寝落ちマーチャント《みゅう》の露店
そんなたまり場からの帰り道。
僕はひかりを寮まで送ろうと、夜の王都を歩いていた。夜といってもまだ早いから、露店も多く残っているし、この時間に露店散策するのもなかなか面白い。
そういえば、最近は夜限定のクエストも増えてきて、帰って即行で宿題を片付けてから、深夜までクエストの時間、というプレイスタイルをとる人も多くなっているとかなんとか。
リアルだと、学校から家に帰る時間とか、そこからまた目的地に行くまでの時間とか、準備とかにもいろいろ時間がかかってしまうものだけど、仮想世界のLROならそういう時間をほとんど省略出来て時間が作りやすいんだよね。昔やっていたMMOとかでも、リアルにこのスキルがあったら便利だなーとかよく想像したけど、まさにそれがリアルになったのがこの世界だ。便利すぎてリアルに戻ったときいろいろ戸惑ってしまいそうな気がする。
「――あ、ひかりごめん。ちょっとあそこの露店覗いてもいいかな?」
「はいっ! わたしもちょっと気になってたんですっ」
「あはは、ありがとう」
少し気になる装備が置かれていたため、ひかりを連れてある《マーチャント》の女の子が出している露店へ。
疲れているのか、栗色のおさげな髪型をしたそのマーチャントの子はこくんこくんと船をこいでしまっていた。LROの露店はシステム上万引きなんて出来ないし、自動売買システムがあるから接客なんてしなくても問題はないんだけど、目の前で寝られちゃうとちょっと心配にはなるよなぁ。
「へぇ……これどのモンスターが落とすんだろ……あ、こっちも見たことないなぁ」
「あ、ユウキくん見てください! このペンダント、とっても綺麗で可愛いです! あ……けどすごいお値段します……」
ひかりが指差したアクセサリーに目を向け、そっと手で触れてみる。
どうやらそれは《フラワリングペンダント(I+)》という名前で、既存の装備に細工したもののようだった。
商品説明のPOPにも、『いちばんのオススメ品です! 値引き交渉可!』と書かれている。
「ああ、これは《マーチャント》が二次転職出来る《エンチャンター》の細工スキルで作ったアクセサリーだね。使用する宝石とか金属材料次第で、出来上がるアイテムの能力がまったく違うから面白いんだよ。ピンからキリまであるけど、これはINTが底上げ出来る能力が付与されてるね。女の子専用アイテムだし、うん、納得の値段だ」
「そうなんですね~。それじゃあ、ナナミちゃんも作れるようになるんでしょうか!」
「うーん、ナナミはどうだろうね。とっくに二次転職出来るレベルにはなってるけど、先人の検証待ちで何になるか考えてるみたいだから。慎重派だよね」
「もしもナナミちゃんが《エンチャンター》さんになったら、アクセサリー作りをお願いしてみたいですっ。そのためにお金も溜めておかないとですね!」
「あはは、そうだね」
ひかりは手に取ったペンダントを嬉しそうに見つめている。
――そういえば、ひかりにプレゼントとか送ったことないよな……。
なんとなくそんなことを思って、ちょっと声に出してみる。
「えーっとさ……ひかり。それ、プレゼントしようか?」
「え?」
「いやほらっ、僕たちって相方同士なのに、その、僕ってあんまりひかりにプレゼントとか送ったことないよなぁって思ってっ。だ、だからそれ、良かったらプレゼントさせてほしいなって! あ、お金なら心配いらないからさっ。僕、こう見えてそこそこ甲斐性はあるほうなんだよ!」
なにせ宝くじで一等当てた男ですからね! 装備とか消耗品とか以前ナナミに貸したお金でだいぶ減ったけど、あのときのラピスがまだ少しは残ってる。それをすべて使えば買えそうだ。
「で、でも……受け取れないですよっ。これ、すごいお値段ですし、わたし、こんな立派なものをプレゼントしてもらえるようなことはなにもっ」
「いや、そんなことないよ。ひかりはいつも良くしてくれてるし、僕からの感謝の気持ちっていうかさ。それでもダメかな?」
「で、ですけど……」
こうなるのはわかっていた。ひかりはそういう子だって知っていたから。きっと一緒に外食なんてしたら、僕に奢られるのも戸惑ってしまうタイプだと思う。
けど、男として少しくらい格好良いところを見せたかったのだ。
するとそこで店主の女の子――《みゅう》さんが目を覚まして僕たちに気づいた。
「…………はれ? ああああお客さんっ! ご、ごめんなさい寝落ちしてました!」
「あ、すみません。ちょっと見させてもらってました」
「そ、そうでしたかっ……って、ユユユユウキさんじゃないですか! 生徒会長を倒したあの幸運剣士の人ですよね!? わぁわぁ! 本物に初めて会えました! あ、握手してください!」
「えっ? あ、は、はいっ」
突然立ち上がって頭を下げながら手を伸ばしてくるみゅうさんに困惑しつつ、その勢いに押されて握手する。みゅうさんは破顔して喜んでくれた。
「ありがとうございます! わ、私リアルでもちょっとミーハーで、有名人の方に会えてちょっと浮かれてしまいました……てへへ」
「そ、そうなんですか。でも僕、そんな大したやつじゃないですよ。それに、それほど有名人ってわけないかと……」
謙遜したわけじゃなく、本心でそう思っていた。
けどみゅうさんはすぐに早口でまくしたてた。
「いえいえそんなことありません! 私のクラスでも――あ、私女子クラスなんですけど、ユウキさんやレイジさんのファンの子って多いんですよ! 相方にするならどっちがいい~とか、付き合うならどっちがいい~とか! みんなそんな話で盛り上がってばっかりで……ってわぁなんか勝手なことしちゃっててごめんなさい! みんなを代表して謝ります!」
そして思いきり頭を下げるみゅうさん。僕はさすがに人目を気にして当惑した。
「ええっ!? いや、だ、大丈夫ですから頭を上げてくださいっ!」
「あ、ありがとうございます……あ」
と、そこでミュウさんの視線が移ったのはひかりの持つペンダント。
「えっと、ひかりさん、というんですねっ。あの、そのペンダント気に入られましたかっ? それ、私の相方の子が初めて作ったものなんですけど、結構な自信作みたいで!」
「そうなんですか? はいっ、すっごく可愛くて綺麗だなぁって思いますっ!」
「わぁ~~~! それ聞いたらあの子喜びます! 嬉しいな嬉しいなっ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶみゅうさん。見ていると和やかな気持ちになれてしまう人だなぁって思った。
それからみゅうさんは僕とひかりを交互に見つめて、「あっ」と何かに気づいたような声を上げて言った。
「も、もしかして相方さん同士でしたか?」
「え? あ、はい」
「はい、そうなんですっ」
「わぁ~~~……お似合いのカップルさんですね! あ、そうだっ。もしよかったらそのペンダント、ひかりさんへのプレゼントにいかがですかっ? お安くしますよ!」
「え、本当ですか?」
「はいっ! 握手してもらったお礼もありますし、こうして露店を覗いてもらえたのも何かの縁です! 《マーチャント》は人と人との縁を大切にするものだって教わりました! ですから……そうですね、よければ半額でお譲りしますよ!」
「「ええっ!」」
さすがに驚く僕とひかり。
いくらなんでも半額は値引きしすぎだった。だってこのペンダントは5Mもするものなんだ。それを半額なんて!
「いや、そ、それはさすがに!」
「いえいえいいんです。とりあえず相場を見て今の値段をつけてましたけど、別に高く売りたいわけじゃないから。相方の作った初めてのアクセサリーは、大事にしてくれそうな良い人にもらってほしかったんです。だから、お二人に買っていただけるならもっと安くてもいいくらいなんです。無料でもどうぞどうぞって感じですよ!」
「無料!?」
「はい!」
みゅうさんはニッコリと笑って応える。
こ、この人はちょっと良い人すぎるのでは。
なんか、値引き交渉とかされたらすぐ応じてしまうんじゃないかな。客側の僕の方が心配になってくる。ナナミが聞いたら「何言ってんだバカ!」とか指導始めそうだよ。隣のひかりもキョトンとして驚いていた。




