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リサ先生の簡易チュートリアル

 入学式を終えた僕たち五万人の生徒は、ゲームマスターの人たちによる《ワープゲート》というスキルで新しい学舎へと転送され、講堂を後にした。


 今日から僕が通うことになるのは、LROの中で最も大きな街らしい、《王都セインガルド》の東にある巨大な学園校舎。

 リアルだと、五万人もの生徒が一つの学園に入ったらとんでもない規模の校舎やら土地やらが必要だけど、ていうか無理だろうけど、仮想現実世界なら内部空間は自由に作れるし、十分に可能だ。

 とは言っても、この校舎もさすがに五万人が通える大きさではないけど、中の空間は見た目よりずっと広いのだろう。そう考えると、仮想世界での学園教育というのは利点も多いのかもしれないって思った。


 そうして僕はその校舎の教室――高等科『1年1組』で担任の話を聞いていた。


「――はい、みんな揃ったかな? 私が担任教師の《[TC]リサ》です。教師でも名前は自由にしていいらしくって……気軽にリサ先生って呼んでくれると嬉しいかな」


 リサ先生はぱっつんスタイルの髪型が似合う少し童顔の女性で、なぜか服装はジャージ姿だった。

 何でもリアルじゃジャージ姿なことが多いらしくて、ゲームの中でもこういう服が安心するのだとか。ま、まぁ確かにLROはすごいリアルなゲームだから、ちゃんと服の着心地とかも再現されてるしね。世界観にはまるで合ってないけど。


「うん、それじゃあ次はみんなに自己紹介してもらおうかな。はい、出席番号順にお願いします!」


 リサ先生の指示により、リアルの学校と何も変わらない流れで自己紹介がスタート。

 当然知り合いなんて一人もいないんだけど、奇抜な髪型や髪色のキャラメイクをしている人たちもたくさんいて、出身地も全国バラバラだったりと、普通とは違う流れがちょっと面白かった。中には外国の人もいるけど、自動翻訳機能があるから会話も日本語で解る。

 また、特に女子は外見にこだわっている人が多くて、リアルじゃありえないキャラクターメイクも見ていて楽しい。

 ちなみに僕は、リアルとあまり差違のないごく平凡な黒髪の没個性だ。こういうところに性格は出ると思う……。


 そんな自己紹介をしつつ、僕はみんなの服装にも目を向けていた。

 このLROの学園には制服という決まった衣装がなく、みんなが同じような無個性の軽装姿だ。リサ先生の話では、《スチューデント》という初期のジョブではみんな自動的にこの服装でスタートするらしい。

 けど、LROの大きな特徴の一つとして、どんなジョブに転職しようが衣装は固定されないという自由があるために、個性がかぶりにくいというのがある。

 学園には服装規則だってないし、今後はいつでも自分の好きな服で好きな格好が出来るということだから、明日からはもう服装もバラバラなんだろう。そこでまた性格が出そうだ。


 やがて僕の自己紹介もサッと終わり、全員の挨拶が終わったところでリサ先生が再び話し始める。


「はーい、みんなありがとう。これからはクラスメイト同士で仲良くしようね!

 さてさて、大抵のことは入学式で聞いたと思うけど、次は学園生活のルールを説明しようかな。

 みんな、《リンク・リング》を装備している方の手で宙にマルを書いて、《学園パンフレット》アイテムを開いてもらえるかな?

 あ、もしも各種コマンドやインベントリの使い方がわからない人がいたら、今のうちに遠慮なく聞いてほしいかな」


 どうやら「かな」が口癖っぽいリサ先生の言葉に従い、僕は《リンク・リング》という全生徒に配られた指輪を装備している右の人差し指で宙に小さなマルを描く。

 すると、目の前に『リンク・メニュー』と呼ばれる数珠型のスクリーンメニューが立体映像のように現れた。

 そこからは各種ステータスやスキルの確認、インベントリから所持アイテムのチェック、パーティーを作ったり専用のチャットルームを作ったりと、様々なことが出来る。LROでのすべての基本となるコマンドだ。

 また、『リンク・メニュー』は口頭でつぶやくことで開くのも可能で、実際そうしている人も多くいた。


 そして僕はメニューからインベントリを開き、その中にあった《学園パンフレット》という貴重品アイテムをタップ。

 タイムラグもなく、すぐに僕の手元に本物のパンフレットとしてそれが出現した。おお、すげぇ便利!


「みんな、パンフレットは用意出来たかな? 

 ……うん、大丈夫そうだね。それじゃあ学園生活でのことを説明しょうかな。

 みんなは今日から高校生として、この校舎で私たち『教師』と一緒に学んでいくことになります。教師は名前の前に[TC]表記がされてるからすぐにわかるかな。

 それと、ゲームの中だからって勉強することは何も変わりません。

 国語も数学も、こうして座学で勉強します。テストも当然ありますよ。

 ただ、中には体育の授業みたいに風変わりなものもあります。体育は、外のフィールドでモンスター退治をしにいったり、クエストをやったりすることもあるみたい。ああ騒がない騒がない!」


 LROはあくまでも学園生活を送るためのMMORPGだけど、やっぱりみんなのテンションが上がるのもよくわかる。僕だって体育が一番楽しみな授業だし。


「それじゃあ次のページを開いてね。

 はい、ここからが大事なことかな。

 一般的な授業はもちろんだけど、みんなにとって同じくらい大事になるのが、この《学園クエスト》です」


 みんなの目がパンフレットのページに釘付けになる。


 ――《学園クエスト》


 それは、校舎の中にある専用の掲示板から受注出来るクエストのことだ。

おそらくこのLROにいる生徒の多くは、一度くらい何か別のMMORPGをやったことがあるだろうけど、普通のMMORPGには大抵『クエスト』という要素がある。

 初心者にはプレイに慣れさせるために簡単な「おつかい」をさせたり、その見返りとしてちょっとした装備やアイテムがもらえる、というようなものだ。

 LROではそういうクエストは校舎の掲示版から受けることになっているようで、戦闘をこなすタイプのもの、アイテムを見つけてくるもの、はたまた先生からお手伝いの要望、そして学生らしく問題集を解いたりするものなど、日々、幅広いものが無数に増え続けていくらしい。

 学園で授業を終えた放課後には、このクエストをこなしていくのが基本的な流れになるみたいだ。


「学園クエストは日々更新されていくから、みんなやってみたいクエストがあったらどんどん受けてみてほしいかな。

 あ、途中で無理かなって思ったら止めることも出来るから安心してね。

 この学園クエストをこなすと、ほとんどの場合は報酬として《リンク・ポイント》というポイントが手に入ります。このポイントはみんなの成績にも大きく関わってくるものなので、みんな頑張って貯めてくださいね!」


 リサ先生の言葉に少しざわつく教室内。

 パンフレットにも書いてあるけど、この《リンク・ポイント》――略して《LP》というのがLROにしかない変わったシステムだ。

 なにせこのLPが学園の成績に大きく関与してくるからで、例えば普通に勉強だけしてテストで100点満点を取るより、テストでは80点でも、LPを多く稼いでいれば、そちらの生徒の方が総合的な成績は良くなる可能性が高いらしいからだ。

 つまり、LROの中では勉強だけしているより、勉強はほどほどに狩りやクエストなどのゲームに精を出すやつの方が優等生になれるということだ。

 それには開発中から賛否両論あったようだけど、斬新な教育を目的とするLROらしい斬新なシステムではあると思う。


「ただし注意してほしいこととして、LPは、いつ、どこで、どれだけ入手したのか皆さんにはわからないようになっているかな。いわゆるマスクデータというものですね。

 その理由はちょっと私にはわからないけど……リアルでも、内申点なんてみんなにはわからないでしょ? そういうことかな♪」


 なんだか妙に説得力の高い話に納得させられる僕たち一同。

 こんなポイントシステムを取り入れている理由が、“仮想現実世界だからこそ出来る、自由でのびのびとした個性を高める教育を実現するため”――ということらしい。


 現実の世界では、勉強が出来るやつが一番だ。テストで良い点さえとればそれでいい。

 けどLROは違う。

 勉強はもちろん出来た方がいいだろうけど、勉強が苦手な人はレベル上げを頑張って、学園クエストでLPを稼いで成績を伸ばすことが出来るし、要はそれぞれの生徒の長所を伸ばして公平な教育が可能なんだ。

 逆に、現実では運動が苦手という生徒たちだって、このLROでは現実では不可能なアクロバティックな動きだって誰にでも簡単に出来る。AGIなどの敏捷ステータスが高ければなおさらだ。


 パンフレットの一ページ目、一番最初にこんなことが書かれている。


----------------------------------------------------------------------------



“すべての子どもたちが、自分らしく成長出来る場所を目指します――


                      開発・運営責任者 ゲームクリエイター 紫鳳院しほういん 桃子”


----------------------------------------------------------------------------


 ゲーム業界では超がつくほどの有名人――若くして天才と評されているクリエイター、紫鳳院さんによる教育理念らしい。

 でも正直、僕がこのLROの学園に進学しようと思った理由は、単純にMMORPGが大好きだったからだ。

 だから、ゲームの中で学園生活が送れるなんて、そんな夢みたいなことが体験出来るならと、ただそれだけの理由で僕はLROの学園プロジェクトに応募した。創った人の気持ちなんてどうでもよかった。


 でも、ログインした今は少しわかる気がする。

 すべての子どもたちが自分らしく成長出来る場所……紫鳳院さんは、きっと優しい人なんだろう。

 だって、その想いだけで完全国産となる初のVRMMORPGを創ってしまったのだから。

 そんなの、僕にも想像も出来ないくらいに大変なことなんだろう。

 まぁ、その肝心の紫鳳院さんは、入学式で突然体調不良で挨拶出来なくなってしまったんだけど。どんな人なのか一目見てみたかったんだけどなぁ。


「さて、説明はこれで以上かな。

 細かいところはパンフレットと、先ほど配布した学生手手帳に目を通してくださいね。

 授業は翌日から始まりますが、本日はこれでおしまい。放課後はみんな、好きにLROで活動してくださいね! 

 それではまた明日、元気に登校してきてね!」


 リサ先生の言葉に僕たちはそれぞれ大きな返事をして、ついに放課後!

 当然、ほとんどの生徒たちは我先にと学内掲示版へ向かって駆けだしていた。もちろん僕もその中の一人だ。


 そうしてたどり着いたのは、何百人もの生徒が押し寄せる掲示版前。遠くから指型のタッチアイコンを使って掲示版にタッチすると、眼前に学園クエストのウィンドウが表れ、そこにはいくつかの依頼が並んでいた。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


■学園クエスト一覧


▼勉強クエスト

『簡単な予習をしよう!①』


▼討伐クエスト

『はじめてのモンスター討伐①』


▼納品クエスト

『ミルクを一本買ってきてほしいです』


▼護衛クエスト

『隣町まで俺の護衛をしてくれ!』


▼ミステリークエスト

『学園に潜む謎を解け!①』


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 おそらくまだ初日だからだろうけど、今のところ存在する学園クエストは以上だった。

 今までに他のMMOをプレイしてきた経験からすると、たぶんこれらの初心者向けクエストをクリアしていくうちに、どんどん新しいものが追加されていくんだろう。

 パンフレットの説明には、『※クエスト内容は個々人によって異なります』と注意書きがされているから、職業やステータス、性別などによっても内容が違うのかもしれない。


 僕はとりあえず五つのクエストをすべて受注して、一番簡単そうな納品クエストをこなしてみることにした。


「えーっと、アイテムを売ってるところは……」


 マルを描いて『リンク・メニュー』を呼び出し、受注クエスト一覧から詳細を確認。ミルクは道具屋に売っているごく一般的な回復アイテムの一つのようだ。

 そのまま続けて王都のマップを表示し、道具屋を見つけてタップすると、足元に矢印の指示マークが表れた。なるほど。これに従えば迷わず道具屋に行けそうだ。


 それから僕は、学園から支給された《ラピス》というLROの通貨で3ラピスするミルクを一本買い、指定された街人のノンプレイヤーキャラクター――NPCのところへ運んだ。


「ありがとう、助かったよ! 毎日一本は飲むことにしてるんだけど、ちょっと足を痛めちゃって……はい、これはお礼よ。またお願いね」

「あ、は、はい」


 NPCは僕たちプレイヤーが操作しているキャラではなく、ゲーム側が用意したプログラムで動く存在で、要はAIだ。

 けど、NPCとは思えないあまりにもリアルな人の存在感に、思わず返事をしてしまった僕。

 その若い女性NPCは笑顔のままで言った。


「あなた、最近出来たあっちの学校の生徒さんよね? 若者は学問に励み、肉体労働にも励み、健やかにね!」

「は、はい」


 手を握られると、その手にはちゃんとした質量を感じる。本当にリアルで普通に人と接しているのと変わらない感覚だ。

 こ、これがVRMMO……すごい! しかも《娘》とかいう名前もないNPCなのにやたら可愛い!


 そんなわけで初めての学園クエストをクリアした僕。

 その時点でクエストをクリアした報酬――『100ラピス』が自動的に手に入ったログが流れる。わざわざ報告に戻る必要はないらしい親切設計でありがたい。

 しかし、やはりLPがどれだけ手に入ったのか、そもそも手に入っていないのかはわからない。まぁわからないものを気にしても仕方ないし、ひとまずは無視だ。


 それからとりあえず掲示版のところへ戻ってみると、思ったとおり、新しいクエストがいくつか追加されている。こうやってアイテムやお金を集めたり、ポイントを稼ぐのが序盤の基本スタイルになりそうだ。


「よし……次は討伐クエ、やってみるか!」


 僕は意気揚々と学園を出ると、石畳の大通りを他のプレイヤーたちと一緒に走り抜け、南の正門から初めてのフィールドへと飛び出した。

 よっし! いよいよ戦闘だっ!



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