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プロローグ

《ラトゥーニ廃聖堂 2F 主の間》


「ひかり! そいつらも僕になすって!」

「はい!」


 僕の言葉に即答してくれた《ひかり》は、ボスが新たに呼び寄せた二体のゾンビモンスターを連れてこちらへダッシュし、僕の上空を軽やかに飛んでその長い金髪が揺れる。すると二体のmobは目の前の僕にターゲットを切り替えた。これでいい。

 薄暗い室内。ランプが弱々しく灯る。

 割れたステンドグラス、崩れおちた十字架に破れた聖書。本来は聖域であったろう面影を残しながら、しかしここは既に不死者たちの穢れた魂によってダンジョンと化していた。

 そんな場所で僕たった一人を取り囲むのは、合計で十一体もの不死者たち。

 中でも唯一神官服を着用した身なりの良い不死者――《ダーク・プリースト》がどす黒いオーラを発して僕を威圧する。

 腐った肉体、虚ろな瞳、濁るうめき声……僕が肌で感じるすべての感覚はあまりにもリアルで、今でもこれがゲームの中だとは信じられない。きっとこの不死者たちの手に触れられたらもっと不快な感覚が襲ってくるんだろうけど、幸いにもそれはない(・・・・・)


なぜなら僕は、この世界で一番“運が良い”プレイヤーだからだ。


「――《フォーチュン・ブレッシング》!!」


 口頭で武器に備わった専用スキルを発動させ、僕の全身を黄金のオーラが包む。クリティカル率と攻撃スピードが急上昇する代わりに、防御力(DEF)がゼロへ下がった。

 本来なら、今の僕たちのレベルではこのダンジョンはまだ難しいだろうし、壁でもない僕がこの量のmobを抱えることは出来ずに圧死するはずだ。DEF0なんてなおさらだろう。

 でも、不死者たちの手は僕に触れる寸前でスカッと滑るように別の方向へ動き、周囲には赤字で《MISS!!》の文字が飛び交い続ける。

《ダーク・プリースト》はボロボロの聖書を手に呪文を唱えようとしたが、僕はそこへ即座にクリティカル攻撃を挟み、強引に詠唱を中断させる。今の僕なら物理攻撃は問題ない。怖いのはこいつの呪文攻撃だけど、それはこうして邪魔すればOKだ。


「ひかり、あとはさっきの作戦通りで!」

「はい! 《プリエ》! 《ゴスペル》!」


 ひかりが手慣れた様子で杖をかざし、呪文を唱え、杖の宝玉が淡く光る。

《プリエ》は全体的なステータスを一時的に向上させる呪文。そして《ゴスペル》は武器に聖属性を付与する呪文で、こういう不死者のような闇属性にはてきめんの効果があった。

 ひかりの支援呪文を受けた僕の身体と武器が淡く光り、準備が整う。


「《双刀独楽(ダブル・ロール)》!」


 両手の短刀を強く握りしめた僕は、その場で独楽のように激しく回転して周囲のMobをまとめて切り裂く。クリティカルダメージを意味する赤い大文字が大量に溢れ出し、《ダーク・プリースト》以外のMobはうめき声を上げて倒れると、やがて空気に溶けるように消え、ドロップアイテムが明滅する。

 残った敵は、ただ一人。


「《双刀乱舞(ダブル・レイド)》」!


 目の前の《ダーク・プリースト》に向け、全速力で十二連撃のスキルを繰り出す。それを連続で何回も撃ち放った。

 範囲スキルとして雑魚敵をまとめて狩るのに適した《双刀独楽》とは違い、一体に集中する単体スキルである《双刀乱舞》の威力はその比ではなく、さらにすべてのダメージがクリティカルとなったため、《ダーク・プリースト》は耐えきれず倒れ伏し、苦しげな声を上げて消えた。

 瞬間。ボスの経験値を獲得したログが視界隅に流れ、僕とひかりの頭上には同時に《Level up!!》のエフェクト文字が浮かび、軽快な音が鳴り響く。かつ、僕の頭上にはさらに《MVP!!》のエフェクトも追加された。

 僕とひかりはお互いに顔を見合わせ、そして微笑む。


「ふぅ。回復材もMPもギリギリだったけど、なんとかなったか」

「はいっ! ユウキくんすごいです!」

「いや、ひかりが支援してくれたからだよ」

「で、でもわたしは、あれくらいしか支援呪文を持ってないですから」

「十分だって。特に《ゴスペル》はまだ取ってる人も少ないだろうしね。あれがなきゃたぶん負けたと思うしさ」

「そうなんですか? えへへ……ユウキくんの役に立てたなら良かったですっ!」

「う、うん……ありがとう」


 ひかりの満面の笑みに照れてしまい、つい顔を逸らしてしまう僕。

 学校だろうと狩り中だろうとそれがゲームの中だろうと、やっぱり面と向かって女の子と話すのはちょっと苦手だ。特にこのゲームは特別だしね。

 そこで僕は《ダーク・プリースト》のドロップアイテムを拾い、ひかりが顔を綻ばせる。


「やりましたね! クエストアイテムの《古びた聖書》、ゲットですっ! これで、今回の学園クエストは無事にクリアですよね?」


 ――学園クエスト。

 そう、僕とひかりはそのクエストのために、放課後にこのダンジョンを攻略していたんだ。

 僕はアイテムをカバン――収納インベントリにしまい、うなずいて返す。


「うん、そうだね。じゃあ今日はもう帰ろうか」

「そうですねっ。でも……うう~、やっぱりこういうときにわたしが《ワープゲート(転送スキル)》を取ってたら帰るのも楽ですよね? ごめんなさい~」

「え? いやいやそんなの気にしないで。この《ルーンの翼》でも街には戻れるんだからさ」


 そこでインベントリから取り出したのは、一瞬でセーブした拠点に戻れる便利アイテムだ。これさえあれば、別に《クレリック》――略してクレのワープスキルはなくても問題ない。


「でも、アイテムだってお金がかかりますし、わたし、普通のクレさんたちに比べて、ただでさえ支援で役に立てないですし……うう~、もうちょっと考えてスキル取ればよかったかなぁって思っちゃいます……」

「ひかり、それは気にしないでってさっき……」


 今でも不思議に思う。こんな僕と一緒にパーティーを組んでくれるひかりのことを。

 ひかりみたいに優しくて可愛い子なら、きっと他にいくらでもパーティーを組んでくれる優秀な人たちがいるはずなのに。どうして僕を選んでくれたんだろうと。

 そんなことを考えていたら――


「……あっ、ひかり後ろっ!」

「――え?」


 ひかりの背後に迫っていた、棍棒を持った一体のゾンビMob。

 これはモニターで俯瞰してプレイする普通のMMORPGじゃない。実際にゲームの中へ入り込んで(フルダイブして)プレイする“仮想現実のVRMMORPG”だ。

 ゆえに視点はリアルと変わらない僕の主観で、ひかりの背後に隠れて近づいてきたMobに気づくことが出来なかった!


「ひかりッ!」


 手を伸ばす。でも、あいつの攻撃の方が早い!

 ひかりの頭部へ振り下ろされる棍棒。

 スローモーションのようになった視界の中で、ひかりはゾンビの方へ振り返り――



「おいたはダメですっ!」



 手に持っていた杖でゾンビの棍棒を受け止めると、メジャーリーグのホームランバッターも顔負けな見事に力強いスイングを見せ、ゾンビをはるか遠くへと吹き飛ばす。

 とんでもない衝撃を受けたであろうゾンビは壁にぶつかって倒れ、HPゲージはゼロに。サラサラとデータの海に沈んで消えた。


「ひ、ひかり……だいじょ、ぶ?」

「ぜんぜんへっちゃらですよ! だってわたし――殴る聖職者なんですから!」


 細い二の腕を可愛く叩いてニッコリと微笑むひかり。

 そうなんだ。ひかりは《クレリック》という聖職者の一次ジョブでありながら、後方で支援をする通常タイプの聖職者ではない。

 なんと自らが最前線に立ち、杖や鈍器でガンガン敵を殴って道を切り開く、いわゆる『殴りクレ』と呼ばれる大変珍しいプレイスタイルの女の子だった。

 そんな頼もしい彼女に若干戸惑いつつ、僕は言った。


「は、はは……よし、じゃあ一度学校に戻ろうか。クエストの報告しないとね」

「はいっ! ユウキくんっ!」


 元気いっぱいに笑うひかりが僕に手を伸ばす。

 長い金髪が揺れ、頭上の狐耳装備がぴょこっと生きているかのように動く。ドレスのようなクレ専用の法衣はひらひらと可愛らしく、その胸元は豊満に主張している。そんな彼女に名前を呼んでもらうと、僕の心臓は跳ねた。

 そっと手を伸ばせば、ひかりはちゃんとその手を握ってれる。


「えへへっ。わたし、やっと一緒に戦えるようになったかなぁ」


 このバーチャルリアリティの世界で、しかし、ひかりの優しい笑顔も、この手の温もりも、ほんのりと甘い匂いも、決して嘘ではない。すべて僕の脳が感じたリアルだ。

 だから思う。

 彼女と一緒に、この『リンク・リング・オンライン』――通称『LRO』をプレイ出来ていること。

 そしてこの『新時代学園ライフVRMMORPG』で、一緒に“本当の学園生活”を送っていること。


 もしかしたらそれが僕――《ユウキ》にとっての一番の“幸運”なのかもしれない、と。

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