商売に生きる少女
そこで僕は辺りを見回して言った。
「あの……そういえばひかりが言ってましたけど、ギルドにはもう一人入る予定、なんですよね? その方はまだ来てないんですか?」
「うん。彼女は《マーチャント》なんだけど、この時間は大体露店中で、少し遅れるかもと言っていたけど…………っと、噂をすればってタイミングだね」
「え?」
メイさんが僕の背後を見つめてつぶやき、僕もそちらを見る。
すると広場の入り口から、その小さな身体には似つかわしくない大きなカートをガラガラと引きずる一人の女の子がやってきた。
視界に表示される名前は、《ナナミ》。
「あっ、ナナミちゃーん!」
ひかりがその名前を呼び、《マーチャント》のナナミさんの元へ駆け寄る。
ナナミさんは「だー! くっついてくるなって!」とひかりをあしらい、そのまま涼しい顔をして僕らの元へ到着。
カートから手を離して「ふぅ」と一息ついた。
「お疲れ様、ナナミ。今日はどうだった?」
「ぼちぼち。わざわざ隣であたしより一ラピス少ない金額で露店出す奴がいてちょっと腹立ったけどな」
「あはは。ナナミはもう中央通りじゃずいぶんな有名人だからね。隣に露店を出せばその恩恵にあずかれると思う人もいるんじゃない?」
「でもそっちが売れるのは納得いかねーじゃん! つーか……メイはどさくさにまぎれてあたしにネコ耳つけようとしてんじゃねーよ!」
「バレちゃった♥ ナナミも着けてくれたら、三人でケモ耳シスターズになれるのにな~。メイさんの夢なんだよ~♪」
「なんだよその夢……ホントリアル顔でよくやれるよな……あたしなら恥ずかしすぎて街歩けねーよ……ってだから今度はこっそりタヌキ耳つけようとしてんじゃねー!」
「ナナミったら敏感なんだから♪」
「おちょくるな!」
怒鳴り疲れたようにハァハァと肩で息をするナナミさん。
そんなナナミさんの外見は、ひかりよりさらに一回り小柄な感じで、肩の辺りまで伸ばした栗色の髪がふわふわとして綺麗だった。
服装は足元まですっぽり隠すタイプのロングスカート。背中にはリュックサックを背負っていて、背後に下ろしたカートの中には装備やアイテムがあれこれ詰められている。
そういえば聞いた話だけど、カートの中に入れたアイテムはそのカートの持ち主にすべての所有権があり、もし置いたまま放置していても、誰かに盗まれる心配などはないらしい。当たり前といえば当たり前だけど、こういうところはゲームの便利なところだよね。ひったくられる心配もないわけだし。
と、そこでナナミさんがじっと訝しげに僕を見つめて言った。
「で、誰?」
「あ、ご、ごめんなさい! えっと、ユウキです。その、ひかりに紹介されてきました!」
「ひかりに? ああ、そんじゃさっきひかりがwisで言ってたカレシってあんたか」
「か、彼氏? 僕が?」
「ああ。ひかりのやつ、めちゃくちゃ浮かれたwis送りまくってきてさぁ。まー一度くらいどんなやつか見てみたかったけど……なんか普通のカレシだな」
近づいてきて、下からジロジロと見上げてくるナナミさん。僕はちょっぴり身を引いてしまった。
するとひかりが慌てて僕たちの間に入る。
「わーわー! ナ、ナナミちゃん何言ってるんですか! わ、わたし彼氏さんなんて言ってないです! 相方さんが出来ましたって言っただけじゃないですかぁっ!」
「同じようなもんじゃん。こっちは懸命に商品仕入れてあれこれ試行錯誤しながら売ってる最中だっつーのにさ、相方さんが出来て嬉しい~ってのろけwis山ほど送ってきてよ。はいはいよかったですねネト充してますねひかりさんはっ!」
「わ、わーわーわー!」
「あはは、あんまりひかりをいじめちゃダメだよナナミ。ほら、ユウキくんのことは前にひかりが話してくれたことがあっただろう? 憧れの人にようやく会えて、しかも相方になってもらえたんだよ。嬉しくて舞い上がるのも当然じゃないか」
「や、やめてくださいナナミちゃんメイちゃん~! は、恥ずかしすぎて…………もう、ダメですぅ……」
「そんなひかりも可愛くて好きっ♥」
顔中真っ赤でフラフラになったひかりをメイさんが抱きしめ、ナナミさんが疲れたように長い息を吐いた。
ナナミさんは僕の方を見て言う。
「そんで? カレシもメイのギルドに入るの?」
「え? あ、えっと、はい。でも、もちろんナナミさんがよければですけど……」
「そう言われてもなぁ。さすがにあんなひかりを見たらダメだとは言えねーよ。まー別に言うつもりもなかったけどさ」
「そ、それじゃあ僕が入っても……?」
「うち、お前みたいなちゃんとした前衛いなかったしな。転職先は決めてないけど、あたしは完全な生産系になる予定だから、戦力的に助かるよ。精々頑張ってもらおうかな」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「よろ~。相場はだいたい把握してるし、何か欲しいもんあれば手数料アリで安く買ってやってもいいよ。……てかちょっと待て。そ、その装備見せて!」
「え? あ、はいっ」
いきなり僕の近くに寄ってきて腰の双刀に目を付けるナナミさん。
その目はキラキラと輝いており、ものすごい熱さだった。
「おお……なんだよこれ、見たことねぇ! 名前は……《幸運の双刀》か。なぁ、これどうしたんだ?」
「あ、えっと、これはちょっとしたクエストで貰ったんです」
「クエスト? こんなの貰えるクエスト聞いたことないぞ……つーことは特殊条件が必要な隠しクエストか?」
「え、えっと、そうかもしれません。あ、でもボスを倒さないと無理でした」
「げ。となるとあたしには無理っぽいか……ってこれめちゃくちゃ強くねーか? これなら40――いや、50Mで売れるぞ! よし買った!」
「ええっ!? 売りませんよ!?」
「ちぇっ。転売した分の利益少しは分けてやるのに」
「いやいや! これ僕の生命線みたいな武器なんで、絶対売れないですって!」
「ふーん。まぁいいや。こんなの持ってるやつなんてちょっと面白いしな。ま、これからテキトーによろしく」
「あ……は、はい!」
そっぽを向いたまま、けれどちゃんと受け入れてくれたナナミさん。握手とかはしてくれないタイプみたいだけど……でも、ちゃんと話をしてくれて嬉しかった。
喜ぶ僕に、メイさんがひかりを抱きしめたまま綺麗にウィンクしてくれる。
ひかりもまた、嬉しそうにニコニコと僕に微笑みかけてくれた。




