妹SIDE:お兄ちゃんどいて、そいつコロシアムに送る
梯子の掛かった御殿の入り口でくつろいでいると、お付きの女の子の一人が走ってきて、こちらを見上げて叫んだ。
「アマテラス様! 高天原に向かって何やら禍々しいものが近づいてくる、と見張りの烏が知らせてまいりました」
カラスが? そういえばこの世界では虫や草木も皆、物をいうみたい。カラスが見張りでも、まあ納得かな。
私がいるこの御殿には何だか長ったらしい名前がいくつも付いてる。めんどくさいからマキマキの宮って呼んでるんだけど。とにかくその一番高い建物に移動してみることにした。
私は今やこの高天原の主神。野球でいえばチーフアンパイア、英語でいうとメインゴッドよ、頑張らないとね!
「うわあ、何あれ」
ずっと下のほうの斜面を、なにか黒いものがわだかまった気持ち悪い塊がこちらへ近づいてくる。洗面所の排水溝にたまる黒いねばねばしたあれ、カビとバクテリアの塊だと思うけど、それを薄めて空気中に噴霧したような感じのがグルグルしてた。あんなのがこの高天原のきれいな田んぼに触れたら、お米がとれなくなっちゃうんじゃないかしら。
何かが中心で動いてる。人間っぽい形だ。もっとよく見ようと目に力を入れた私は、うっかり自分の目から太陽神の力を秘めたビームが出ることを忘れちゃってた。
ビィイイイイイイイイーーーンンッムッ!
そんな感じの音が聞こえたような錯覚がした。私の目から太陽光線と同じくらいの色合いをした光の矢が二条延び、その黒い渦の真ん中に焦点を結んだ。
シュボッス! ズゴゥン!
何か一瞬で液体が蒸発したような音と、物凄い爆音が私のところまで響いてきた。
「やりすぎたかしら……」
今度は力を入れ過ぎないように注意しながら、私はもう一度その地点に目を凝らす。
……お兄ちゃんが泡吹いて倒れていた。
* * * * * * *
「アマテラス様が擁護されるのはもっともでございますが……失礼ながら弟君は瑞穂の国でも山野を泣き枯らしてイザナギ様から追放に等しい宣告を受けられたとか。この高天原に拠って権力を手にし、世の諸々を恣に私せんとする目論見でないとは申せますまい」
立て板に水のようにすらすらと、オモイカネさんが意見を言う。私はこの人ちょっと苦手だ。難しい漢字ばっかり使ってしゃべるんだもん。実際頭いいから頼りになるんだけど。
「おに……弟は何と言っているのですか」
危ない危ない。お兄ちゃんっていっちゃうところだった。どこからどうあのバカ兄に伝わるかわかんないし気を付けないとね。
「『根の堅洲国にいる母君のもとへ行く前に、姉上にあいさつに来た』と仰せですが、どうにも……何やら身体からおかしな気配もいたしますし」
「ふーん……」
お母さん、つまりイザナミに会いたいってのは本当かもしれない。イザナギさんの御殿にいたときは隣の私の部屋まであのとおり「おっぱいおっぱい、金髪の若い母さんのおっぱい」って耳を覆いたくなるような妄言が聞こえてきてたわけだしね。でもイザナミさんは死後の世界でちょっと目も当てられないような大変なビジュアルになってるわけで。
実のところお兄ちゃんの真意がどの辺にあるかはわからない。口ではどんなことでももっともらしく言えるのが言葉ってものの難しいところだって(現代日本での)お父さんも言ってたし。
というわけでここはひとつ、オモイカネさんに振ってみよう。うん。
「オモイカネさん。どうすればいいと思います?」
「そうですな……この国では、心のありようが物事の結果や性質に大きく反映するという考え方がありまして。私個人としてはこれは大きな過ちで徒に精神論を助長し……」
「能書きはいいから具体的な意見を」
「は、では簡単に申しあげます。お二人に、子供を産んでいただきましょう」
何だかとんでもないことを言いだした。