兄より年上の弟などいねえ
次は僕の番だった。アマテラスさんから宝玉の飾り物を受け取るとき、手がちょっと触れて、そこに電流が走ったような感じがした。その電流は僕の腕を伝わって下腹のあたりに達し、そこでグルグルと踊りまわるような感じがした。具体的に言うと、ちょっと立った。
(やばっ……!)
僕の着てる服も布地は割と薄い。体に変化が起こるとばれてしまう可能性が高いのだ。
アマテラスさんは僕のそんな狼狽ぶりを見て、また眉をひそめた。
「キモッ」という声が聞こえたような気がする。
(あれ……あのキモッていうときの調子というかリズムというか、なんか聞き覚えがあるぞ? 誰だっけ)
「スサノオ様、ぼっとしてないで早くお願いします。判定負けでも負けは負け、高天原から追い出すことになりますからねー」
オモイカネさんが僕を急かす。チッ、仕方ねえなあ。僕はアマテラスさんの宝石類を次々に口に入れてがりがりと噛み砕き……たくはなかった、正直。移り香なのかなんだかいいにおいがするし、仕上げが素晴らしく宝玉はどれもつるつるして上あごに当たると気持ちがよかった。
いつまでも口の中で転がして紐でつながったそれを口に出したり入れたり入れたり出したりしたいしたい、したいッ!
「ガリッとかんでください、ガリッと」
「ふぁい」
ガリゴリガリバキポキゴリガリゴリパキブチッゴリボリボリ。歯が欠けるんじゃないかと心配だったが、何とか宝飾品は僕の口の中で粉々になった。
それを川の上へ向かって吐息とともに吐き出すと、そこには僕にちょっと似た、粗暴そうでいてどこか甘えたところの抜けない顔をした男が五人現れた。
これ、どっちが勝ちなの?
* * * * * * *
子を産むというおかしな対決は、結果をどう解釈するかでもめにもめ、何とか僕の勝ちと決まった。僕の提供した剣からきれいな女の子が三人生まれたのは、僕の心が清らかで明るかったからだ、という謎理論だ。
三人の女神、オキさんとサヨさんとタキちゃんは、僕の娘ということになった。ちょっと困った。綺麗な子たちだけど娘じゃあさすがにエッチなことはできない。できないんだ。だめだぞ。
結局三人はしばらく僕の与えられた御殿で一緒に暮らした後、どこか遠くの土地に仕事が決まっていってしまった。なんだよ、何も全員一緒に行かなくたっていいじゃん。
で、僕は高天原で置いてもらえることになった。とはいえ、いきなり何か仕事を任されるということはなく、だいたい御殿でごろごろグダグダしている。とてもつまらない。
そんな生活を毎日していたら、ある日転寝から目を覚ました僕の目の前に、つまり上から顔をのぞき込む位置に、イケメンが現れた。
「ねえ、お兄ちゃんでしょ? ぼくだよぼく」
イケメンは妙に甘ったれた調子でそういった。こいつは確かアマテラスの弟で僕の兄に当たる、つまりおっさんの顔を洗った時に生まれた3人の一人だ。でもなんだか様子がおかしい。こいつは前にも言った通り、夜の空を治めろとか言うおっさんのいいつけで月に行ったはずなのだが。
「あんた僕の兄さんだろ。気持ち悪い喋り方してくれちゃ困るよ」
「違うんだって! いや、確かに今は僕がお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんは僕のお兄ちゃんのはずで……!」
まてよ……なんだって?
僕はまじまじとそのイケメンを見つめた。
「あれ……もしかしてあんた、じゃないお前、レイ君か?」
それは僕の小学三年生の弟の名前だ。イケメンはぱあっと花が開いたような笑顔を作り、僕に抱きついてきた。
「やっぱりお兄ちゃんだよ! 寂しかった!」
「レイ君か!そうだよ、よくわかったな。俺シンゴだよ!」
21世紀の日本で過ごした記憶やおじさんの部屋の小説本の記憶はどんどん薄れていくけど、弟に会えてよかった! 本当に良かった!
「ところで、お前何しに来た」
「え」
「えじゃないよ。あのおっさんに言われて夜の食国ってとこに行って、夜の空を支配してるって聞いたぞ」
「それがさあ。あそこまだ隠し要素がアンロックされてないみたいで全然何にもないし、人もいないんだよ……」
それで暇で仕方なく、アマテラスに仕事をもらいに来たのだという。なんだこれ凄くせちがらいんだけど。どうでもいいけど弟よ。これはゲームじゃないからな。別の時代、つまり神代だから。
「アマテラス姉さんに、仕事を頼まれたんだ。お兄ちゃんにも手伝ってもらえって。内容は……」
高天原を下りてだいぶ歩いたところにそのあたりで評判の料理屋があるのだという。そこには、ウケモチとオオゲツという美人姉妹がいて、様々な珍しい食材を遠方から取り寄せ、おいしいものを食べさせるらしい。
その二人を高天原にスカウトして、つれてくる。それが僕とレイ君――ツクヨミに与えられた、最初の仕事なのだった。
次回「双子の美人姉妹は究極のシェフ」