ゆうなちゃんと黒い猫
『ゆうなちゃん』シリーズの第4作目です。ほのぼの、ほっこりとお楽しみくだされば幸いです。
ゆうなちゃんは近所の公園で、小学生のお姉さんたちと遊んでいます。きゃっきゃ、きゃっきゃと声をあげて、あっちへこっちへと走り回って楽しそう。
すると、ひとりのお姉さんがいいました。
「あ、そろそろおやつの時間だよ。帰らなくっちゃ」
ばいばい、またねと声を交わし、みんなはおうちに帰りました。ゆうなちゃんも小走りに、おうちに帰っていきました。
お隣の、そのまたお隣の前を通りかかったときでした。塀の上を歩いている黒猫をゆうなちゃんは見つけました。黒猫はすたすたと、気取って歩いていました。
ゆうなちゃんは黒猫にあいさつをしました。
「こんにちは、くろねこさん。これからどこかへおでかけするの?」
黒猫は立ち止まって振り返り、ゆうなちゃんをちらりと見ましたが、また歩きはじめるとそのまま行ってしまいました。
「ただいまー」
ゆうなちゃんは元気よく玄関に飛び込みました。
「おかえり。手をちゃんと洗ってね」
「はあい」
ぱたぱたと洗面台に駆けていくと、セッケンつけて手を洗います。うがいもちゃんとやりました。
居間のテーブルには、お皿に盛られたクッキーが置かれていました。ゆうなちゃんは、ちょこんと席に着きました。
「あのね、ママ。さっきネコさんいたんだよ。くろくてきれいなネコさんだった」
「へえ、よかったね。黒猫さんかあ。どこのネコさんだろうねえ」
「こんにちは、っていったんだけど、ぷいっとそのまま、あるいていっちゃった」
「ネコさん、きっと急いでたのかな」
ママはふふっと笑いました。
ゆうなちゃんはクッキーをひとつ取って、カリッとかじりました。サクッとした歯触りで、すぐにお口の中でふわっと溶けて、甘みとバターの香りが広がりました。
「おいしい」
ゆうなちゃんも、ニコニコしていいました。そのときです、ゆうなちゃんが「あっ」とお庭を指さしました。いま話してた黒猫がお庭を横切って、こちらへ向かってまっすぐに歩いて来てたのです。
「あのネコさんだ!」
ゆうなちゃんは驚いていいました。
「ほんとうに? どうしたのかな」
ママも興味深そうに見つめています。
黒猫は、部屋の中から見つめているふたりの視線などお構いなしで、縁側にぴょんと飛び乗ると、そのまま丸くなって寝てしまいました。
「日向ぼっこに来たのかな?」
「ねちゃったね」
「このまま寝かせてあげようか」
「そうだね」
ゆうなちゃんは、クッキーをカリカリとかじりながら、ガラス戸の向こうで気持ちよさそうに寝ている黒猫を見つめていました。
次の日のことでした。今日も公園で遊んでいたゆうなちゃんは、おうちに帰ってきて玄関に入ろうとしたときに、ふと黒猫のことを思い出しました。もしかしたら今日も居るかな? ゆうなちゃんはお庭にまわってみました。
思ったとおり、黒猫は縁側で日向ぼっこをしながら丸くなって寝ていました。お日さまの光を浴びて、毛先が銀色に輝いています。
そうっと足を忍ばせて縁側に近づいていき、とっても小さな声で挨拶をしました。
「こんにちは、くろねこさん」
黒猫は少し目を開けて、ちらりとゆうなちゃんを見ましたが、すぐにまた目を閉じてしまいました。ゆうなちゃんは黒猫のとなりに腰かけて、そうっと頭から首筋へと撫でてあげました。黒猫はひげをぴくぴくと動かしたかとおもうと、んーと全身を伸ばしました。そうして、右の前脚を伸ばすとゆうなちゃんの膝の上に載せました。ゆうなちゃんは、肉球の温かくて、柔らかいけれど少しごわっとした不思議な感触にくすぐったくなってしまいました。ゆうなちゃんが体を撫でてあげると、黒猫はごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らしました。ゆうなちゃんと黒猫はそのまま日向ぼっこをしてました。ママが、こつこつとガラスを叩いて呼ぶまで、そこに仲良く並んでいました。
それから数日経ちました。ゆうなちゃんは、ママとお買い物に出かけて帰ってきたところでした。今日もパンが入ったレジ袋を一生懸命抱えています。
そのとき道の向こうから、大きな犬がやって来ました。おじいさんに連れられてお散歩中の犬でした。犬はお散歩が嬉しくて、はふっ、はふっとおじいさんを引っ張っています。
ゆうなちゃんは犬も好きですが、大きな犬はちょっと怖いなと感じていました。それに、今は抱えているパンを守らなくてはいけません。ゆうなちゃんはちょっと緊張してしまいました。ママのうしろに隠れます。
犬とすれ違おうとしたときでした。とつぜん犬がわんわんと、ゆうなちゃんに吠えました。犬はきっと、ゆうなちゃんに挨拶をしたのでしょう。でも、ゆうなちゃんはびっくりしてしまいました。
「きゃあ」
大声をあげて、ママの脚にしがみついてしまいました。
そのときでした。塀の上からネコが飛び降りて、ゆうなちゃんと犬との間に立ちはだかりました。あの黒猫でした。ゆうなちゃんは、またまたびっくりです。ママの脚のうしろから、じっと猫を見つめます。
黒猫は背中をおもいっきり丸めると、身体中の毛を逆立てて、ふうーっと唸り声をあげました。
犬は、黒猫の気迫に押されてしまい、尻尾を丸めておじいさんのうしろに隠れると、くうーんと短く鳴きました。
「おっと、お嬢ちゃん脅かしちゃってごめんね。こいつも悪気はないんだけど、大きいから怖かったよねえ。ほれ、お前も謝んな」
おじいさんは犬の頭をぽんぽんと叩きました。犬はおじいさんのうしろに隠れたままで気まずそうにしています。
「いえ、大丈夫ですよ。ちょっと驚いちゃったんだよね」
ママは、ゆうなちゃんの頭を撫でていいました。
「それにしても」おじいさんは黒猫を見ていいました。「勇敢な猫だね。お嬢ちゃんの猫かい?」
黒猫は威嚇の姿勢を止めていました。尻尾をぴんと立てて、すましています。
「ううん。このネコさんはおともだちなの」
ゆうなちゃんはいいました。
「へえ、いいお友達だね。いつまでも仲良くね。それじゃ、これで」
おじいさんと犬は行ってしまいました。
ゆうなちゃんは、黒猫にいいました。
「ネコさん、ありがとう」
すると黒猫は、まるで何もなかったかのように、ととっと駆けだすと、ぴょんと塀の上に飛び乗りました。塀の上で振り向くと、にゃあと短くひと声鳴いて、走って去ってしまいました。
「いっちゃった……」
ゆうなちゃんはつぶやきました。
「行っちゃったね。あのネコさんは照れ屋さんなのかな」
ママがいいました。
「それにしても格好よかったね。ゆうなのナイトだね」
「ないとってなに?」
「んー、守ってくれる人、かな」
「ないとかあ」ゆうなちゃんは絵本で見た、お姫様を守る騎士の姿を思い浮かべていました。黒猫が鎧を着ている姿を想像して、愉快な気分になりました。
ゆうなちゃんは、黒猫が走り去った方向に小さく手を振りました。
「ばいばい、くろねこさん。またね」
にゃあと、黒猫の声が遠くから聞こえたような気がしました。
『ゆうなちゃん』シリーズは過去に三作投稿しております。お気に召されましたら、そちらもどうぞよろしくお願いします。基本的に同じテイストとなっております。