夕焼け湖畔デート
それからは何をするでもなく、湖畔でだらだらと休んだり、ひかりが用意してくれていた軽食のお弁当を食べたり、みんなでスキルポイントを1だけ使って《釣りスキル》を取って釣りをしたり、学園での勉強の話をしたり、進路とか、ちょっとだけリアルでの話もしたり。
ナナミさんはあんまり話には入ってこなかったけど、そんな風に時間は穏やかに過ぎていって、あっという間に夕暮れになった。
LROの世界では日時、日の出や日の入りも現実とリンクしているため、ちょうどリアルでもこうして日が落ちかけているのだろう。
でも……リアルだとこうやってじっくりと夕焼けを見ることはなかったなって、僕はゲームの中で気づいた。
「おや、もう夕暮れだね。いやぁ、今日はのんびり出来て良かったね、みんな」
「はい! とっても楽しかったです! ユウキくんも楽しかったですかっ?」
「うん、もちろん。だいぶゆっくり休めた気がするよ」
「今回はキノコとかだいぶ拾えたし良かったな。でも狩り中心なのはキツイから、そういうのは不参加で」
「ふふ。みんな楽しんでくれたみたいでよかったよ。次のG狩りも考えておこうかな♪」
メイさんが背伸びをしながら嬉しそうに言う。
本当に、こんなにのんびりとした一日を過ごすのはLROに来て初めてだったくらいだ。
それからみんなで遊んだ後始末をしていると、メイさんがそっと僕のそばに来て、耳元で静かにつぶやく。
「ユウキくんユウキくん。今日は少し残念だったね」
「え? どうしてですか?」
「メイさんたちの水着姿が見られなくて♪ でもその代わりにひかりのスケスケが見られて眼福だったかな?」
「ぶっ! な、何言ってるんですかっ! 別にそういう期待してないですって!」
「ふふ、男の子は素直じゃないね。けど安心して? 今度水辺に来るときは、ちゃぁんと水着を用意するからね。そのときは誰の水着が一番似合うか教えてね♥」
「か、からかわないでくださいよ……」
とか言いつつ既にそのときの妄想を開始してしまう悲しい男の性。だ、ダメだダメだ! ひかりの水着姿とか想像しちゃダメだ! 勝手にビキニとか着せちゃダメだー!
するとメイさんはくすくすとおかしそうに笑って、
「あはは、ユウキくんもやっぱり可愛いなぁ。さ、あとはメイさんとナナミでやっておくから、ひかりを誘って少し湖畔を歩いておいでよ」
「え? ど、どうしてですか? 悪いですよ」
「ふふ。この辺りはね、今日みたいな遠足はもちろん、カップルたちのデートスポットとしても人気が出てきているんだよ。今日は運良くメイさんたちだけの貸し切り状態だし、せっかくだから行っておいでよ。ほら、なんて綺麗な景色だろう。ひかりもきっと喜ぶよ」
「ええ? デ、デートってそんな、僕とひかりはそんなんじゃ……」
「いいからいいから。若いうちにちゃんと青春しておかないとダメだよ♥」
「メ、メイさんだって同い年じゃないですか。ていうか楽しんでませんか?」
「バレちゃった? ほらほらいいから」
「うう……わ、わかりましたよ……」
ニヤニヤするメイさんにぐいぐいと背中を押され、僕はひかりの元へ。
「? ユウキくん? どうしたんですか?」
「あー、あ、あのさひかり……ちょ、ちょっと、その辺、歩かない?」
「え?」
「それはいい考えだねユウキくんっ! せっかく相方同士になったんだから、もっと友好を深めておいでよ! ここはメイさんたちにまかせて! ねーナナミ!」
「……はぁ。はいはい、好きにしてくれ」
大げさに煽るメイさんを見て事情は察してくれたのか、ナナミさんはしっしっと僕たちに手を振る。
ひかりはしばらく呆然としていたけど、
「……はい! それじゃあいきたいです!」
と、いつもの笑顔を浮かべてくれたから、緊張しまくっていた僕は一安心した。
「わぁ~! 綺麗ですね、ユウキくん!」
「うん、そうだね」
二人で夕焼けの湖畔をのんびり歩く僕たちと、そんな僕たちをまったく気にも留めずにぽよぽよと飛び跳ねる《ミャウ》たち。
湖が夕陽を反射して、キラキラと宝石を散りばめたみたいに輝く光景は本当に綺麗で、メイさんがデートスポットとして人気といった理由もわかる。結構ロマンチックな場所だ。
けど、そう思ったらちょっとドキドキしてきてしまった。
ここはゲームの中だし、ひかりはあくまでも『相方』であって『恋人』じゃない。MMORPGをプレイする人の中には、『相方』を『恋人』と同義で使う人も多いけど、『親友』の意味を持つ同性の相方同士だっているし、あくまでも狩りのためのパートナーという意味での相方同士もいる。僕にとっての『相方』の定義はあいまいだし、なんとなくいつも一緒にいられる気兼ねないパートナー、という感覚だけど……。
でも、ひかりはこんなに可愛い女の子だ。
そんな子と一緒にデートスポットを散策していれば、自然と嬉しい気持ちにもなる。
ひかりは、そういうのはどう思っているんだろう?
気にはなるけど、でも、そんな恥ずかしいことを尋ねる勇気はやっぱりない。
「ユウキくん、今日はありがとうございましたっ」
「え?」
ひかりが足を止めて振り返り、突然そんなことを言った。
「ありがとうって、な、何が?」
「えっと、いろいろですっ。相方さんになってくれたこともそうですけど、メイちゃんのギルドに入ってくれたことも、G狩りに参加してくれたことも、こうやって、わたしと歩いてくれることもですっ!」
「それは……むしろ僕がお礼を言う立場だよ」
「え? どうしてですか?」
「だって、僕は今までずっと一人でやってきて、これからもさ、一人でLROを楽しんで、三年後には卒業してるのかなって思ってたんだ。けど……ひかりとまた一緒に遊べて、相方になってもらって、ギルドにも入れてもらえてさ。今日はすごく、楽しかったよ。なんかちょっと、夢みたいだって気さえするんだ」
少し気恥ずかしかったけど、でも、それは本当の気持ちだった。
するとひかりは眩しく笑って、
「それじゃあ、お互いにありがとうですねっ。わたしもすっごく、楽しかったです!」
「うん、そうだね」
ひかりはいつも笑ってくれる。
彼女の屈託のない笑みに、僕はすごく救われているような気がした。
そんな彼女に、一つ尋ねてみたいことがあった。
「あのさ、ひかり。一ついいかな?」
「はい? なんですか?」
「ひかりはさ、どうして僕なんかと相方になろうって思ってくれたの?」
「え?」
「だってさ、初心者の頃に会って、一緒に遊んで、また遊ぼうって約束をしただけ……じゃない? 普通の子ならさ、そんな口約束を律儀にずっと守らないんじゃないかなって思うし、ましてや、相方になんてさ……」
徐々に声が小さくなっていってしまった。
ひかりは笑った。
「それだけじゃ、ダメですか?」
「……え?」
「一緒に遊んで、また遊ぼうって約束をしただけ――それだけじゃ、ダメですか?」
僕の前に歩み寄るひかりは、そっと僕の手を両手で包み込むように握る。
「何も知らないわたしに、最初にLROの楽しさを教えてくれたのは、ユウキくんです。たまたまかもしれないけど、最初に出会って、最初に遊べたのは、ユウキくんです。だから、わたしにとってはすごく大切な思い出です。その人と再会して、また一緒に遊べて……わたしは、とっても嬉しかったんです!」
「……ひかり……」
「だから、もっと一緒にいたいなって思いました。だから、相方さんになれたらいいなって思いました。それだけじゃ、ダメですか?」
ひかりは優しく、真っ直ぐな瞳で僕を見つめている。
当たり前のことだった。
出会って。遊んで。仲良くなって。もっと一緒にいたいと思う。だから、相方になる。
きっと、みんなそうして誰かと近づいていく。
一緒にいたいから、一緒にいる。
とてもシンプルな答え。
それなのに僕は、ひかりの想いの裏に何か別の理由があるんじゃないかとか、何かの打算があるんじゃないかとか、LUKチートのことに勘づかれているんじゃないかとか、表向きはそう思ってなくても、頭のどこかで、きっとそんな邪推をしていた。
「……ひかり、ごめん……」
「え? ど、どうして謝るんですか? やっぱり、わたしとじゃダメでしたか……?」
「いやいやそうじゃないよそんなわけないっ! む、むしろその……ひ、ひかりでよかったって、いうか……」
「え?」
「ああ~、えっと、その……」
ああああ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
よく考えたら、僕はリアルだと妹以外の女の子とはそんなに話したこともないし、どうやって接していいのかもわからない! 変なこと言って困らせてしまったかもしれない! そんな風に悩んで頭を抱える僕を見て、ひかりはおかしそうに笑った。
「ふふ、あははっ」
「え? ひ、ひかり?」
「ユウキくんっ」
僕の手を握ったまま、ひかりは言う。
「これからも、末永くよろしくお願いしますねっ」
またそんなちょっと勘違いしちゃうようなことを。
でも僕は、
「……うん。こちらこそ、末永くよろしく」
同じように答えて、ひかりは一段と眩しく微笑んだ。
僕は決めた。
ちゃんと、ひかりに自分の秘密のことを話そうと。
運営のMOMO*さんは、この指輪のことはなるべく秘密だと言った。
けれど、なるべくだ。あくまでもなるべくなんだ。いやそんなの詭弁だってわかってるけど、でも、僕はひかりに対してもっと誠実でいたい。そう思った。
だからMOMO*さん……ごめんなさい!
「あのさ、ひかり。それと……もう一つ話したいことがあって」
「はい? なんですか?」
僕が口を開こうとした、そのとき。
「――ミャアアアアアアアアアウ!」
突如聞こえてきた奇声と、ザアアアアアという激しい水音。
「「え?」」
僕とひかりの声が揃う。
二人して横を――湖の方を見れば、
「ミャウウウウウ……」
湖の上に、超巨大な《ミャウ》が姿を現していた!
「え、えええええっ!? なんだあいつっ!?」
「わ~! 見たことない《ミャウ》ですねっ、かわいいです! あっ、あの子がメイちゃんが言ってたボスさんなんでしょうか?」
「はっ、そ、そういえばそんな話あったような!」
普通の《ミャウ》は、リアルでのウサギ一匹ほどの大きさだ。けど湖から出てきたこいつは、その数百倍はあろうかというサイズで、恐竜か何かのレベルである。しかも、うにょうにょと触手のようなものを伸ばしてさえいた。
視界に映る名前は、《ミャウキング》。
名前表示が赤い。ボスモンスターだ! ってことはやっぱりこいつが噂のボスってことか!
「ミャウウウウウウ~!」
《ミャウキング》は妙な声を上げ、触手を僕たちの方に伸ばしてくる。
「うわっ!」
僕は慌てて双刀のうちの一本を抜いて触手を斬ったが、
「きゃあっ」
「! ひかりっ!」
いつの間にかひかりが触手にからめ捕られており、触手はしゅるしゅると高速で《ミャウキング》の元へ戻っていく。
僕は慌てて触手を斬ろうと手を伸ばしたけど、相手の方が早い。僕の剣は宙を斬って、ひかりは《ミャウキング》の元へ引き寄せられる。
「ひかり!」
「ユ、ユウキく~んっ!」
「くそ……ひかり! 今助けるからっ!」
もう一本の剣を抜き、双刀を構えて戦闘態勢に入る。
相方をさらわれて、黙っているわけにはいかない!




