二人きりのパーティ
なんというか……
「……ひかりは、ほんと、真っ直ぐだね」
「え?」
「僕と組むためになんて……そんなことのために……」
ひかりなら、きっと引く手あまただったはずだ。
だってこんなに可愛くて、真面目で、真っ直ぐで。
そんな子が支援職になったら、男じゃなくても一緒に組みたいと思うはずだ。ただでさえ、支援のクレなんて現在のLROでは一、二を争うくらい人気なんだから、たとえ支援じゃなくたってひかりとパーティを組みたい人も、そしてひかりを相方にしたいと思う人だっていたはずだ。
にもかかわらず、ひかりは……
「そんなこと、なんかじゃないですよ」
「……え?」
ひかりは、真っ直ぐに僕を見つめて。
胸に手を当てながら、とても優しい顔をして言った。
「わたしにとっては、とっても大切な約束です。
何もわからないわたしに、LROの世界がこわかったわたしに、いろんなことを教えてくれて。
ほんの少しの時間でしたけど、ユウキくんと一緒に遊べて、本当に、楽しかったんです……。
だから、またユウキくんと一緒に遊びたいって思いました。それに、ユウキくんと約束した以上は、他の人とパーティは組めないじゃないですか?」
やっぱり、この子は真面目すぎる。
だから僕は…………思わず吹き出してしまっていた。
「――ぷっ、はは!」
「え? ユ、ユウキくん? あの、わたし、何か変なこと言いましたか?」
「あはは、うぅん、違うんだ。ごめん。なんか、ひかりが良い子すぎてさ。今時、こんな子いるんだなって思って」
「む、む~? な、なんだかわたし、バカにされてませんかっ?」
「してないしてない。はは、あははは!」
「や、やっぱりバカにしてるじゃないですかぁ! ひどいですよ~!」
頬を膨らませ、ポカポカと僕を叩いてくるひかり。
「してないってば。ごめんごめ――って痛い痛いマジ痛いんですけど!?」
「ひどいですひどいです! いじわるです!」
「いやっ、ほ、ほんとごめんなさっ! や、やめっ」
ポカポカと可愛らしく叩きまくってくるひかり。
だけどLROの通常空間では対人戦は出来ないから、これは攻撃ではない。あくまでもプレイヤー同士のじゃれ合いだ。そのため当然絶対回避も発動しない。つまり避けられないのだ。そしてリアルな衝撃だけが僕を襲う。痛い痛い痛い! ひぃぃぃぃまじいてぇ!
「痛い痛い許してごめんっほんとごめん!」
「ゆるしませんゆるしません! 一緒にパーティ組んでくれるまでゆるしません!」
「わ、わかったよ組むよ! パーティ組むから許してください!」
「はい! 許します♪」
さっきまで怒っていたのに、途端にパッと明るく笑うひかり。
僕はぜぇぜぇと息を整えながら『リンク・メニュー』を開き、パーティを作成してひかりを招待。ひかりはすぐにそれを承諾してくれて、すぐにパーティが出来た。
「えへへへ。二人きりのパーティですね」
その言い方にまたちょっとドキッとする僕。
たぶん深い意味なんてないだろうけど、嬉しそうにそんなことを言われたら勘違いしそうになるんだよなぁ。
「うう、痛かった……っていうかひかり、クレはクレでも殴りクレになるなんて思わなかったよ。今のLROじゃ相当珍しいよなぁ」
「殴りクレ?」
「ああ、うん。《クレリック》でも支援に特化したタイプじゃなくて、自分自身で武器を持って戦うタイプの通称なんだ」
「あ、そうだったんですね~。知らずにやっていました!」
「はは、ずいぶん大胆なキャラメイクするね。っていうか、さっきmob相手にかなりのダメージ出てたけど、その杖は何か特別なもの?」
「これですか?」
ひかりの持っている杖。
それは先端に青い宝玉がはまった綺麗なもので、かなり頑丈に作られているようだ。
「えっとですね、これは《クレリック》に転職出来る教会の人に話しかけたら、急にクエストが始まって、それをクリアしたら貰えたんです。
確か、『君のような《クレリック》はそういないぞ。だが、新たな道を進む覚悟があるなら進め』――みたいなこと言われちゃいました。STRが上がる補正がついてるみたいです」
「なるほどな……ちゃんとひかりみたいなタイプに向けたクエストも用意されてるのか。さすがLROだ。それで、ステータスはどんな感じなの?」
「ステータスですか? えっとですね――」
そこでひかりのステータスを聞いて驚いた僕。
ひかりは殲滅力を上げるために、メインステータスとなるSTRを一番に高め、次に素早さや攻撃スピードの影響するAGIをサブステータスにするという、現状では《ソードマン》や《シーフ》で最も多いといわれる王道のステータスを、なんと《クレリック》でプレイしていたらしい。でも、それで彼女の攻撃力も攻撃スピードも高いことがわかった。
生唾を飲む。
僕は、ここで大切なことを尋ねなければならない。
「ひ、ひかり。それで……INTは?」
「INTですか? はい、1です!」
「やっぱりか!」
予想はしていたものの、あまりにも爽やかに言われてむしろ面白くなる僕。
本来、INTは《クレリック》や《メイジ》等の呪文職において最も重要なステータスだ。
なぜならINTは呪文の威力や付属効果を高めるだけでなく、MPの上昇や回復力なども上がったりと、呪文をメインに扱う職業にとってはなくてはならないはずのステータスだからだ。
つまりINTが低ければ当然回復呪文などの効果は著しく低くなるし、MPが低ければ肝心の呪文を使える回数が激減する。そもそもINTの値が低ければ多くの支援スキルが取得出来ないはずだ。
そのため、攻撃特化のメイジや支援特化のクレリックは、みんなほぼ例外なくINTのみを特化で上げる人がほとんどだ。というかINTのみ上げておくのが一番楽で一番活躍出来るのである。キャラを一人しか作れず、ステ・スキルの振り直しも出来ないLROにおいて、ひかりのような〝冒険〟をする生徒は限りなく少ない。
するとひかりはちょっと不安そうにおどおどして言った。
「あの……やっぱり、変、なんでしょうか?」
「え?」
「《クレリック》なのに、STRとAGIばっかり上げてて、自分で戦って……支援スキルはほとんど取れてなくて……。そんなクレいないよって、友達はみんな言うんです。だから、さっきはユウキくんとの約束があるからパーティを組まないって言いましたけど、本当は……わたしとパーティを組んでくれる人、あんまりいなかったんです。でも、考えたらわかります。みんな、《クレリック》には回復とか、支援を期待しているんですよね。なのに……」
「ひかり……」
「ユウキくんも……やっぱり、わたしなんかとじゃ、いや、ですか……?」
寂しそうに目を伏せるひかり。
こんなひかりは初めてで、僕の胸の方が痛くなってきてしまう。
確かに……普通に考えればひかりのプレイスタイルはだいぶ変だ。
従来のMMORPGでなら、殴り支援という人は実は結構いる。でもそれはゲームが長く続いていたり、Wikiや先人の作った情報サイトが充実したり、キャラを何人も作れるからで、失敗したら、嫌になったら簡単にキャラを消せる。そもそも飽きたらゲームをやめられる。LROみたいにリアルと根付いているわけでもない。だからこそ“冒険”が出来る。LROでそれをやる勇気のある人は、今までひかり以外に出会っていない。
けど――僕はそんなひかりのプレイが好きだ。
そんなプレイを選べるひかりが好ましく思う。
だから笑った。
「あははっ。そんなわけないよ。それに、そんなこと気にしなくてもいいんじゃないかな」
「え……?」
「ひかりはひかりがやりたいから、そういうプレイをしてるんだよね? なら、それがすべてだよ。他の人の常識なんて関係ない。
というか、みんな守りに入りすぎなんだよな。王道も大事だし、量産型はそりゃ強いから量産されるわけだけどさ、やっぱり楽しんだ者勝ちだよ。むしろ、ひかりみたいに個性的なプレイをする人が増えてこそ、いろんなタイプの人がいるからこそ、MMORPGって面白いような気がするんだ。って、それはリアルと変わらないか」
「ユウキくん……」
「まぁ、他の人はともかくさ、一緒にパーティを組む僕が気にしないんだから何も問題ないよ。それに変なプレイスタイルなら、僕も人のことは言えないしね。
何より……ひかりは僕と一緒に戦うために殴りになってくれたんだから、僕はむしろ嬉しいよ」
ひかりはしばらくぼうっと僕を見つめていて、その瞳は次第に潤みだし……でも、すぐにまた弾けるような笑顔を見せてくれた。
「……はいっ! ユウキくん、ありがとうございますっ!」
「わっ、ひかり?」
「やっぱりわたし、ユウキくんと一緒になれてよかったです!」
無邪気に抱きついてきて、またそんな違う意味にもとれてしまうようなことを言うひかり。天然というのかなんというのか、これ、男ならすぐ勘違いしちゃうんじゃないですかね!
「ユウキくんっ! このクエスト、一緒にがんばりましょう!」
「え?」
「二人でがんばれば、きっとクリアだって出来るはずですよね!」
「……だね。よし、行こうかひかり!」
「はいっ!」
何はともあれ、こうして僕は偶然にも再会した無邪気な天使みたいな殴りクレのひかりと二人きりのパーティを組むことになった。
LUKチートを隠さなきゃいけないって問題はあるけど……でも。
ひかりからの誘いを断ることは絶対にしたくなかったから、僕はひかりと一緒に前へ進むことを選んだ。