告白
――その日の日暮れ。
終業式を明朝に控えた夕方に、僕とひかりは二人きりであるフィールドに来ていた。
《草原フィールド 王都近郊》
見渡す限りに広がる大草原。
所々に木々が立ち、その影の下で最弱モンスターの《ミャウ》がスヤスヤと休んでいたりする。
そんな《ミャウ》を狩るような低レベルのプレイヤーはもうおらず、ここにいるのは気分転換やちょっとした遊びに来ているような人たちのみだろう。来年の四月にもし新入生が来れば、ここもまた賑わうだろうけどね。
そんな懐かしのフィールドで、ひかりは眠ったままの《ミャウ》を見てニコニコと微笑んでいる。
「わぁ~、眠っているところも可愛いですね~!」
「プレイヤーがいないとこうやって寝たりもするんだよなぁ。観察してると、Mobもかなり面白い動きをしたりするんだよね」
「そうなんですね。もっともっと、ユウキくんたちと知らないところへいっぱい行ってみたいですっ!」
「うん、そうだね」
草原に座り込む。
柔らかい風が心地良く僕を撫でて行った。
ひかりが戻ってきて、僕の隣へ座る。
「それにしても、懐かしいですよね。覚えてますか? ここは、ユウキくんとわたしが初めてあった場所なんですよ」
「うん、もちろん覚えてるよ。あの時はお互い初心者でポンポンレベル上がったっけ。二人でちょっと狩りしたよね」
「はいっ! ユウキくんに色々なことを教えてもらって……わたし、どんどんLROが楽しくなりました!」
「それはお互い様だよ」
僕だって、ひかりにたくさんのことを教えてもらった。
この場所でひかりに会えてよかったと、改めてそう思う。
そこでひかりに訊いてみた。
「あのさ、ひかり」
「はい?」
「前にも聞いたんだけど、あのアイテム……《時の砂時計》だけどさ、本当に使わないでとっておくの?」
それは、あのイベントダンジョンで《暗黒時竜・カイザードラゴン》がドロップした物。
あのときひかりは受け取れないと言ったけど、メイさんたちが上手いこと説得して、なんとかひかりに受け取ってもらうことが出来た。
けれどひかりは、そのアイテムを使おうとはしなかった。
使えばきっと、僕とひかりのリンク値はすぐに戻って、教会やあの砂浜の式場に行けばまた《リンク・パートナー契約》を出来るのに。
ひかりは「はい」とうなずいて答えた。
「アイテムを使ってユウキくんとのリンク値を上げるのは……やっぱり、その、何かちょっと違うかなぁって……そんな気がするんです。だから、出来ればまた一から一緒にやり直したいって……うう、わがまま、ですよね?」
なるほど、と思った。
ひかりらしい考えだ。
「いや、そんなことないよ。僕もひかりと同じなんだ。だからさ、夏休み前にまた一から始めたいって気持ちで、ひかりをここに誘ったんだよ」
「ユウキくん……そうだったんですね。えへへ、なんだか嬉しいです!」
ひかりの無邪気な笑顔を見ると、心が温かくなって優しい気持ちになれる。
傾いた日が眩しいくらいの夕陽で僕たちを照らし、草原をオレンジに染めた。
どこか幻想的で、そしてロマンティックな雰囲気の中、ひかりが言った。
「……あの、ユウキくんっ!」
「うん?」
「夏休み前に……ちゃ、ちゃんと、お話しておきたいことが、ありまして……」
「話? うん、わかった聞くよ」
少しだけいた他のプレイヤーたちもいつの間にかみんないなくなり、もうここは僕たち二人きりの空間になっている。
ひかりはどこか落ち着かない様子で辺りをキョロキョロして、それから僕の方を見て、なぜかびくっとして視線を逸らして。
それからしばらく無言でじっとうつむいて……やがて口を開いた。
「……ユウキくん」
二人だけの世界で、ひかりがじっと僕を見上げる。
その瞳は潤んでいて、僕は思わずドキッとした。
夕陽に照らされたひかりの頬は赤く、妙に艶っぽく見えた。
「わたし…………ずっと、変、でした……」
「……え?」
「ユウキくんと再会して、相方さんになって……。一緒にいるうちに……なんだか、その、胸がいっぱいになることが増えて……。ユウキくんと一緒にいると、楽しくて、嬉しいのに、離れると、寂しくて……。ユウキくんが、メイちゃんたちと仲良くしているのを見ると、時々、胸がきゅうってなるようになって……」
「ひかり……」
「海に遊びに行ったときも……わ、わたしっ、急にユウキくんに抱きついて、その、へ、変なこと、言っちゃって…………う、ううううぅ~…………」
すぐに思い出せた。
それは、おそらくひかりの水着がモンスターに盗まれたときの話。
あのとき、僕はひかりの胸元を隠すためにしばらく抱きついていて、そこでひかりはこう言ったんだ。
『それじゃあ……わ、わたしなんかでも……こうして、だ、抱き合って、いたら……』
『そ、その…………えっちな気分に、なりますか?』
スクショなんて撮ってなくても鮮明に思い出せる光景と、耳に残った言葉。そしてひかりの肌の感触。
思い出すだけで顔が熱くなり、そしてひかりもまた赤くなっていた。
ひかりはなぜ、あのときあんなことを言ったのか。
僕にはわからなかったし、ひかりもわからなかったのかもしれない。
でも、今の僕たちは二人ともその理由がわかっているんじゃないかって、なぜかそんな気がした。
ひかりは言った。
「それで……琴音ちゃんとのこともあって、わたし……き、気づいたんですっ」
ひかりは両手で僕の手を握る。
「わたし…………あの、あ、あの、ですね……」
心臓が急に激しく鼓動した。
ひかりがこの後に何を言うのか。
どうしてそんな目をしているのか。
呼吸も忘れてひかりの瞳に吸い寄せられる。
果たして、ひかりは言った。
「わたし……ユウキくんのことが……好き、です」