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仮想学園の幸運剣士(ラッキーナイト) ~リンク・リング・オンライン冒険譚~  作者: 灯色ひろ
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鉄壁の騎士

 いよいよ生徒会ギルドとの戦闘がスタート。

 すると予想通り、まずはレイジさんの前にビードルさんが動いた。


「忘れるなレイジ。これは集団戦だ。やつらは俺が抑える。ダメージはお前がとれ」

「ビードル……いや、そうだったね。すまない。任せたよ」


 ビードルさんの言葉にレイジさんがうなずき、先頭で僕とビードルさんとが対峙する形となった。

 上手くいっている。あとはここからだ。


「ふぅ…………はっ!」


 一度深呼吸をしてから、僕は思いきり地面を蹴り上げて前方に走る。その動きを見て、ビードルさんも盾を構えながら前進してきた。


「でやあああああっっ!」


 低い体勢から流れるように双刀で盾を斬りつける。クリティカルダメージが炸裂するも、思った以上にダメージ量が少ない。この人、本当にガッチガチだ!

 けどそんなことで怯んでる場合じゃない。とにかく強引に手数で推し進める!


「はああああああああッ! 《双刀乱舞》!!」


 嵐のごとき十二連撃。斬る、斬る、斬る、斬る、斬るッ!


「――ぬっ、ぐ! おおおおっ!」


 わずかに後ずさりするビードルさん。その瞳には今までに見たことのない動揺の色が浮かんでいる。オールクリティカルの連撃ダメージが着実に溜まっていた。《ブレイドマスター》になったことでクリティカル補正値も上がった影響が出てる。けど、本当に硬い!どれだけ物理耐性あげてるんだこの人!


「ビードル! くっ、まさかこれほどとは!」


ビードルさんの背後からレイジさんが駆け寄ってこようとする。その間にも僕を襲おうとしていた楓さんの呪文はメイさんが相殺して消し去り、るぅ子さんの矢はナナミさんが《ハンター》対策に用意していた遠距離攻撃耐性の盾で持ちこたえてくれた。

 そしてレイジさんがランスを構え、僕に突撃しようとしている。

 だが、そうはさせない!


「ひかり!」


 僕が叫んだタイミングで、僕の背後に控えていたひかりが既に唱え終えていたその呪文を発動させる。


「はいっ! ――《ゾーン・オブ・クロス》!!」


 神聖域呪文。

 その聖なる輝きは術者であるひかりを中心として十字に広がって伸び、僕やメイさん、ナナミ、そしてレイジさんのランスさえ弾き飛ばす。だけど、ビードルさんだけはその十字のゾーンに包みこんだ。


「ぐうっ!? ――な、こ、このスキルは……!?」


 レイジさんは突然ひかりの呪文に阻まれて動きを止め、その背後ではるぅ子さん、楓さんも同様に困惑していた。

 当然だ。《ゾーン・オブ・クロス》――ZOCは《クレリック》の持つ上級呪文。周囲のプレイヤーを範囲回復する《セイクレッド・プレイス》――セクレと同等クラスのもの。

 ただし、ZOCはセクレのように回復支援を目的としたスキルではない。あくまでも殴りクレのためと思われるスキルで、ひかりのように《クレリック》の戦闘スキルを高レベル取得し、かつステータスも戦闘寄りにしていなければ、おそらくはスキルツリーにすら表れないスキルの一つだ。だから一般的な支援クレには縁がないものだし、レイジさんたちが見たこともないのは当たり前なんだ。


「これは……ふん、なるほどな。俺を閉じ込めたわけか。しかし、お前のようなか弱い女子(おなご)が俺とタイマンしようというのか?」


 ビードルさんは光の壁をコンコンとノックするように叩き、自分が十字の領域に閉じ込められたことと、そしてこのスキルの使い途を理解したようだった。

 ひかりは杖を強く握りしめる。


「わ、わたしの領域からは、逃がしません!」


 プレッシャーを放つビードルさんにも負けず、気丈に振る舞うひかり。

 僕たちは既に何度も検証を重ねて、このスキルの特徴はほぼ完璧に把握している。

 ZOCはターゲットしている相手のみを自分の領域に引きずり込み、その中で誰にも邪魔されず一体一のタイマン勝負を行うことが出来るスキルだ。

 それはつまり、一切の範囲攻撃を持たず一体一でしか全力を出せない殴りクレにとって、“環境を整えるスキル”と言える。

 そしてこの神聖領域は内部から出ることも、外部から侵入することも出来ない。その上、術者のひかりは領域内でHPが回復し続け、相手が闇属性なら持続の聖ダメージを与えることも出来る。殴りクレにはかなり有用なスキルなんだ。

 そしてこれは、使いようによっては対人戦にも非常に役に立つ。


「ふん。どういうつもりか知らないが、こちらにとってはありがたい。《クレリック》相手に負けるほど俺は柔らかくないぞ」


 盾を構えたままビードルが足を踏み出し、ひかりが身を震わせる。

 僕はメイさんとアイコンタクトを取り、そして叫んだ。


「よし……今だ! 逃げろひかりッ!」

「はいっ!」


 僕の合図でひかりが横へダッシュし、大広間の西の扉へ向かって脱兎のごとく逃げ出していく。メイさん、ナナミさんもそれに続いたのを確認し、僕もみんなを追う。すると、


「ぬおっ!? こ、これはっ!」


 驚愕に目を見開くビードルさん。

彼は背中から光の壁に押されるようにして、逃げる僕たちの方向へと強引に引っ張られていた。術者であるひかりが移動しているため、当然ZOCの領域も同時に移動している。そして内部から出られないビードルさんは自然とこうなる定めだ。


「くっ……そういうことかぁっ!」


 僕たちの目的に気づいたらしいビードルさんが叫ぶような声を上げる。


「レイジちゃん!」

「会長! 彼らの狙いはおそらく――」

「ビードルの孤立か! くっ! 先手を取られた!」


 レイジさんたちが急いで駆け寄ってくる。しかしもう遅かった。


「キャーメイこわーい! 《フローズン・ロック》! かける3!」


 ビードルさんを含め、こちらのギルドメンバーが大広間の西扉から廊下に出たところで、メイさんがその氷系呪文を連続で唱え、扉の前に巨大な氷塊を三つも出現させた。《ウィザード》に転職して詠唱速度が抜群に上がっており、しかもほとんどディレイがない。その動きには誰もついてこられなかったみたいだ。

 メイさんが氷山のような氷の向こうへ叫ぶ。


「正々堂々じゃなくてごめんねーレイジくん! さ、行くよみんな!」


 その隙に廊下を走り抜ける僕たち。

 氷塊のずっと向こうから、レイジさんのその声が聞こえた。 


「くっ……見事だよ! だが、すぐに捕まえる!」



 ――こうして作戦通りにビードルさんの拉致に成功した僕たち。

 王城内の食堂フィールドへ逃げ込んだところで《ZOC》の効力が切れて、僕たちはビードルさんが逃げないよう扉を塞ぐ形で対峙していた。他に逃げ場はない。長机がずらりと並ぶ室内には、ステンドグラスからの光が柔らかく差す。


「こんな戦い方ですみません。けど――勝つためですっ!」

「来い。謝る必要などない」


 再び双刀で斬りつけていく僕。ビードルさんはその盾でガードを続けるが、着実にクリティカルダメージが入っていく。

 さらにひかりも杖で打撃を加え、それはわずかではあったが、聖職者が攻撃してくること自体がビードルさんにプレッシャーを与えていたはずだ。何より後ろからはメイさんの大火力呪文がバンバン飛んでくる。さらにナナミさんが新しく取った《投擲》スキルでポーションを投げ、メイさんのMPを回復させてくれている。アイテムの直接使用は出来なくても、こうしてスキルで回復させることなら可能なため、GVGにおける《マーチャント》の重要度は見直されていた。

 そしてビードルさんのHPはわずか数十秒で半分をきっていた。


 ――よし、後はこのまま押し切るだけだ!


 と思ったとき、


「……ふん」


 ビードルさんの顔は涼しい。

 何か嫌な予感がした。

 すると、ビードルさんが盾を構えたままで叫ぶ。


「――《ガード・シフト》!!」


 途端にビードルさんの盾から光が差し、それが全身を包み込んでいく。


「っ! やっぱり持ってたか!」


 思わず声に出してしまう僕。

 模擬戦で戦った別の《パラディン》が使っていたのを見たことがある。

《ガード・シフト》は《パラディン》のHPが半分以下に減ったときにのみ使用出来る防御スキルで、一定時間HPを自動回復させながら、物理・魔法防御力が跳ね上がる上級スキルだ。その代わり時間内は一切の移動が行えず、攻撃やアイテム使用さえも不可能になるが、ビードルさんには持ってこいのスキルと言えた。


「俺一人ではお前たちに勝つことは出来ないだろう。だが、レイジたちがやってくるまでの時間稼ぎくらいは出来る」

「……レイジさんたちが来るってわかってるんですか?」

「ふん。仮にもヤツは学園最強と呼ばれる男だ。それくらいしてもらわねば困る。――さぁ、かかってこい!」


 盾の影からのぞくビードルさんの目は、力強く僕たちを捉えている。

 この人は強い。肉体的にも、精神的にも。

 勝機が薄いとみるや、いとも簡単に時間稼ぎをするためだけの戦いに移行した。たった一人で僕たちの猛攻に耐えるつもりだ。さらに、隙あらば攻撃をしてやろうという意志も感じる。

 僕は震えた。

 それでも、僕たちのチャンスであることには間違いない。

 だから戦う!


「……ははっ! 面白くなってきた! 行くよひかり!」

「はいっ! 《プリエ》×2!」

「はあああああああああっ!」


 ひかりが自らと僕に支援スキルをかけ、あとはひたすら全力で叩き続ける。メイさんの呪文が降り注ぎ、ナナミさんの投擲で僕らは万全の状態を維持していた。

 しかしそれでも、ビードルさんは微動だにしない。

 ただ静かに僕たちの攻撃を受け続け、耐え続けた。そのガードスキルの効果は絶大で、ダメージは先ほどの三分の一程度にまで減らされている。とんでもない堅さだ!

 だけど、やがてようやく《ガード・シフト》の効果が切れた。


「――ぐぅっ!」


 ビードルさんが苦しげな声をあげる。そのHPはもう一割も残っていない。

 この人は十分に活躍した。けれどもう――


「これで、終わりですッ!」


 僕はビードルさんに双刀を振り下ろし、最後の一撃を加えようとして――

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