妖怪『いちたりない』の正体?
それはそれは、とても寒い夜のことでした。
テーブルトークRPG(以下、TRPGと表記)で遊ぼうと集まった若者4,5名が、コンビニでお菓子や食事を買っていた時の事でございます。
「あぁ、そういえばこないだのセッション……なんかおかしかったなぁ」
1人の若者がそういって首を傾げました。すると、もう1人……眼鏡をかけた女性がそれに反応して
「なにがどうおかしかったんだい?」
と問いかけました。
「いや、判定のためにダイスをふるんだけどさ、あと1つ数値が足りなくて……って場面が何度かあってさぁ」
若者が、ため息混じりに言いました。
それでシナリオの真相に迫れなかった事、キャラクターが死に掛けた事を話せばもう1人は「んー」と考え始めます。
「なぁ、田淵君。妖怪『いちたりない』に憑かれてるんじゃないのか?」
「はぁ……」
田淵と呼ばれた若者は、不思議そうに首を傾げます。と、レジで支払いをしていた先輩格の男が、2人に声をかけました。
「一体何の話をしているんだ? 他のお客様の迷惑にならないようにしないと」
「いや、この間のセッションでの事を話していて……」
田淵がそう説明しますと、先輩格の男は苦笑して
「そりゃ、妖怪『いちたりない』に好かれたな」
と笑うのです。傍らの女性もくすっ、と笑いました。
「米納先輩も宮崎さんも笑わないで下さいよ……」
田淵がこまったようにしていると、背の高い男性と小柄な女性が合流しました。とりあえず、5人は店を出、田淵の家へと向かう事にしました。
「へぇ、妖怪『いちたりない』ねぇ……」
小柄な女性が興味深そうに呟きます。
「蜂須賀さん、妖怪好きでしたよね。そういうのってホントにいるんですか?」
「んー、どうだろう。まぁ、TRPGではよく言うけどさ。香坂くんや田淵くんもよく言ってるよね」
蜂須賀と呼ばれた女性は首を傾げて言います。
「ホントにいたらいたでちょっとおかしいかも」
と眼鏡をかけなおして宮崎が言えば、他の面々も「そうだなぁ」と相槌を打ちます。
「でも、さ。どうして『いちたりない』が出るんだろうな」
米納が不思議そうに呟けば、蜂須賀が「勘だけど」と口を開きました。
「きっと、自分も何かが足りなくて仲間が欲しいのかもしれませんね」
「そうかなぁ」
香坂が懐疑的な表情を見せます。が、それはいつものことなのか、誰もとがめたり不快だと思いません。蜂須賀は言葉を続けます。
「もしかしたら、『うっかり』そうしちゃってるのかもしれないかも。ほら、たまたま近くを通ったら~ってさ」
「だったらドジっこだね!」
と、ちょっとテンション高く田淵が言います。と、香坂はおもわず「ぷっ」と噴出してしまいました。
「そんなに面白かった?」
「あぁ、なんか想像したら子供っぽい女の子イメージしちゃってさぁ」
香坂の言葉に、一同は思わず笑ってしまいました。
そうして、田淵の家でTRPGのセッションは始まります。
(妖怪『いちたりない』ねぇ……)
蜂須賀はそういうと、家の主である田淵をこっそり呼びました。
「? 蜂須賀さん、話って」
「いやぁ、妖怪『いちたりない』に好かれているかもって、米納先輩に言われたんでしょう?」
「はぁ、そうですけど」
田淵がそう苦笑すると、蜂須賀はすまなそうに言いました。
「多分、それ、アタシだわ」
「はっ?!」
思わず声を上げそうになる田淵に、蜂須賀はいいました。
「あぁ、田淵くん、『九尾の狐』って知ってる?」
「とりあえずは」
田淵の言葉に、蜂須賀はくすっ、と笑って言いました。
「この世にはね、実際にそいつがいるんだよ。そいでもって、その他にも妖狐は実際にいて、みんな修行を積んで『九尾』になる事を目指しているのさ」
蜂須賀はくすくすっ、と笑って言葉を続けます。
「でも、多くの妖狐は行き詰って『九尾』になれない。一部のやつらだけが漸く『七尾』になれるぐらい。だから今の長老たちはほとんど『七尾』なのさ」
彼女の言葉を半信半疑になりつつ聞く田淵でしたが、僅かに顔が青ざめました。周りの空気は少しずつ冷たくなり、目の前の蜂須賀は……いつのまにか、頭から黒い狐の耳を生やしておりました。
「あぁ、でも。大昔に『九尾』にまでなった狐が、2頭いたのさ。そのうちの1匹がかの有名な『九尾の狐』でさぁ。じゃあ、もう1匹はどうなったか。気になりませんかね?」
蜂須賀は狐の耳をぴん、と跳ね上げつつ問いかけます。田淵は、ようやく1つ頷き、
「気になる。聞かせて欲しい」
といいました。
「ですよねぇ。ふふ、私も、誰かに話したくてたまらなかったんですよ。だって、その経緯、まるっとしっていますからねぇ?」
蜂須賀はからから笑って言葉を続けます。いつのまにか、彼女のうしろからにょきにょきと黒い尻尾が見え隠れしています。その数は、1、2、3……なんと、8本あるじゃないですか。
「世間一般に広まっている『九尾』は、もう1匹が気に食わなかったようでして。故に引きちぎったのですよ! ほら、その結果がこの『八尾』! ほらほら、よぉくごらんなさいな」
蜂須賀はそういって背を向け、ふりふりと尻尾を揺らします。
田淵はおもわず、ぽろっ、と言ってしまいました。
――いちたりない、と。
「でしょう! でしょう、でしょう?! 私、蜂須賀……いや、『八尾の狐』は『いちたりない』のでございます。故に、私こそが、あなたがたの言う妖怪『いちたりない』なのでございますよ?」
田淵は、蜂須賀……いや、『いちたりない』となのった妖狐の言葉に、少しだけ呆れてしまいました。目の前の妖狐は、太古の昔に『九尾の狐』とやりやったほどの力を持つ筈なのです。なのに、目の前にいるのは、テンション高く子供のように己について語る娘なのです。
「田淵くん。私、あなたの事、気に入ってるのですよ」
『いちたりない』はくすり、と笑って言葉を続けます。
「このサークルに誘ってくれたあなたを、私はとっても気に入っています。ですけど、うっかり、私の力が悪戯をしましてね、故にダイスの出目が1つたりなくなってしまうのです。好きな人の傍にいて、わくわくするだけで力が『ほんのすこし』もれるなんて、あらやだ、恥ずかしい!」
そうしなを作って身もだえする妖狐。いや、妖怪『いちたりない』に、田淵は苦笑してしまいます。おや? 少し脳内で言葉を巻き戻してみると、『好きな人』と彼女は言っているではありませんか! それに気付いた田淵は耳まで赤くなりました。
「この間のセッション、私は別室で今日の準備をしておりました。そして、あなたの楽しむ姿に胸をときめかせておりました。だのに力がもれてしまい、実に恥ずかしくおもっているのです」
「妖狐として云々はさておき、僕は君のカミングアウトについていけないんだが」
田淵の言葉に、妖怪『いちたりない』は少し頬を赤く染めました。
「あら、いやだ。でも、田淵さん。私が貴方を好いているのはホントです。長年生きてきましたが、一目ぼれなんて久方ぶりです。この人間の器が老い枯れて朽ちるまで、傍にいさせていただきますか?」
そんな風にもじもじといってくる妖怪『いちたりない』に、田淵は少々困ったな、という顔をしました。なぜなら、彼女と一緒にいるって事はうっかりいろんなものが『いちたりない』展開を迎えるかもしれないのですから……。
(終)
読んでくださり、ありがとうございました。
いや、なんか閃いてあんな具合です。
新年早々、こないな物です。
某アニメの九尾の狐とか、某ゲームの九尾の狐とかみててつい。