露店巡り
翌日のことだった。
GVGに向けて着々と準備を進めていた僕たちは、その日の狩りなどは休みにして、みんなで王都の中央通りにやってきていた。もちろん、ここは今日も大混雑している。
「なぁカレシ。お前の装備はともかくさ、ひかりの装備はちゃんと見てやれよ。あいつ初心者だし、目利きもないだろうからな。まぁ……今のLROで殴りクレの装備なんてそうそう売ってないだろうけど」
「ですね、わかりました。あとカレシはやめてくださいってば」
「だから同じようなもんじゃん。って、この流れ定番になってきたな」
ナナミさんと並んで歩きながら話をしつつ、前方ではしゃぐひかりとメイさんの後ろ姿に目をやった。
ひかりの頭には狐耳。メイさんの頭にはウサ耳。ファンタジー風の衣装に身を包んだケモ耳コンビがその耳を揺らして歩く姿は、リアルで考えるとコスプレみたいなものであり、そう思ったらちょっとおかしいはずなのに、もはやこっちがリアルになっている僕には違和感すらないのが自分で恐ろしかった。最近はケモ耳装備の人もちょっと増えてきたし。
「あの、ナナミさんちょっといいですか?」
「ん?」
「ずっと思ってたんですけど、ひかりの装備って値段の割に実用性は低いですよね? 今も装備してる《金色の狐耳ヘアバンド》とか《赤いワンポイントリボン》とか……それに《祝福のホワイトローブ》も」
「あー、まーな。狐耳はあれで実用性は結構高いけど、でも、その三つだけでクレの主要装備が全部揃って大量におつりがくるレベルだよ。でもまぁ他のに比べれば性能はそこそこだし、一番の見所はやっぱ可愛さだな」
「た、確かに可愛いですし、ローブなんかは闇属性には強いですけど……でも、あれより実用性の高いクレ装備っていっぱいあるんですよね? 僕はクレとかの装備はよく知らないんですけど……」
「そりゃあな。けどカレシも知ってるだろ? あれは別にひかりが自分で選んで買ってるわけじゃなくて、杖以外は全部メイの趣味でプレゼントだからな。可愛けりゃ何でもいーんだよあいつは。ひかりは相当押しつけられてるから、かなりの数持ってるはずだぜ」
「あ、そ、そういえばそうでしたね」
思い出す僕。
以前、ひかりからギルドに誘われてメイさんに会ったとき、メイさんがひかりに狐耳やらをプレゼントした事実を知ったんだった。そしてひかりは律儀にそのプレゼントされた装備を身に着けているのである。
つまり、あの狐耳もリボンもフリフリ可愛いドレスのような法衣もブーツも、すべてメイさんのセンスということだ。いやセンスは最高だけど! けれども!
「えっと、じゃあひかりって、まさか着せ替え人形みたいになってます?」
「そ。当たり。ひかりがネトゲ初心者だってのをいいことに、自分の趣味全開の装備を買い与えまくってんの。メイのやつ、マジでそのために金貯めてるからな」
「ええっ! そ、そうだったんですか! いや、メイさんなら納得は出来るけど……ていうことは……も、もしかしてナナミさんも……?」
と思ってナナミさんの格好を改めて見てみるも、ナナミさんはごくごく平均的な《マーチャント》らしい露出も控えめな装備だ。
ロングスカートでしっかり足も隠しているし、これといって可愛らしさを前面に押し出した装備は身に着けていない。だからといってナナミさんが可愛くないというわけではまったくなくて、むしろそういう町娘的な感じが似合ってて可愛いんだけども! さすがに面と向かっては言えないけども!
「ん。最初はタダで装備くれるからってすげー喜んだけどな。ていうかそれにつられてギルド入ってもいいかって思ってきたんだし。けどケモ耳系装備とか、ひらひらしたドレス系装備とか、水着みたいなエロい服とか、可愛すぎる装備多すぎて趣味あわねーから貰うのやめた。売っ払うのは……さすがにちょっと気が引けるしな。ま、そんなわけで今は、メイの金はひかりに貢がれまくってるってわけ」
「そ、そういうことだったのか……」
前々から思ってたことではある。ひかりは初心者の割に豪華な装備をしていて、以前はそのケモ耳装備とかひかりの趣味なのかなぁって疑問だったけど、全部メイさんの趣味なんだよな……。いやまぁめちゃくちゃ可愛いからメイさんのセンスすごいんだけどね。ひかりって街を歩いてるだけで結構他の生徒たちに見られるし。
「まー普段はそれでもいいけどさ、GVGだとそうもいかねーだろ。対人特化とはいかないまでも、もっと手頃で硬い装備見つけてやれよ。あたしも探してやるから」
「あ、はい。そうですね。わかりました」
「ほら見ろ。メイはさっきから趣味装備しか目に入ってねぇ。あれは絶対役に立たねーからな。しっかりしろよカレシ」
「だからカレシじゃないですってば」
苦笑しながら周りの露店を見渡し、人通りの中をゆっくりと前進。そのままみんな自然とばらけていき、各々が見回りを始めた。
今日の目的はそう、露店の装備である。
MMORPGにおいて、装備とは実はステータスやスキル以上に大切なものだ。何せステータスがオール初期値だろうが、装備がずば抜けたトップクラスの物ならば、一般プレイヤーにはそれだけで勝てるだろうし、例えばスキルが弱くても、それを補う専用装備だって山のように存在したりする。特定のモンスターや対人戦に特化したものだってある。
まぁ、今のLROにはまだまだ情報そのものが少ないし、そもそも未知の装備やアイテムがそれこそ星の数ほどあるだろうから確かなことじゃないけど、とにかく装備は一番と言っても過言じゃないほど大切なものなんだ。
そこで近くの露店を見ていたひかりが僕のところへ駆け寄ってくる。
「ユウキくんっ、ここはやっぱりすごいですね。なんだか、リアルのフリーマーケットみたいで楽しいです!」
「店がだいぶ増えたからね。それよりひかり、何か良い装備見つかった?」
「それが……今までメイちゃんに装備を見てもらっていたので、いまいちどれがいいのかわからなくて……。メイちゃんは、『今のままで良いんだよ!!」って言ってくれますけど……」
「ああ、熱弁するメイさんが想像出来る……メイさん的にはそりゃあ自分好みの今のままのがいいよなぁ」
「だからあの、ユウキくん、よかったら一緒に見て教えてもらえませんか?」
「うん、もちろんいいよ」
気軽に答えれば、ひかりの目がパァッと輝く。これくらいのことでこんな顔をしてくれるんだから、むしろこっちが嬉しくなるよ。
「けど、その服は基本防御が高いはずだし、闇属性耐性もあるから今はまだいいかな。欲しいのは頭装備と武器と……あとは靴辺りかな」
「頭装備ですか……でもでも、わたし、これ気に入ってるんですっ!」
「え? 狐耳を?」
「はいっ! メイちゃんがくれたものですし、初めて着けた頭装備なので、思い入れがあって……ど、どうしても外さなきゃダメでしょうか?」
ひかりが上目遣いに僕を見つめ、頭上の狐耳がぴょこぴょこ揺れる。
うう、そういう目をされると弱い。というかあの狐耳ってどういう仕組みで動いてるんだろう……。
「わ、わかったよ。気に入ってるものなら無理に外す必要はないしね。それに、確か狐耳ってAGI上昇効果がついてたよね?」
「あ、はいっ! 5上がるみたいです!」
「5も!? あれ、実は狐耳ってめちゃくちゃすごい装備なんじゃ……ほ、他に何か付属効果ある?」
「えっと…………あ、攻撃スピードが上がる効果もありますね」
「マジか! やっぱり頭装備はそのままでいいよ! むしろそのままの方が良いと思う! ひかりに合ってる神装備かもしれない!」
「え? そ、そうなんですか? わかりました。えへへ、良かったね~狐耳ちゃん」
胸元に手を当てて安心した様子のひかりは、頭の狐耳に触れて話しかけていた。
そっか……メイさんだってひかりの事情は知ってただろうし、だからあえてひかりの特性に合った可愛い装備をプレゼントしたのかもしれない。あ、そういえばナナミさんも実用性結構あるって言ってたしな……。
ていうか僕も、ひかりといえばこの狐耳、みたいなイメージが固まってきてしまっていたし、色的にもひかりの金髪にはものすごく似合ってるし、赤いリボンもしっかり映えてる。メイさんの美的センス恐るべしだな。
「よし、じゃあ他の装備を探してみようか。そうだな……ひかりはやっぱり長所の打撃力を伸ばす方がいいかも。もしくは、低めのINTを補ってくれるようなものもいいね。そうすればスキルも今より多く使えるようになるし、狩りも楽になるはずだよ。後は装備じゃないけど、合わせてステータスポイントを少しINTに振っておくだけでも違ってくると思う」
「なるほどです~……お金もあんまりないですし、大事に使わないとですねっ! ポイントも、次にレベルが上がったらちょっと振ってみたいです!」
「だね。僕も武器はいいとして、他の装備を新調したいかなぁ……」
ひとまずひかりの相談は終了。ひかりに合う装備も探しつつ、自分の物も見繕いたい。
なんて思っていると――
「わー! みんなこっち来て! 見てみて! 《ウサギのヘッドドレス》だって! なにこれカワイー初めて見るよ~どこで手に入るんだろう! すみませんこれくださーい!」
「おいコラ待てメイ! GVGのための装備調達に来たんだろ。何いきなり趣味装備を買おうと――ってこいつホントに買いやがった! しかも3Mもするじゃねぇかああああ!」
「えっ! ちょ、メイさんマジで買ったの!?」
「メ、メイちゃん即決です……!」
「はっ! つ、つい買っちゃったよ~。もうお金なくなっちゃった。てへっ♥」
「てへじゃねええええ! 返品しろおおおおおおッ!」
「イ、イヤだよ! こんな可愛くて珍しいレア装備他にないもん! メイさん絶対に返品しないからね! ナナミが着けてくれるなら考えないこともないかもだけどね!」
「あーあーわかった着けてやるから返品しろ!」
「えーそこは断ると思ったのにっ! や、やっぱり返品しないもん! 返品しないしナナミにも着けてもらうんだもん!! やだやだやだもん!」
「幼女かお前は! いいからそれを離せ!」
「いーやーだーよー!」
メイさんとナナミさんによる《ウサギのヘッドドレス》争奪戦が始まる――かと思ったけど、当然アイテム権限はメイさんにあるからナナミさんにはどうしようもないわけで。
「くっ! こいつ……GVG言い出しっぺのくせに……! はぁ、もうしらん! 勝手にしろ!」
「やったーお許し出た! ねねひかりひかりっ、ちょっとつけてみてくれる? ね? メイさん一生のお願いっ! はいこれっ!」
「え? あ、は、はい。わかりました。……えと、どうですか?」
メイさんから《ウサギのヘッドドレス》を受け取ったひかりが、狐耳を外してそれを装備。
ひらひらの可愛らしい装飾が施されたヘッドドレスと、そこに付いた真っ白なウサ耳がふわふわと頭上に揺れる。それはひかりの可愛らしいルックスにぴったり合っていて、僕は思わず見惚れてしまった。メイさんにGJをあげたい!
「ふわあああああ……か、かわいすぎるよぅ……♥ うさたん天使……メイさんしあわせ……はぁはぁ……スクショ連打しちゃうぅ~……♥♥♥ ひかりにプレゼントするね~♥」
「メ、メイちゃん恥ずかしいですよ~っ。あっ、ユウキくんはどうですか? これ、に、似合いますか?」
「あ、う、うん。か、可愛いと思うよ! すごく!」
「ほ、本当ですか? えへへ……それならよかったです……。でも、こんなに高いもの、受け取れません。わたし、もう十分メイちゃんによくしてもらってますし、こんなにもらっても、装備しきれないですから」
「ええ~……そ、そっかぁ……わかったよ……」
照れ笑いして《ウサギのヘッドドレス》を外し、メイさんに返却するひかり。メイさんはしょんぼりとそれをインベントリにしまった。返品はしないのか!
「それに……わたしはやっぱりこの狐耳が好きなんです。今はもう、着けてないと落ち着かない感じになっちゃいましたし」
「ひ、ひかり……メイさんを励まそうと……? うう、優しい子だねぇ! よし、それじゃあいつかひかりやナナミやユウキくんが着けてくれる日のために大切に取っておこうっと!」
それを見てナナミさんが深いため息をついて目を細め、チラリと僕を見て言う。
「わかったろ。こうやってひかりは可愛いレア装備まみれの初心者になったんだよ……。他にも山ほど持ってるぜ、メイのやつ。ファンシーショップ開けるレベルだよ」
「な、なるほど……。よし、僕がなんとか普通の装備も見繕います……!」
とまぁ、MMORPGにおいて最も大事な装備だけど、メイさんのように性能はあまり重要視せず、見た目重視のいわゆる趣味装備に大金を叩く人もネトゲにはたくさんいる。そういう十人十色なところこそ現実の縮図とも言えるかもしれないな、なんてことを僕は思った。




