二人の勝負
そのときだった。
バリィィィィン、と、ガラスが激しく割れるような音がして。
スローモーションのような刹那の時間。僕は視界の端でわずかにそれを捉える。
大型のランスを構えたままのレイジさんが食堂のステンドグラスをぶち破り、その後ろにはるぅ子さんと楓さんの姿もある。
そして楓さんは僕の方にその杖を向けていた。
『――《シャドウ・バインド》』
「っ!?」
僕の身体が突然動かなくなる。見れば、僕の両手に黒いモヤのようなものたちが集まっていた。拘束呪文だ!
『――《アロー・ハウンド》!』
「ぐぁっ!!」
続けて、るぅ子さんの矢が凄まじい速度で文字通り猟犬のように僕の双刀に直撃。その勢いに体勢が崩れ、ダメージを受ける。
「《シールド・チャージ》!」
「きゃあっ!?」
その隙を見て盾ごとひかりに突撃したビードルさん。ひかりは思いきり吹き飛ばされ、ナナミも巻き込んで倒れてしまう。
「ひかり! ナナミ!」
そこで僕の動きを封じていたモヤたちが消え、僕はひかりの元へ駆け寄る。そしてその間にビードルさんは背後に飛び、レイジさんたちと合流してしまった。
「ひかり、大丈夫っ!? ナナミも!」
「うう~……へ、平気です……」
「あたしがへいきじゃない! 重いからどけっ!」
「あ、ナナミちゃんごめんなさい!」
HPが半分ほど削られていたひかりとナナミ。
メイさんがつぶやく。
「やぁ~、もう少しだったんだけどね。これはちょっちマズイかも」
僕もまったく同じことを考えていた。
レイジさんたちと合流したビードルさんは、既に楓さんの《ヒール》によってHPがじわじわと回復し、二次職で最も高い《パラディン》の自然回復力も合わさって、そのHPゲージはすぐ緑色の安全圏にまで回復してしまった。
「よく耐えてくれていたね、ビードル」
「ギリギリだったがな。楓、もういい。MPがなくなるだろう」
「《サモンエレメンタラー》は回復役としては貧弱で、《ヒール》レベルも低くてごめんねぇ~」
「遅れてすみませんビードルさん。ですが、間に合ってよかったです」
「彼らの作戦にはやられたね。しかしこれで、勝負はイーブンに戻ったはずだ」
レイジさんが僕たちの方を見て小さく微笑む。
「……くそっ」
思わず声が出た。
作戦は上手くいっていた。
あと数秒でもあれば、ビードルさんを倒してレイジさんたちを迎え撃つことが出来たかもしれないのに!
とにかく、このまま集団戦に入れば不利だ。一度態勢を立て直した方がいい。
でも相手との距離が近すぎる。警戒されている以上《ZOC》ではもう拉致は出来ないだろうし、一体どうやって逃げればいいのか、必死に頭を働かせてそれを考えていた。おそらくはメイさんも同じようなことを考えている。
するとそこで、レイジさんがゆっくりと僕らの方へ歩きながら口を開いた。
「さて、このまま四対四の集団戦になれば、僕たちの方が有利だろうね。君たちもそう思ったからこそ、先ほどのような作戦をとったはずだ。違うかい?」
その通りだった。
けど僕たちは何も答えず、僕はみんなを守るために双刀を構えて前に立つ。
レイジさんの足は止まり、彼はその場で語った。
「パーティーのジョブとバランス、レベルから見てもそれは明らかだ。けれど、生徒会専用ダンジョンで特別な成長をしてきた全員が二次職の僕たちが勝っても、それに何の意味もない。当たり前に有利なギルドが、当たり前に勝つだけだからね。それは対等な試合ではないし、僕はそんな戦いは望まない」
「……何が、言いたいんですか?」
勝って当たり前、という発言に多少憤りを覚えながら訊く。
するとレイジさんは、そのランスで僕を指し示して言った。
「こういうのはどうだろう? ユウキくんと僕で。対等に。《ブレイドマスター》同士で。一体一の勝負で決着を付けるというのは」
『え――』
想像していなかった言葉に、僕たちだけじゃなく、生徒会ギルドの人たちまで驚愕してしまっていた。
「もちろんタイマンだから、仲間の支援を受けるのはナシだよ」
「ちょ、ちょっと会長! 何を勝手なことを言ってるんですか! これはPVPじゃなくてGVGですよ! 今なら私たち四人で確実に倒せるはずです!」
「ああなったらもう無理よ~るぅちゃん。レイジちゃんたら、本当に困った子ねぇ」
「……ふん。だがレイジらしい」
そんな生徒会メンバーの声に、「ごめん」と苦笑いして返すレイジさん。
それからレイジさんはまた僕たちの方を見て言った。
「さっきは君たちの作戦に乗ったんだ。今度は僕の作戦に乗ってはくれないかな?」
決闘を突きつける者とは思えない爽やかな笑顔。
勝ちたいだけなら、このまま集団戦を始めればいい。にもかかわらず、それが対等な条件であるかのように語り、レイジさんは微笑んだ。
「ユ、ユウキくん……」
「おい……どうすんだよ、これ……」
ひかりとナナミが不安そうな声を上げる。
メイさんは言った。
「――ユウキくん。君が決めて」
「え?」
「相手が指名しているのは君だよ。だから、君に決めてほしいんだ」
「メイさん……でも……」
「それでどんな結果になっても、メイさんたちは後悔しないよ。というか、メイさんたちのギルドにとっては君こそが命綱だからね。そのユウキくんが選ぶ道こそ、最もギルドのためになると思うんだよ。どうかなひかり。ナナミ」
メイさんは笑っていた。
するとひかりも「はいっ!」と元気にうなずき、ナナミさんは「勝手にして」とため息をついている。
このギルドにとって、最も良い選択。可能性。
すべてを考えて、僕は答えた。
「……わかりました。レイジさんと、戦います」
途端に、レイジさんは今までにないほど嬉しそうに笑って槍を構えた。
「そうでなくっちゃ! さぁ、勝負をつけよう!」
僕も双刀を構える。
勝負が始まる。
その前にビードルさんが言った。
「おい、レイジ。一体一とは言ったが、俺たちが戦ってはいけない理由はないだろう。俺たちも好きにさせてもらうぞ」
「どうぞお好きに!」
「ふん、ならばいい。勝手にしろ」
ビードルさんの視線はひかりたちに注がれている。
僕は焦った。けど、
「ユウキくん! こちらは任せてください!」
その声に応えたのは、ひかり。
「ひかり……でも!」
「ユウキくんを一人では戦わせません! わたしたちも、一緒に戦います!」
杖を構えて、ひかりが進む。ビードルさんも歩み寄った。
楓さんが髪を撫で払いながら前に進む。
「レイジちゃんに付き合うのも大変だわぁ。それじゃあよろしくね、生徒会長を辞任した優等生のメイビィさん?」
「メイさんて呼んでくれていいんだよ楓。でもまぁそういうことなら、生徒会長を辞任した優等生のメイさんも頑張っちゃおうかなっ!」
メイさんもまた、それに応えるように歩き出す。
そして残ったのは二人。
「……あなたは生産型の《マーチャント》ですよね。《ハンター》の私が相手になってしまうのは、その、申し訳ない気がするんですが……」
「その通りだよ……せっかく戦わなくて済むと思ったのに……はぁ~……」
戸惑うるぅ子さんと、肩を落として前に進むナナミさん。
GVGイベント中という状況で、僕とレイジさんが異例のタイマンを行おうとする中、みんなはみんなでGVGを続けるようだ。
参加人数が人数なだけに、一回戦は他でも山ほど行われているだろうけど、注目度が最も高い生徒会とのバトルだ。おそらくこの戦いを観戦している人たちは大変盛り上がっているのだろう。
だけど、そんな歓声はこっちには届かない。
静寂に包まれた室内を、割れたステンドグラスの向こうから注ぐ光が照らす。
レイジさんが笑った。
「それじゃあ始めようか。――試合、開始だっ!!」




