黒フードの逆襲
――そうして露店を巡った僕たちは、ナナミさんのマーチャントネットワークや目利きのおかげもあって無事に満足のいく対人装備を集められた。これならGVGでも良い試合が出来るはずだ。
そんなみんながウキウキしていた帰り道のこと。
「さーて、そんじゃさっさと寮に帰って休むか……って、おお!」
一番先頭を歩いていたナナミさんが、中央通りの終わり――その端っこで出されていた露店へ駆けていった。僕たちは何事かとついていく。
「これ売ってんの初めて見た! ほし……いけどさすがに30Mは無理だーっ!」
「ナナミさんいらっしゃーい。ナナミさんが買ってくれるなら、25Mまでまけますよー。その代わり、今度は私にも良いアイテムを融通してくださいねー?」
「お、おう。でも25Mかぁ……」
交渉に悩むナナミさんに、僕はそっと声をかけてみた。
「ナナミさん? どれのことですか?」
「ん? あーこれだよこれ。《ヘルメスの耳飾り》ってやつ」
ナナミさんが指差すイヤリングのアイテムにそっと触れ、情報を得る。ひかりやメイさんも同じようにして、そんな僕たちを店主の女の子がニコニコ見守っていた。
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《ヘルメスの耳飾り》
種別:頭 重量:10 属性:無
装備補正値:DEF+1 INT+1 装備制限:なし
備考:富を司り商人を見守る神が使ったと云われる耳飾り。身に着けると、ラピスに愛されるようになるという。
特定モンスターを倒すとラピスを取得することがある。
特定スキルのラピス消費を半減する。
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「わかったろ? それがあれば普段の狩りにはもちろん、今度のGVGでも助かる装備なんだよ。他にもラピスが必要なクエストとかで優遇されるらしいしさ。あたし的には今一番欲しい装備なんだよ」
「ふむふむなるほどね。確かにナナミにはぴったりの装備だとメイさんも思うよ。け、けど25Mはさすがにメイさんでもどうしようもない額だね」
「み、見たこともない数字です~。でも、すごい装備ですねっ」
「はは、まぁな……今の市場じゃ間違いなくトップレアの値段だよ……」
25M……確かに高いけど、今の僕なら買えない額ではなかった。というのも、以前宝くじで当たった100Mがまだまだ残ってるし、それを使えば購入は可能だ。
今日はナナミさんにすごいお世話になったしな……おかげでひかりのお金も取り戻せたし……うん、プレゼントとしたら喜んでもらえるかもしれない。
「あの、ナナミさん」
「ん?」
そこで耳飾りをプレゼントする話をしようとしたそのときだった。
「――え?」
いつの間にか、僕たちのすぐそばに《黒いフード》をかぶった誰かが立っていた。
そしてその人物の名前は、先ほどの詐欺事件の犯人のもので――!
「――あ! お前こんなとこで何してんだ!」
彼に気づいたナナミさんが大声を上げる。
その瞬間、黒フードの《ユージ=K》が手元に持っていたアイテム――金色に光るランプのようなものをさすり始めた。
するとランプの先からもくもくと白い煙が出てきて、その煙の中からガチャガチャと金属音がなり、そして煙が晴れたとき、そこに全身を鎧でまとった鈍色のモンスター――《アビス・ナイト》が現れた。
「「「「っ!?」」」」
いきなりのことに動揺し、身動きの取れない僕たち。
「きゃあああああっ!!」
そこで店主の女の子が悲鳴を上げ、そのおかげで僕はハッと気づいてインベントリを操作。即座に戦闘用装備に替える。
『コォォォォォ――!』
こもった声を出す《アビス・ナイト》。
こいつは崩壊した城のダンジョンに現れる強敵で、相手の装備を破壊する能力を持った厄介なヤツだ。HPもかなりタフで、以前会ったときは僕一人で倒すのに結構な苦労をした。攻撃は回避出来たものの、武器やら鎧やらを予備も含めて何度も破壊されたからだ。
そんな《アビス・ナイト》は僕たちの存在に気づき、その鎧の隙間から赤い瞳を光らせ、剣を振りかぶって襲いかかってきた。
「! 危ないっ!」
「うわっ!」
狙われたのは、モンスターの一番近くにいたナナミさん。僕は咄嗟にナナミさんの手を引いて抱きしめ、その攻撃から助けだした。
「ナナミさん! 大丈夫ですかっ!?」
「あ……う、うん……」
ナナミさんは腕の中でじっと僕を見上げ、どこかぼーっとうなずいた。いきなりのことに戸惑ってるみたいで、僕は少し大きめの声で呼びかける。
「ナナミさん? しっかりしてくださいっ、ナナミさん!」
「え……あ、ああ平気! つーかあれ《呪いのランプ》じゃんか! ランダムにモンスターを召還するアイテムだぞ! いきなり街中でテロかよあの野郎!」
すると《ユージ=K》は再びランプをこすり、同じようにもくもくと煙が上がって、今度はまた違うモンスターが出現。
さらにもう一体、もう一体、もう一体と、なんと合計五体ものモンスターたちがいきなり街中に現れた。しかもみんな種族や属性が違い、普段は決して同じ場所には現れないモンスターばかりだ。
突然の事態に周囲の生徒たちがざわつき、逃げる人も多かったけど、状況を把握して多くの生徒たちが臨戦態勢をとって僕たちの元へ駆けつけてくれた。
「ちっ、たった五体かよ! まぁいいか、仕返しだ貧乳チビ! じゃあな!」
《ユージ=K》はこすっていたランプからもうモンスターが出てこないことに気付くとそれを投げ捨て、すぐにどこかへ逃げ出していく。
「お、おい待てコラっ! 貧乳チビって誰のことだよおい! ちょ、待てっ!」
「ダメですナナミさん! 戻ってっ!」
「え? ――うわああああっ!?」
遅かった。
《アビス・ナイト》の横薙ぎの剣がナナミさんへ直撃。戦闘装備じゃなかったこともあり、ナナミさんのHPゲージは一撃で半分以上も減って僕たちの元へ吹き飛ばされる。
「ナナミさんっ!」
なんとかその身体を受け止めた僕だけど……ああ、や、やっぱりだ!
あいつの攻撃が恐ろしいのはダメージだけじゃない。
そう、ナナミさんの装備は――よりによってワンピースの服は切り裂かれるように破壊されており、ナナミさんは一瞬で下着姿になってしまっていた!
「ナ、ナナミちゃん! 服っ、服がっ!」
「あらら。そういえばあのmobは装備破壊が出来るんだったね。とにかく早く着替えた方がいいよ~。にしても……むふふ。可愛い下着つけてますねぇナナミたん♪」
「いたたた…………へっ?」
ナナミさんが自分を見下ろしてようやくその状況に気づく。
それから、急速にその顔を赤く染めていって――
「きゃ、きゃああああああっ!」
「はぶっ!?」
鋭角なアッパーで顎からどつかれる僕。
ナナミさんのあられもない格好に、助けに来てくれた他の生徒たち――主に男子たちがみんなそわそわと落ち着かない様子で視線をさまよわせていた。そのせいで何人かの生徒がモンスターたちに襲われて大ダメージを受ける。
「も、もーなんだよこれ! おいこらユウキ!」
「は、はい!」
「いーから早くこいつら倒してくれよ! 今は代わりの装備持ってねーんだよ! そんで代わりの服なんでもいいから取ってこい~~~~~!」
「わ、わかりましたーっ!」
そんなこんなで半裸状態のナナミさんを敵から庇い、男子たちの視線からも守りつつ、僕たちは街中で突然のモンスター退治に精を出すことになってしまったのだった。




