりがお礼を言ったところで、メイさんはすぐに進行を続ける。
「二人ともお疲れ様でした! それでは審査員の皆さま、美味しかったと思う方――ではなく、ユウキくんの相方にふさわしいと思う方の料理を選んでください!」
ドキドキする時間も与えられないほど、すぐに結果が出る。
僕は審査員ではないから勝敗は選べない。
みんなはどちらを選んだのか。
その答えは――
「――はい、結果が出ました! なんと、6対0でひかりの勝利です!」
みんなが手の平で示したのは、ひかり。
満場一致で、ひかりの作った味噌汁だった。
「「……え」」
それにはひかりも、そして琴音さんも同時に固まる。お互いに予想していなかった結果なのかもしれない。
やがて琴音さんは言った。
「ま、待って。私、ラーメンの味には自信があったわ。なぜこんな大差で敗北したのか、その理由を教えて!」
当然の疑問だと思う。
そこでメイさんが言った。
「ひかり。良かったら琴音にも一杯あげてはどうかな?」
「はい。あの、琴音さん……どうでしょうか?」
「ええ、いただくわ」
そしてひかりがすぐに用意したその一杯をすすって――
「…………ええ。これは、私の負けね」
琴音さんはそう言ってお椀を置いた。
メイさんがそっと琴音の頭を撫でる。
「琴音のラーメンもすごく美味しかったよ。味だけなら、ひかりの料理に負けてない。味勝負だとしたら、メイさん琴音の方を選んだかもしれない」
「慰めはいいわ。この味噌汁は……優しい。ええ、とても、優しい味ね」
その感想に、僕たちはみんな揃ってうなずいていた。
「ひかりの味噌汁はさ、なんか、美味いだけじゃないっていうか……なんというか、すげえ安心した。だから、どちらかが相方にふさわしいかってことであたしはひかりにした」
「僕も同じような感想だよ。ひかりくんの味噌汁からは、とにかく愛を感じた。このお麩も……一つとっておいたんだけどね。ほら、可愛らしいハートの形をしている」
「朝の一品として考えるならば、やはり相方への細やかな気配りを随所に感じるのは味噌汁の方だった。オレはそれで選んだ」
「そうねぇ。ひかりちゃんのお味噌汁は……とっても懐かしくて、温かい気持ちにしてもらえたわぁ。今日も一日、頑張ろうって元気になれる」
「……はい。私も同意見です。けれど、どちらの料理もとても美味しくいただきました。ごちそうさまでした」
審査員のみんなは、とても満ち足りた優しい顔をしている。
味の勝負ならわからなかったのかもしれない。
けれどビードルさんの言う通り、朝の一品として考えたなら、やっぱり僕も、ひかりの味噌汁を選ぶ。
ガツンとパワフルな旨みを与えてくれた琴音さんのラーメンも美味しかったけど、やはり朝からラーメンというのはキツイと感じる人も多いだろう。だけどひかりの味噌汁はどこまでも優しくて、朝の身体にスゥッと染み渡るような感覚がした。美味しさだけじゃなくて、こう、心まで温めてくれるような、そんな美味しさだった。
料理に大切なのは、食べてくれる相手への思いやり。
それが、ひかりの味噌汁からすごく伝わってきた気がする。
きっと、琴音さんもそれがわかったんだろう。だから、自ら負けを認めたんだ。
「……ひかり」
「は、はいっ」
琴音さんがひかりと向かい合い、ひかりが姿勢正しく返事をした。
「悔しいけれど、すごく悔しいけれど、この勝負は私の負けだわ。あなたの味噌汁……私も、とっても好き。美味しかった。朝起きたとき、どちらの料理が食べたいかと聞かれたら……私もきっと、こちらを選ぶ。お母さんの味を……思い出したわ」
琴音さんは、そう言ってひかりにそっと笑いかける。
「琴音さん……わたしも琴音さんのラーメン好きです。美味しかったです!」
「お世辞は……いえ、あなたは本心で言っていそうね。ならいいわ」
「は、はい! もちろん本心ですよ!」
「ええ。あなた、面白い人ね。けど、次の勝負では負けないわよ」
「は、はいっ!」
どことなく温かい雰囲気に包まれる二人。勝負中だというのに、それは微笑ましい関係に見えた。
そうして片付けも終わりそうなところで、僕は琴音さんに声をかけてみた。
「あのっ、琴音さん」
「ユウキくん? 何かしら」
琴音さんがエプロン姿のままこちらを向く。
琴音さんは僕のために料理を作ってくれた。けど負けてしまった。これ以上、琴音さんに恥をかかせるのは申し訳ない。だって、僕の気持ちは最初から決まっている。
それに……僕はまだ、この人に隠している秘密がある。
だから僕は、ここで真実を話そうとしていた。
「あの……実は、話したいことがあって……」
しかし。
「――待って」
「うっ?」
琴音さんの人差し指に口を塞がれる。僕は驚いて言葉を止めた。
「言わないで。それは、すべて終わったときに聞きたいの。お願い」
なぜ琴音さんがそんなことを言ったのかはわからなかったけど、でも、真剣な瞳に見つめられては、僕はただうなずくことしか出来なかった。
「ありがとう。――メイ! さ、次の勝負を始めましょう。案内して」
「は~い了解! それじゃあみんな、次の会場へ移動しますよー! 次はちょっとしたダンジョンに行きますので、それぞれ万が一のために戦闘準備をしてから、そうだね、二十分後には正門の《リンク・フェアリー》前に集合でーす!」
そんなこんなで料理対決の一番勝負が終了。
次なる二番勝負に向けて、僕たちは準備を始めたのだった。




